“触覚”がないと手が潰れる…ロボットに触覚が組み込まれるということ
医療、農業、宇宙…幅広い分野への活用が期待される「ハプティクス」技術
人間の手を模したロボットアームがパンをつかみ、トースターにセットする。ボトルをつかんでグラスにお酒を注ぎ、乾杯――やわらかく、壊れやすく、どれも微妙な力加減が必要なものばかりだ。この動きはプログラミングされたのではなく、人間がアームを操作し、パンやボトル、グラスの硬さを感じながら動きを覚え込ませたものである。
慶応義塾大学ハプティクス研究センターでは、大西公平所長の力触覚伝達技術を応用したロボットアーム「GPアーム」を開発。慶応義塾大学理工学部システムデザイン工学科の野崎貴裕助教が中心となり、研究および事業化を進めている。「人間の五感の中で、視覚と聴覚はすでに技術が進んでいますが、触覚は技術が確立していない最後の砦。しかも五感の中で唯一外界に働きかけ形を変えることができるので、最も重要だと考えています」(野崎助教)。
しかし、ロボットアームに触覚が組み込まれるとはどういうことなのか。GPアームを構成する機構でデモを見せてもらった。用意されたのは金属製でピストンのような棒状の機構が2つ。
(風船を押すデモ。手前の機構が風船を押した触覚を奥の機構が再現している)
まずは触覚を伝える機能をオンにした状態で、片方のピストンの先に風船を置きピストンを押してみる。その後、何も置いていないもう片方のピストンも同様に押してみる。同じように、風船を押した時のふにふにとした抵抗感を感じた。あまりに押し心地が同じすぎて、何がすごいのか分からず微妙な反応をしていると、野崎助教が笑って言った。「では風船を外して手を置いてみてください」。
手を置いていない操作用ピストンを押してみる。手のふにふにとした感覚を感じてピストンを止める。「ではこれから触覚の機能をオフにしてみますね。気を付けてください」。何に気を付けるのかわからず、同じようにピストンを押してみると、ピストンが手にがつんと当たり、けっこう痛かった。2回とも、同じくらいの強さで押したはずだったのだが…。
「これが“触覚がオフ”ということ。今は安全のため手がケガしない程度の力しか加わらないようになっていますが、本来であれば手が潰れてもおかしくはないです」。もし人と接する介護ロボットなどに触覚がなかったら、大変なことになる。
現在、ロボットハンドなどは力覚センサを用いている。しかし高精度センサは高価かつ壊れやすく、センサを搭載するためにロボット側が大きくなってしまうという欠点がある。しかし、GPアームにはセンサは使われていない。モーターにかかる力を計測して他のモーターで再現。伝達のために必要な制御プログラムはわずか35mm角のLSIチップに搭載されている。力を直接受けるのはモーターなので壊れにくい。
(回転と振動も同時に伝えられる。ハンドルを回すと車輪が動き、砂利のガタガタした振動が車輪に伝わってくる)
さらにモーターが使われていればどこでも搭載できるので、活用先が幅広いことも大きな特徴だ。「中身や構造を知らなくても、比較的簡単に使用することができます」。現在コンソーシアムを立ち上げ、医療、介護、農業、宇宙などさまざまな分野の企業・団体と実用化に向けた研究を進めている。
GPアームはインターネット回線を使った遠隔操作も可能だ。離れた場所にあるアームを操作して、中継画面を見ながら数十キロ先の研究室にあるポテトチップスをつまむデモを体験してみた。触覚があれば簡単につまみ上げることができるが、感覚機能をオフにすると、同様に画面を見ながらでも力加減が分からず、何度やってもポテトチップスを粉砕してしまった。
大西所長の研究室では、この技術を応用し遠隔手術を想定した実験も行っている。
(PC画面に遠隔操作している機構が映っている)
さらにGPアームの技術を義手にも応用。従来多く使われている筋電義手だと力加減の操作に慣れるのに時間がかかっていたが、「高性能ハプティクス義手」であれば足の親指で直感的な操作が可能だ。
この義手を使い、紙パック飲料にストローを差すという実験を行った。紙パックをつぶさないように保持すること、ストローを差し込む強さ、ストローから飲料を飛び出させないようにすることなど、人間でも微妙な力加減が必要な動作を行うことができた。
義手自体も軽く、3Dプリンターでオーダーメイドするため安価に提供できる。国内最大級の家電・ICTの展示会「シーテック2016」に出展し、シーテックアワードの審査委員特別賞を受賞した。
