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専門家が教える、中小企業の「失敗しない知財戦略」

「創造」から「活用」を起点に
 中小企業で知的財産(知財)への関心が高まってきた。ただ単に知財を保有・秘匿するだけでは意味がない。権利化・標準化や他社と共同開発をするために適切な契約を締結するなど、事業に生かすことが肝要になる。知財をどう守り、どう攻めるか。中小企業はまだそのノウハウが不足している。専門家である法政大学社会学部の糸久正人准教授、弁理士でS&Iインターナショナルバンコクオフィス社長の井口雅文氏、東京都知的財産総合センター(知財センター)の波多江重人所長に「失敗しない知財戦略」を聞いた。

 波多江 現在、途上国では、社会インフラの一つとして知財制度の整備を進めています。知財活動には一定のコストが掛かるが、特許保有企業のほうが非保有企業よりも営業利益が多いというアンケート結果も出ている。

 ここ4、5年でみると、日本の中小企業は特許や商標、国際特許の出願件数が増え、知財の有用性が認識されつつあると思う。ただ、制度自体が、たくさん出願している企業向けになっているため中小企業にとっては使いづらいのではないか。

 知的創造サイクルは、創造、保護、活用の3つを回す仕組みだが、これまでは「創造が起点」だった。一部の企業では、ビジネス構築とは別に「いいアイデアが出たので、まずは特許を取ろう」という考え方が見受けられる。今後は特許取得の目的をはっきりさせた上で、その特許を事業にどう生かし活用するかを考え「活用が起点」にしないといけない。

 井口 海外からみた事例で商標については出願する際、何のアイデアもなくやっていることが多い。それが現地でどの程度効果があるかを見定めた上での戦略立てができていないため、商標権を行使する際に実は現地市場での主力商品の商品分類が落ちていた、というケースが何例もあった。

 特許については、まだ法律の執行が上手く機能していない。実は特許や意匠は確実に守れるとは言えないのが実情だ。出願や権利化する際はそれを踏まえた上で優先度を考えながら現地企業や取引先との交渉になる。

「守り」と「攻め」の両面で


 糸久 中小企業にとって虎の子の技術は、利益を生み出す貴重な経営資源の一つ。しかし、こうした技術は、人材の引き抜きや3次元技術の発達などにより、遅かれ早かれ技術はライバル他社に漏洩していく。

 まして、近年はグローバル化の影響で新興国の潜在的なライバルが増加し、中小企業といえども、門外不出のノウハウとして保有する技術、知的財産権として法的に保護する技術などを意識した「守り」の知財戦略が重要となってきている。

 一方、こうした知財を他社にライセンスアウトしたり、自社の技術ブランドイメージの向上につなげたりする「攻め」の知財戦略をとる中小企業も増えている。その流れを受けて、公的機関が中小企業の知財の潜在力を評価し、融資につなげるという「知財金融」の取組も浸透しつつある。

 波多江 特許の機能として、「独占」が基本的なものだが、実施許諾によるライセンス収入獲得のほかに、技術力のPRやアイデアの顕在化手段としても有用だ。

 波多江 オープンイノベーションの中では他社の知恵も借りながら進めるので製品開発のスピードアップになる利点がある。一方、技術流出や相手方独自技術のコンタミネーション(混じりこみ)という側面もあるので、技術はきちんと分けて管理することが重要だ。

別れることを前提に合弁契約を


 糸久 他社と連携するオープンな領域はどこなのか、自社で囲い込むクローズな領域はどこなのか、という「見極め」がもっとも重要になる。とくに、利益の源泉となるクローズな領域が他社と被ってしまったら調整が難しいので、プレ・コンペティティブ(競争の前)の段階から、ウィンウィンの関係を構築できるようなイノベーション・エコシステムを意識することもポイントとなるだろう。国の補助金をうまく取り入れておくと、大企業が入ってこられないよう正当性も主張できる。

 井口 例えばタイへの進出はほとんどの形が現地の合弁企業、タイ資本マジョリティーの会社になる。日本の中小企業のパートナーが相手先にいるという状況の中で技術移転することは危険性がある、ということだ。

 いずれ別れる時がくるという前提で合弁契約をしておく必要がある。特に経営者や主要株主が代変わりする際が危険で、合弁契約時に何の技術を移転したのか特定しておくべき。

 あとは就業規則、雇用契約の中にも守秘義務規定を盛り込むのは非常に大事になってくる。契約は法律事務所や法律担当に丸投げせず、一つ一つ丁寧に作成チェックをしないといけない。

 糸久 例えば、中小企業の独自の技術を標準化する「新市場創造型標準化制度」がある。地域金融機関や民間シンクタンクと連携してもっと中小企業と二人三脚でやっていくような公的支援があると中小企業は助かるだろう。

 井口 税制や労務問題など知的財産以外においても、中小企業の悩みは尽きない。タイに進出したい企業は、法務ドクターや総務ドクターのような公的機関(例えば東京都中小企業振興公社タイ事務所など)や私的なワンストップ相談窓口をぜひ活用して欲しい。
(文=細谷裕子)

【知財センターを有効活用しよう!】


 東京都知的財産総合センターが設立され今年で14年目。知財全般のワンストップ相談を充実し、相談件数は年間5500件、累計約6万件、企業数は1万3000社にのぼる。また、年間100回を超える無料知財セミナーを実施、シンポジウムも年一回12月に開いている。外国出願の助成制度は毎回多くの申請を受け人気が高い。また、大企業や研究機関が持つ技術シーズや開放特許を中小企業に移転して製品化のスピードアップを後押しするコーディネート支援も行っている。12月2日の知財シンポジウムでは、中小企業が知財を活用して事業を強化するための考え方や事例を紹介する。

(左から波多江氏、井口氏、糸久氏)
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明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
特許庁がまとめた「特許行政年次報告書(2016年版)」によると、14年の日本企業の総研究開発費はリーマン・ショック以前の水準を取り戻し19兆円に迫った。この動きに連動する形で、14年度の国内企業の知財活動費は7年ぶりに8000億円を突破した。国内への特許出願件数は減少を続けている半面、特許協力条約(PCT)に基づく国際出願数は15年に4万3097件(前年比4・4%増)と過去最高を更新。中小企業によるPCT国際出願や商標の国際登録出願の件数も右肩上がり。また、近年はASEANでの特許出願が目立つ。14年実績をみると、日本からの出願件数(10年比)はタイで約7倍に、インドネシアで約2倍に。多様化もキーワード。IoT時代は異業種、外部と連携しないとビジネスが成り立たない。自社のどのような技術を強みに、誰とつながるかを明確にするオープン・クローズの重要性が増している。

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