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「9.11」以来、米国で最高になった気になる数字

キャッシュポジション高まる。アウトレイジ・ビジネスは全体主義の始まり
 先週の本コラムでイタリア国債発行について述べた。今週に入り、市場関係者にはソブリン債バブルと債券市場リスクの高まりが意識され、インフレ警戒感が高まっている。

 英国では欧州連合(EU)離脱の決定以降、ポンドが大きく下げている。ポンド安は英国の輸出産業の価格競争力を高める一方、輸入品価格の上昇を招いている。9月の英国消費者物価指数(CPI)は1・0%上昇し、8月の0・6%から大きくジャンプした。今後、英国が離脱手続きを進めることから、さらなるポンド安でインフレ懸念が高まると予想されている。

 12月の利上げが予想される米国はどうだろうか。9月のCPIが1・5%上昇し、過去2年で最も大きな上昇となった。住宅価格とエネルギー価格は引き続き上昇し、特に9月にはガソリン価格が前月比5・8%上昇した。また医療費が前年比で4・9%上昇、処方薬は7%も上昇。食料品と耐久消費財の価格は下げている。時間当たりの労働賃金は2・6%上昇しているが、インフレ調整後は1・4%しか上昇していない。

 現在、原油価格はバレル当たり50ドルを大きく超えてはいないが、冬場にかけてエネルギー関連価格が上昇すれば、米連邦準備制度理事会の利上げはインフレ抑制を正当化できるだろう。ただし、実際の利上げ幅は0・25%、2017年の利上げペースも緩やかなものになるだろう。

 このように英米ではインフレが意識されている。生活必需品の物価上昇は年金生活者や貧困層にとって負担が重い。また賃金上昇率よりもインフレ率が加速すれば、「悪いインフレ」となり、生活苦や失業が広がり政治的不安材料となりそうだ。

 こうしたインフレ警戒のウラには欧米の政治状況が既にある。中間層の喪失や所得格差の拡大は移民問題と相まって、米国ではトランプ現象、欧州では極右の台頭へつながっている。トランプ大統領候補は反エスタブリッシュメントとして人気を集めているが、実はトランプ現象は「アウトレイジ・ビジネス」と称される。

 アウトレイジとは侮蔑や非道に対する激しい怒りを意味する。極論を連発することでやり場のない憤りを持つ大衆の心をつかみ、彼らを扇動する。主張の内容が正しいかよりも、激怒のはけ口になって目立ち、人気を取ることが重視される。アウトレイジ・ビジネスは新たな全体主義の始まりかもしれない。

 米国ではトランプ候補とクリントン候補のどちらが大統領に就任しても、国内には埋めがたい亀裂が生じたまま、混乱が予想される。大統領選挙まで3週間をきり、市場は様子見で、キャッシュポジションが9・11以来最高となっている。
(文=大井幸子・国際金融アナリスト兼SAIL社長)
「国際金融市場を読む」
日刊工業新聞2016年10月21日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
フィリピンのドゥテルテ大統領は米国との「決別」宣言を若干軌道修正したが、明らかに大統領選を狙った発言。北朝鮮の核ミサイルもしかり。米国で「埋めがたい亀裂」は拡大していくのか。それは先進国でも同様の事が起こっている。理性と復元力の可能性を信じたいところだが・・

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