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「胸壁と心臓との距離は数センチ。外科医が到達するまでに2000年」

変わる循環器病の医療。先進技術で心と体に優しく
 生活や社会の仕組みが近代化し、高齢化社会を迎えると、循環器病は国民病としての流行の兆しさえうかがえます。今日では、働き盛りを過ぎた同僚や友人、親族が心臓病で入院したり、カテーテル治療や心臓外科手術を受けたり、ペースメーカーを入れたりといった循環器病急性期治療が身近な話題となってきました。

 わが国の心臓外科のパイオニアであった故榊原仟(しげる)先生は、今から40年前「胸壁と心臓との距離は数センチメートルだが外科医が到達するまでに2000年の年月を要している。科学の発達には月日が要る」と色紙に残しておられます。この前後から循環器病の診断や治療が長足の進歩を遂げました。

 その背景に科学技術の発達があります。循環器病の発生、重症化、治療に対する効果の正確で迅速な評価が可能になりました。その成果を私達は身近に知ることができます。

 例えば、東京都でCCUネットワーク事業(急性心筋梗塞症患者を一刻も早く集中治療し救命するための病院の連携)が始まった頃(34年前)の院内死亡率は20・5%でしたが、最近(2013年以降)は5%台です。世界のトップを誇る成果です。

 しかし、循環器専門医はこの数字に決して満足している訳ではありません。なぜなら世界の先進国と比べていまだに高い喫煙習慣(男性32・2%、女性8・2%)、肥満者の増加、運動不足など、循環器病危険因子はむしろ集積の傾向にあるからです。危険因子は自己の努力で抑制することができますので、健康と医療について視野の広い活動が必要と感じています。

 循環器病の先進技術は、信頼度と安全性が高いだけでなく、心と身体に優しいものを目指し大きく変わってきています。侵襲度の低い外科手術、冠動脈ステントや大動脈弁置換などのカテーテル治療は高齢者に福音となっています。周りを見回すとウエアラブルの歩数計、脈拍計、睡眠計がブームです。

 IT(情報技術)の発達によって自分の健康を絶えずチェックし、目標を定めて予防策を日常生活に取り込めるようになってきました。

 自分自身が病院機能を身に着けて生活できる時代といえます。健康と医療を結ぶ大切な仕掛けとして、「かかりつけ医」制度の充実が図られています。街角でよく見かける「自動体外式除細動器(AED)」のように「転ばぬ先の杖(つえ)」をいつでもどこでも活用できる環境が整いつつあります。
(文=友池仁暢・公益財団法人日本心臓血圧研究振興会附属榊原記念病院院長) 
日刊工業新聞2016年10月7日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
脳血管内治療市場などは年率2ケタ成長を続けており、テルモは今年、脳動脈瘤治療用の塞栓器具を手がける米シークエントメディカルを約400億円で買収。この分野は中堅・中小企業も結構活躍している。東京・大田区のベンチャー、イービーエムは、心臓の冠動脈バイパス手術を訓練できる装置を開発。日本の医師だけでなく、海外での医師などのトレーニングをサポートしたりしている。

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