【迫本淳一】松竹社長が語る伝統と革新(下)歌舞伎は博物館にならない

次の100年へ

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迫本社長
 次の100年へ向けて、松竹の企業像を描くうえで心に刻んでいる言葉がある。創業者の白井松次郎・大谷竹次郎時代を含め現在までの経営体制をよく知る方による助言である。「映画の大船調はいいが、松竹の人間が(仕事をする上で)大船調になってはいけない」。

 大船とはもちろん、神奈川県鎌倉市にあった松竹大船撮影所。大船調とはここで制作された人情味あふれる作品カラーを示す。心温まる作品を数多く世に送り出す一方で、制作する人材や経営には別の資質が求められるとの警鐘だ。

 業績悪化に苦しんだ時代には二度と戻りたくない。経営のかじ取りを担ううえで、このことを強く意識している。ようやく確立した安定した収益基盤の下、社員には挑戦機会を与え成功体験を積ませることで、より強い企業体質が生まれる―。そう信じる。

 いま、世間では創業家と現経営陣をめぐる方針の違いが表面化するケースが相次いでいることは承知している。私自身は弁護士を経て18年前に松竹に入社した経歴を持つが、創業家の大谷家とは縁戚関係にある。そんな立場からあえて申し上げるならば、創業家と現経営陣の良好な関係構築には、互いに尊敬の念を持ち、緊密な意思疎通が図れる関係を築くことが肝要と考える。

 私自身は当時の永山武臣会長、大谷信義前社長(現会長)には、経営事項を詳細に報告するよう心がけていたし、折々に話を伺ってきた。

 とりわけ、私たちは先輩たちが築きあげてきた財産で、ビジネスを展開している。まさに温故知新である。歌舞伎も新派も新喜劇も、原作が素晴らしいから時代を越えて支持され、才能あふれる俳優が集まってくる。

 この9月には新派の世界で「喜多村緑郎(きたむらろくろう)」という伝説的な名跡が55年ぶりに復活。元市川月乃助が新風を吹き込んでいる。

 初代吉右衛門の芸を継承する「秀山祭」で上演された古典の大作「吉野川」も、あんな豪華なキャストではもう上演できないのではと思わせるほど、当代の人気俳優が迫力あふれる演技をみせた。

 東京五輪・パラリンピックに向け、世界の視線は日本に注がれている。松竹が目指すのは、伝統を継承しつつも、極めて今日的な文化をビジネスとして発信する姿だ。

 歌舞伎が世界無形文化遺産に登録されたことについて、18世中村勘三郎は「博物館のようになってしまうのは悔しい」と語ったことがあるが、私たちは「いま」を生きている。破壊なくして伝統は築けない。伝統は継承しつつ、これからも新しいことに果敢に挑む。

2016年10月28日日刊工業新聞総合1面

COMMENT

神崎明子
デジタルメディア局
編集委員

「松竹大船調」という独特のスタイルを確立した大船撮影所。「男はつらいよ」シリーズもここで製作されたそうです。迫本社長の言葉からはここが松竹にとって特別な場所であることがうかがえます。

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