「障害のある人でも不自由さにとらわれず、楽しく希望を持って生きられるようにする」というのが野崎助教の野望。“触覚”で新たな世界を切り開く準備を着実に進めている。
触覚は“最後の砦”
慶応義塾大学ハプティクス研究センターでは、大西公平所長の力触覚伝達技術を応用したロボットアーム「GPアーム」を開発。慶応義塾大学理工学部システムデザイン工学科の野崎貴裕助教が中心となり、研究および事業化を進めている。「人間の五感の中で、視覚と聴覚はすでに技術が進んでいますが、触覚は技術が確立していない最後の砦。しかも五感の中で唯一外界に働きかけ形を変えることができるので、最も重要だと考えています」(野崎助教)。
しかし、ロボットアームに触覚が組み込まれるとはどういうことなのか。GPアームを構成する機構でデモを見せてもらった。用意されたのは金属製でピストンのような棒状の機構が2つ。
(風船を押すデモ。手前の機構が風船を押した触覚を奥の機構が再現している)
まずは触覚を伝える機能をオンにした状態で、片方のピストンの先に風船を置きピストンを押してみる。その後、何も置いていないもう片方のピストンも同様に押してみる。同じように、風船を押した時のふにふにとした抵抗感を感じた。あまりに押し心地が同じすぎて、何がすごいのか分からず微妙な反応をしていると、野崎助教が笑って言った。「では風船を外して手を置いてみてください」。
手を置いていない操作用ピストンを押してみる。手のふにふにとした感覚を感じてピストンを止める。「ではこれから触覚の機能をオフにしてみますね。気を付けてください」。何に気を付けるのかわからず、同じようにピストンを押してみると、ピストンが手にがつんと当たり、けっこう痛かった。2回とも、同じくらいの強さで押したはずだったのだが…。
「これが“触覚がオフ”ということ。今は安全のため手がケガしない程度の力しか加わらないようになっていますが、本来であれば手が潰れてもおかしくはないです」。もし人と接する介護ロボットなどに触覚がなかったら、大変なことになる。
幅広い活用先が考えられる理由
現在、ロボットハンドなどは力覚センサを用いている。しかし高精度センサは高価かつ壊れやすく、センサを搭載するためにロボット側が大きくなってしまうという欠点がある。しかし、GPアームにはセンサは使われていない。モーターにかかる力を計測して他のモーターで再現。伝達のために必要な制御プログラムはわずか35mm角のLSIチップに搭載されている。力を直接受けるのはモーターなので壊れにくい。
(回転と振動も同時に伝えられる。ハンドルを回すと車輪が動き、砂利のガタガタした振動が車輪に伝わってくる)
さらにモーターが使われていればどこでも搭載できるので、活用先が幅広いことも大きな特徴だ。「中身や構造を知らなくても、比較的簡単に使用することができます」。現在コンソーシアムを立ち上げ、医療、介護、農業、宇宙などさまざまな分野の企業・団体と実用化に向けた研究を進めている。
GPアームはインターネット回線を使った遠隔操作も可能だ。離れた場所にあるアームを操作して、中継画面を見ながら数十キロ先の研究室にあるポテトチップスをつまむデモを体験してみた。触覚があれば簡単につまみ上げることができるが、感覚機能をオフにすると、同様に画面を見ながらでも力加減が分からず、何度やってもポテトチップスを粉砕してしまった。
大西所長の研究室では、この技術を応用し遠隔手術を想定した実験も行っている。
(PC画面に遠隔操作している機構が映っている)
扱いやすい義手で希望を
さらにGPアームの技術を義手にも応用。従来多く使われている筋電義手だと力加減の操作に慣れるのに時間がかかっていたが、「高性能ハプティクス義手」であれば足の親指で直感的な操作が可能だ。
この義手を使い、紙パック飲料にストローを差すという実験を行った。紙パックをつぶさないように保持すること、ストローを差し込む強さ、ストローから飲料を飛び出させないようにすることなど、人間でも微妙な力加減が必要な動作を行うことができた。
義手自体も軽く、3Dプリンターでオーダーメイドするため安価に提供できる。国内最大級の家電・ICTの展示会「シーテック2016」に出展し、シーテックアワードの審査委員特別賞を受賞した。
「障害のある人でも不自由さにとらわれず、楽しく希望を持って生きられるようにする」というのが野崎助教の野望。“触覚”で新たな世界を切り開く準備を着実に進めている。
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