マツダ、ピックアップトラック開発撤退に秘められた危機感
次世代技術で過去の過ちは繰り返さない
マツダはピックアップトラックの自社開発を止めて、次世代モデルはいすゞ自動車からのOEM(相手先ブランド)調達に切り替える。マツダの小飼雅道社長は「得意ジャンルで最高の技術を織り込むにはしっかりとしたリソースが必要になる。身の丈を超えた無理、背伸びはできない」と、撤退の理由を話す。円安と「スカイアクティブ」と呼ぶ新世代自動車技術が支持され事業を拡大させてきたマツダ。しかしここにきて局面が変わりつつある。「選択と集中」は危機感の表れとも言えるだろう。
マツダといすゞは次世代ピックアップトラックをOEM供給することで7月に合意。供給は年約5万台規模を見込む。マツダは現在、米フォード・モーターと共同開発したピックアップトラックをタイで生産している。次世代ピックアップトラックでは、デザインはいすゞと共同で手がけるが、車両の自社開発や生産から撤退する。
エンジンの過給小排気量化(ダウンサイジング)に向かった提携先の米フォードと袂を分かち、エンジンの効率改善因子を極め、エンジンそのものをゼロベースで作り直すというマツダの戦略は、スカイアクティブ技術で大成した。
今後、マツダが見据えるのは「大排気量化」だ。「ダウンサイジングは行きすぎた。今後は欧州勢も必ず排気量を上げてくるはずだ」。マツダの「スカイアクティブエンジン」の開発を主導し“ミスターエンジン”と呼ばれる人見光夫常務執行役員は断言する。
なぜか。ダウンサイジングの燃費低減効果が限界に達しているからだという。ガソリンエンジンは排気量を小さくするほど過給量を増やさないとパワーが出ない。するとノッキングと呼ばれる異常燃焼が起きやすくなる。防ぐにはエンジン自体の圧縮比を下げる必要があり、中高負荷領域で燃費が悪化する。
もともと過給ダウンサイジングエンジンは低負荷領域で燃費性能がよく、アクセルを踏みこんだ中高負荷領域では燃費改善効果は低かった。低負荷領域の運転を多用する欧州の計測法に対応してモード燃費を高めるには適した技術。しかし、実用燃費との差の大きさは問題になっている。
一方、ディーゼルエンジンを小排気量化すると、同じ出力を出すには高い温度で燃焼することとなり、窒素酸化物(NOX)が増える悪影響がある。「ディーゼルには、排気量を下げる論理的メリットはない。ガソリンエンジンの競争に流されて、排気量当たりの出力向上を競ってきた」(人見常務)。
ではマツダは、どういう方向で開発を進めていくのか。まず、ガソリン、ディーゼルとも燃費性能を飛躍的に高めるために、燃料を薄くして燃やすリーンバーンの度合いを高める。そのためには排気量を大きくした方が空気を取り込みやすい。
ガソリンエンジンでは、過給器を使わず圧縮比を高めることで低燃費化する。現行のスカイアクティブエンジンでも採用した方向性だ。かたやディーゼルでは「もっと意図的に排気量を大きくした方がいい」(同)。NOXの発生を抑え後処理装置などのコストを低減できる。比較的小さい出力の用途に大排気量エンジンを使えば、部品を小型軽量化し燃費低減できるという。
さらに負荷が低い時には気筒を止める「気筒休止」を併用すれば「低負荷から高負荷まで、すべての領域でダウンサイジングエンジンに燃費で勝てる」(同)という。
将来、カギとなる技術が「究極の燃焼」と呼ばれる燃焼方式、「HCCI(予混合圧縮自動着火)」だ。ごく薄いガソリンの混合気を、ディーゼルエンジンのように自己着火させて燃やし、燃費性能と環境性能を飛躍的に高められる。
理想的な燃焼とされる一方で、技術的なハードルも高い。1台のエンジンの中で通常の燃焼と瞬時に切り替える必要があるほか、安定的に燃える領域が狭いなど課題が多く、どの自動車メーカーでもいまだに実用化できていない。
これらの技術は難易度が高く、開発コストもかかる。果たしてマツダはこの高いハードルを越えられるのか。そして「職人気質」と言われるマツダの社風が悪い方に出た場合、負のスパイラルに入りかねない。自らに厳しく、理想とするものづくりを追い求める一方で、時として頑固で、周囲の声に耳を貸さず、独善的になってしまう。
「今のマツダ車がうまくいっているのは、たまたまニーズと合ったから、そう考えて慢心しない方がいい。マツダは伝統的に開発部門が強く、マーケティング部門が弱い。人の話を聞かず、自分たちが作りたいように車を作る傾向がある」。ある有力ディーラーの幹部はこう打ち明ける。
快走を続けてきたマツダの国内販売が今年に入りブレーキがかかっている。1ー8月期の登録車販売(軽自動車を除く)は前年同期比23%減。落ち込み幅は他のメーカーに比べダントツで大きい。
急落の原因は有力な新車投入がなかったことが大きな要因。ただし、「スカイアクティブ」技術を搭載した“商品の良さ”を評価をベースに、新車効果に頼り過ぎていたともいえる。
「プレミアムブランド」へ舵(かじ)の切り方が性急すぎる懸念もある。値引きをしない戦略も販売減の一因という声もあがっているのも事実。高価格帯を正しく販売する流通サイドの改革が、まだ遅れている。今後数年間は、まさに足場固めの時期。高い評価に慣れ、どこかで自信過剰に陥っていなかったか。
