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「宝」の持ち腐れ、防げるか。保険会社のビッグデーターへの挑戦

苦情分析、CM出稿から商品開発まで
 ビッグデータを活用した商品やサービスの開発に注目が集まる中、「ビッグデータそのもの」と呼ばれる業種がある。過去の膨大な統計に基づく死亡率や事故の発生率から保険料を算出する保険業界だ。データを有効活用する環境が整ってきたこともあり、新商品開発にとどまらず、顧客満足の向上や広告の効果的な出稿まで、これまでにない取り組みが目立ち始めた。

 苦情分析「宝の山」-自動で選別し記憶
 
 「20人で週当たり約21時間かけて人海戦術で見つけていた」。富国生命保険事務企画部の齋藤賢主任調査役はかつての苦労を振り返る。
 
 人海戦術で血眼に探したのはコールセンターに寄せられる「苦情」だ。コールセンターへの問い合わせはオペレーターにより申し出と苦情に選別される。問題はオペレーターが苦情扱いしなかった中に苦情が紛れていることだ。苦情分析は顧客サービス向上の「宝の山」でもある。同社は苦情を漏らさないように1日3000件の問い合わせを目視で確認していた。
 
 全国の顧客からの問い合わせなどを一元管理するデータベースシステムの刷新にあわせて、2013年度に苦情抽出を自動化する仕組みを採用した。新システムではテキスト情報を自動分析し、起こった事象と苦情の相関関係を簡易検索する機能などを導入。苦情が紛れる件数を300件まで絞り込め、目視での確認は、週当たり2時間まで短縮できた。14年度内には電話応対を即時に音声認識するシステムを導入する方針。苦情の自動選別と記録の自動化で膨大なデータを管理する。齋藤主任調査役は苦情の洗い出しだけでなく、「商品開発にも活用したい」と意欲を見せる。
 
 効果高い番組絞る-「テレビCM」戦略的に出稿
 
 テレビコーマーシャル(TVCM)を費用対効果が高い番組に出稿する―。企業にとっては大きな課題だが、オリックス生命保険ではDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)を活用してCM効果の高い番組を絞って広告展開する。
 
 DMPはインターネットの自社サイトの訪問者履歴などのデータやネット広告の閲覧データを一元管理、分析して、広告配信の最適化を実現化するプラットフォーム。これを同社はマス広告のTVCMに応用。自社サイトのアクセスデータや、顧客データ、DMP事業者が保有する購入履歴や属性などを組み合わせたオーディエンスデータと直近のTVCMデータなどをDMPに取り込んだ。山本秀一ダイレクト事業部長は「TVCMが流れた時間とホームページの来訪者のアクセスの増減を分析することで効果を計測できると考えた」と狙いを語る。
 
 番組や時間帯を指定しないスポットCMで出稿。その影響を分析し、効果の高い場合はタイムCM(番組提供スポンサーCM)で出稿する。例えばニュース番組は視聴率が高いが、効果は低く、主婦向けの昼間の情報番組に男性を対象にした商品CMを流したところ、想定よりも大きい反響があったという。また、オーディエンスデータを取り込んだことで、属性による訪問者数や資料請求数、商品申込数も把握でき、きめ細かい戦略的な広告出稿ができるようになった。
 
 スマホで健康保つ-生活習慣改善で割引

 “本丸”の商品開発にビッグデータをさらに活用する動きもすでに出てきている。「(商品投入に)4年はかからないのでは」。アクサ生命保険の幸本智彦副社長は手応えを示す。健康状態に加え、運動など生活習慣を保険料に反映させる商品の開発を視野に入れる。
 
 課題になるのが生活習慣や健康状態のデータの合法的な取得だが、布石は打っている。生活習慣の改善を支援するスマートフォン用アプリの提供を10月に開始。個人に加え、主要顧客の中小企業向けに普及を進めることで広範囲のデータ取得につなげる。また、国が健康保険組合に加入者の健康づくりを義務づけるデータヘルス計画が進んでいることもあり、「(ハードルは)高くない」と自信をのぞかせる。
 
 フランス本社では13年にランナー向け保険料割引サービスを開始。毎日7000歩または1万歩以上を1カ月続けると、保険料が割引かれる。アクティビティトラッカーと呼ばれる心拍計などが付いた記録装置は無料で提供している。
 
 仏アクサはデジタルの活用を加速する方針で、米フェイスブックと包括提携したほか、シリコンバレーにラボを開設。デジタル世界の最先端の情報に常に触れる体制を整える。フランスでは大学とビッグデータの学術講座を開設している。
 
 損害保険では収支を大きく左右する自動車事故の削減にビッグデータを活用する。「将来は、例えば雨の日に事故が多発する交差点を事前にドライバーに知らせる仕組みも構築できるのではないか」。損保ジャパン日本興亜の自動車業務部商品企画グループの中澤雄一郎リーダーは12月に法人向けに提供する新サービス「スマイリングロード」の可能性を話す。
 
 走行中に通信機能を搭載したドライブレコーダーで走行データを収集し、通信回線を使ってデータセンターに即時送信する。分析結果を管理者や運転手のパソコンや携帯電話などに送信して事故削減につなげる。急ブレーキなど危険な運転操作を認知した場合はリアルタイムで管理者に発生時の画像や 場所をメール配信する。
 
 これまでも法人向けの事故削減プログラムを提供してきた。走行データも一部収集していたが、本格的に自動収集する仕組みを構築して分析するのは初めてという。走行データに、関連性がないような事象を組み合わせることで一見してこれまでにない新しい発想に基づくサービスも予想される。膨大なデータを活用する選択肢は広がる。
 
 情報収集海外先行-ドライバーに危険な場所通知

 海外に目を向けると顧客データを収集、分析することで囲い込みや不正請求の防止につなげている動きが目立つ。南アフリカ共和国の保険会社ディスカバリーは健康診断の定期検診やジムでの運動頻度、健康食品を利用することで保険料の割引を与えるプログラムをすでに提供している。
 
 各国の中央銀行や金融機関で導入されている数値解析ソフトウエアを手がけるマスワークスのアプリケーションエンジニアリング部の大谷卓也部長は「日本の金融機関は海外に比べると(プログラミングなどの)技術者が少ないこともあり、反応が鈍かったが最近になり大手を中心に引き合いが増え始めた」と語る。
 
  国内の少子高齢化が進み、海外展開に注目が集まる日本の保険各社だが、消費者を惹きつける商品の開発次第では若年層を中心に深耕できる余地はある。当局の認可や既契約者や加入者同士の公平性という障壁は立ちはだかるが、仏アクサなどの取り組みに見られるように世界の大手保険各社はビッグデータへの取り組みを加速している。
 
 日本の保険各社もこれまでよりビッグデータの世界に踏み込む必要がある。
日刊工業新聞2014年10月28日深層断面
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
金融機関の持つ、消費行動につながる情報量は他業界を圧倒的に凌ぎます。規制業種ならではの横並び意識を脱して大胆なデータ活用に乗り出せるかが焦点になりそうです。

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