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財政難の日本で、富を生み出さない治療は行うべきか

あなたの判断基準は何ですか?(文=葛西中央病院 理事長 土谷明男)
 ここに二つの話があります。ありふれた、よくある話です。

 エピソード(1) ある人が胃がんになって手術を受けました。その後、抗がん剤を使ってがんを克服し社会に復帰しました。会社に勤めて、その人が財やサービスを生み出しました。治療に500万円かかりましたが、生み出したものは1000万円になりました。

 エピソード(2) ある人は誤嚥(ごえん)性肺炎になり1カ月入院し、治療に100万円要しました。退院後自宅に帰り娘が面倒をみましたが、1カ月後に肺炎を再発し、再入院しました。治療に150万円かかり肺炎は治りましたが、結局食べることはできず、徐々に衰弱し2カ月後に亡くなりました。

 さて、どちらが効率的ですか。そう訊(き)かれれば、経済学者や企業経営者は、個人の考えは別にして(1)の方が効率的とはっきり言うかもしれません。もっと言えば、今後は市井の人々の中にもそう考える方々が増えていくように私は思います。そこであなたも含め私達は決断を迫られます。(2)の治療は行うべきか。日本は財政難の状態にあるのにその余裕はあるのか。富を生み出さない治療を行うべきか。その決断を迫られるのはそう遠い未来ではありません。実はもう問われてもおかしくないのかもしれません。

 どう答えますか。仕方がないと答えますか。あなたの家族やあなた自身が(2)の「ある人」だったら同様に答えられますか。私達医療関係者も自問します。はたして自分の行っている治療は周りから同意を得られるのかと。

 私達はいくつもあるゲームのプレーヤーです。ただし数あるゲームの中でも特に「資本主義」というゲームに没頭しすぎる傾向にあります。そのゲームの中では確かに「効率化」は判断基準の一つです。しかし、ゲームはそれだけではありません。全く異なるルールのゲームもありますし、私達はそれらのゲームのプレーヤーでもあります。ルールが違うのですから、判断基準が違います。それらの判断基準は場合によって「思いやり」とか「いたわり」とか呼ばれ、その優先度が高いゲームが存在していることも知っています。経済的基盤がなければ、しなやかなプレーヤーとして存在できませんが、さまざまなゲームの中にいることも時々立ち止まって考えてみるべきです。

 判断基準は多くあることを知り、自分はどの基準を優先させるのか。自分のメインとするゲームでも活かされ、他のゲームでも誰かを支える時に役立つかもしれません。
日刊工業新聞2016年10月28日
昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
相模原障害者施設殺傷事件が頭をよぎりました。資本主義のゲームに没頭しすぎた結果が、さまざまな事件を生んでいるように思います。

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