今回のピックアップトラック開発・生産からの撤退は、小飼社長ら経営陣の、経営不振に陥った過去の過ちの繰り返さないという判断と受け止めたい。
マツダといすゞは次世代ピックアップトラックをOEM供給することで7月に合意。供給は年約5万台規模を見込む。マツダは現在、米フォード・モーターと共同開発したピックアップトラックをタイで生産している。次世代ピックアップトラックでは、デザインはいすゞと共同で手がけるが、車両の自社開発や生産から撤退する。
ダウンサイジングから大排気量化へ
エンジンの過給小排気量化(ダウンサイジング)に向かった提携先の米フォードと袂を分かち、エンジンの効率改善因子を極め、エンジンそのものをゼロベースで作り直すというマツダの戦略は、スカイアクティブ技術で大成した。
今後、マツダが見据えるのは「大排気量化」だ。「ダウンサイジングは行きすぎた。今後は欧州勢も必ず排気量を上げてくるはずだ」。マツダの「スカイアクティブエンジン」の開発を主導し“ミスターエンジン”と呼ばれる人見光夫常務執行役員は断言する。
なぜか。ダウンサイジングの燃費低減効果が限界に達しているからだという。ガソリンエンジンは排気量を小さくするほど過給量を増やさないとパワーが出ない。するとノッキングと呼ばれる異常燃焼が起きやすくなる。防ぐにはエンジン自体の圧縮比を下げる必要があり、中高負荷領域で燃費が悪化する。
もともと過給ダウンサイジングエンジンは低負荷領域で燃費性能がよく、アクセルを踏みこんだ中高負荷領域では燃費改善効果は低かった。低負荷領域の運転を多用する欧州の計測法に対応してモード燃費を高めるには適した技術。しかし、実用燃費との差の大きさは問題になっている。
一方、ディーゼルエンジンを小排気量化すると、同じ出力を出すには高い温度で燃焼することとなり、窒素酸化物(NOX)が増える悪影響がある。「ディーゼルには、排気量を下げる論理的メリットはない。ガソリンエンジンの競争に流されて、排気量当たりの出力向上を競ってきた」(人見常務)。
ではマツダは、どういう方向で開発を進めていくのか。まず、ガソリン、ディーゼルとも燃費性能を飛躍的に高めるために、燃料を薄くして燃やすリーンバーンの度合いを高める。そのためには排気量を大きくした方が空気を取り込みやすい。
ガソリンエンジンでは、過給器を使わず圧縮比を高めることで低燃費化する。現行のスカイアクティブエンジンでも採用した方向性だ。かたやディーゼルでは「もっと意図的に排気量を大きくした方がいい」(同)。NOXの発生を抑え後処理装置などのコストを低減できる。比較的小さい出力の用途に大排気量エンジンを使えば、部品を小型軽量化し燃費低減できるという。
さらに負荷が低い時には気筒を止める「気筒休止」を併用すれば「低負荷から高負荷まで、すべての領域でダウンサイジングエンジンに燃費で勝てる」(同)という。
「職人気質」は吉とでるか凶とでるか
将来、カギとなる技術が「究極の燃焼」と呼ばれる燃焼方式、「HCCI(予混合圧縮自動着火)」だ。ごく薄いガソリンの混合気を、ディーゼルエンジンのように自己着火させて燃やし、燃費性能と環境性能を飛躍的に高められる。
理想的な燃焼とされる一方で、技術的なハードルも高い。1台のエンジンの中で通常の燃焼と瞬時に切り替える必要があるほか、安定的に燃える領域が狭いなど課題が多く、どの自動車メーカーでもいまだに実用化できていない。
これらの技術は難易度が高く、開発コストもかかる。果たしてマツダはこの高いハードルを越えられるのか。そして「職人気質」と言われるマツダの社風が悪い方に出た場合、負のスパイラルに入りかねない。自らに厳しく、理想とするものづくりを追い求める一方で、時として頑固で、周囲の声に耳を貸さず、独善的になってしまう。
早急なプレミアムブランドへの舵に懸念も
「今のマツダ車がうまくいっているのは、たまたまニーズと合ったから、そう考えて慢心しない方がいい。マツダは伝統的に開発部門が強く、マーケティング部門が弱い。人の話を聞かず、自分たちが作りたいように車を作る傾向がある」。ある有力ディーラーの幹部はこう打ち明ける。
快走を続けてきたマツダの国内販売が今年に入りブレーキがかかっている。1ー8月期の登録車販売(軽自動車を除く)は前年同期比23%減。落ち込み幅は他のメーカーに比べダントツで大きい。
急落の原因は有力な新車投入がなかったことが大きな要因。ただし、「スカイアクティブ」技術を搭載した“商品の良さ”を評価をベースに、新車効果に頼り過ぎていたともいえる。
「プレミアムブランド」へ舵(かじ)の切り方が性急すぎる懸念もある。値引きをしない戦略も販売減の一因という声もあがっているのも事実。高価格帯を正しく販売する流通サイドの改革が、まだ遅れている。今後数年間は、まさに足場固めの時期。高い評価に慣れ、どこかで自信過剰に陥っていなかったか。
今回のピックアップトラック開発・生産からの撤退は、小飼社長ら経営陣の、経営不振に陥った過去の過ちの繰り返さないという判断と受け止めたい。
日刊工業新聞2015年11月20日/2016年4月12日/8月19日の記事などに加筆・修正