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良い音楽は良い電子部品から

ハイレゾで日本の電子部品は存在感を示せるか
 TDKはスマートフォンやタブレット端末でハイレゾ音源をきれいに再生できるノイズ除去フィルター「MAF1005Gシリーズ」を発売した。イヤホンやヘッドホン、マイクのオーディオラインに使う。セルラー帯のスプリアス(不要な信号成分)レベルを同社従来品比で最大50デシベル抑制した。サンプル価格は1個30円。

 すでに世界的なスマホメーカー数社への採用が決定した。これを受け、国内の工場に月産2000万個の体制を整備し量産を始めた。サイズは横1ミリ×縦0・5ミリ×高さ0・5ミリメートル。

 TDKは5月、スピーカーにつながる配線のスピーカーライン向けに同種の製品を発売している。今回は、この製品で開発したフェライト材料を活用した。さらに回路のパターニングをシミュレーションし、音声を歪(ひず)ませない特性にして、小型化とセルラー帯スプリアスレベルの抑制を実現した。

 ハイレゾ対応を差別化のポイントとしたいモバイル機器メーカー向けに、スピーカーライン向け製品と合わせて拡販する。

車をオーディオルームに


日刊工業新聞2016年2月10日「深層断面」から抜粋


 車を運転中に何となくBGMを流す。この車の日常風景をオーディオルームで過ごす時間に変えるほどの高音質製品が相次いで生まれている。最近では情報量の多い「ハイレゾリューション音源(ハイレゾ)」という言葉も市民権を得たが、高音質を実現する技術はそれだけでない。車の嗜好(しこう)が二極化する今だからこそ、マニアックなこだわりに市場をつくるチャンスがある。

 2015年半ばごろから、国内カーナビゲーションシステム各社は、音楽に注力した新製品やサービスを相次ぎ投入している。JVCケンウッドは日本メーカーとしていち早くハイレゾ音源対応のカーナビを商品化し、パイオニアはレコチョク(東京都渋谷区)と新しい音楽配信サービスを始めた。

 背景には二つの意味での車載器の進化がある。音響技術が進化した一方で、”ナビ“自体の技術は成熟して差別化が難しくなりつつある。そこでユーザーが価値を感じる音楽に、もう一度力を入れ始めた。

 4月にスピーカーやサウンドプロセッサーなどのフルデジタルサウンド向け新製品を発売するクラリオンの担当者は、「フルデジタルはハイレゾ音源をそのまま、より高音質で再生できる」と胸を張る。フルデジタルは車載向けでは同社が唯一導入する技術だ。

 フルデジタルと通常のオーディオの違いは、音楽情報を載せた信号の伝達方法にある。CDなどのデジタル音源は人の耳に届くまでにどこかのタイミングでアナログ信号に変換されている。

 通常のオーディオはアンプより前段階の変換器(D/Aコンバーター)でアナログ変換するが、フルデジタルはスピーカーの段階までデジタル信号のまま伝達されるため原音を忠実に再現しやすい。情報量の多いハイレゾ音源の信号も、スピーカーまできちんと伝達されてこそ真価を発揮できる。

 同社は3年前にカーナビとスピーカーをセットにした第1弾のフルデジタル製品を発売したが、高価格帯ということもあってあまり売れなかった。今回は他のカーナビと組み合わせて使える使い勝手と、音質追求で雪辱を期す。

 性能向上のポイントは、音源信号をスピーカーを駆動する六つのデジタル信号に変換し、音質を調整する信号処理部だ。同処理部の心臓であるLSIを民生用から、4年弱かけた独自開発品に変更した。「何台も試作品を犠牲にした」(別の担当者)。音源信号をより高速でサンプリングし、前モデルより高い音質で再生できる。


多様な知見が音づくりにつながる


 では、アナログ信号での伝達がダメかというと、そうではない。各社は電子部品などの工夫でノイズを減らしたり、スピーカーから出た音がドライバーに到達するまでの時間を調整して立体感のある音像をつくることで音質を磨いている。この音の到達時間を調整するタイムアライメントに強みを持つのが三菱電機だ。

 15年秋に発売したダイヤトーンサウンドナビ「NR―MZ100」を介して音楽を聴くと、スピーカーは左右にあるにもかかわらず、目の前でバンドが演奏しているかのように一つひとつの音がくっきりと響く。スピーカーには高音域用と低音域用の2種類があるが、低音域は音の幅が広いため、同時に音を出すとより低い音は微妙に遅れて届く。

 そこで同社では低い音を高い側と低い側に分けて、高音も含め三つの音がドライバーに届く時間をぴったり同時にして音に立体感を出すという高度な音質調整を施している。

 この技術は7年をかけて進化してきた。08年に発売したD/A変換や音質調整を行う専用機器「DA―PX1」から導入が始まり、12年に「ダイヤトーン」の名前を冠したカーナビを発売してからは、ほぼ毎年、演算の方式やアルゴリズムに改良を重ねた。

 そして最新モデルは電子部品から基板、シャシーに至るまで全てを見直した。もちろんハイレゾ音源にも対応している。「ノイズやゆらぎをなくしたから、静かな部分が本当に静かになった」(大草紀之自動車機器事業部市販部企画課長)。同社は戦後直後の70年前からスピーカーを販売しており、スピーカーの振動板素材に至るまで多様な知見が音づくりにつながっている。

 パイオニアも音楽関連を再強化している。レコチョクとはユーザーの好みに合わせて独自に編成した音楽を配信するサービスを始めた。またスピーカーの企画から生産を東北パイオニアに一元化し、受注拡大にも成功した。「当社はもともとスピーカー会社。再活性化は大きなテーマだ」(小谷進社長)と語る。
(文=梶原洵子)
※肩書き、内容は当時のもの
日刊工業新聞2016年9月2日
尾本憲由
尾本憲由 Omoto Noriyoshi 大阪支社編集局経済部
電子部品にとって、かつては主戦場だったオーディオ市場も今ではニッチ。ただ現在でも真空管アンプにこだわるマニアはいるし、オーディオ機器メーカーにとってコンデンサの銘柄は昔も今も重要な差別化要素。より高音質なハイレゾが急速に普及する中で、電子部品への注目度はオーディオの世界で再び高まるのだろうか?

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