中小製造業が3分の1に減った東京・大田区が挑む「医工連携」
日本のモノづくりの象徴で縮図。設計開発能力や技術・技能を成長分野に
日本のモノづくりを下支えしてきた中小製造業の減少が止まらない。中小企業庁によると、1986年に全国で約87万あった事業所は、2006年に約55万まで急減した。その後も下落は続いており、12年は約49万に減っている。
中小製造業の集積地として知られる東京都大田区の場合、1983年の約9200をピークに2003年に半減。14年は3400事業所と、ピークの3分の1近くになった。
こうした中で大田区では、中小製造業が自ら生き残りを図ろうと10年ほど前に医療機器の研究会を立ち上げた。高齢化で需要が見込めることや大半が輸入品に頼っているため、日本人に合った機器が必要と考えた。
当初は医師に「お困りのことはありませんか」と声をかけ、リハビリを手助けする機器などの製作を始めた。ただ個別の医師との連携だけで広く医療現場に普及させるのは難しい。
そこで大田区と大田区産業振興協会が12年に「医工連携支援センター」を設置。区内に病院がある東邦大学と東京労災病院などと連携し、本格的に医療機器開発に乗り出した。医療機器の販売会社が集積する文京区ともパートナーシップを結んだ。
その結果、樹脂会社が骨や臓器の形状を3Dプリンターで正確に再現したり、ワイヤメーカーによる医療用鋸線、パイプメーカーによる耳鼻咽喉科向けの吸引管などの開発事例が出ている。
大田区産業振興協会によると、現在、進行中の連携案件は130件程度あるそうだ。大田区の新製品・新技術開発支援助成金の申請のうち医療機器は14年度4件、15年度5件だったが、16年度は10件に増えた。
大田区に限らず、経済環境の変化に強い中小企業は、設計開発能力や高度の基盤技術・技能をヘルスケアや環境・エネルギー、ロボティクス、航空宇宙など成長が見込まれる分野に応用しているケースが多い。
1社で難しけれぱ仲間の企業と連携する手もある。中小製造業の減少を放置すれば、日本の製造業の凋落(ちょうらく)につながりかねない。官民で知恵を絞りたい。
産学連携から医工連携へ―。東京都大田区で加工技術を医療器具などに活用する医工連携の動きが活発化している。大田区は2012年に医療機関と区内中小企業の連携を支援する拠点「大田区医工連携支援センター」を開設。医療機関や医療機器製造・販売企業と区内製造業との交流を促す。
「以前から食品を扱い、衛生管理を徹底していた上、輸血パックの樹脂部分を製造していた関係で医療分野に参入しやすかった」。3Dプリンターを使って人の骨や臓器を造形する睦化工の古川亮一社長は笑顔をみせる。
磁気共鳴断層撮影装置(MRI)のデータを3Dデータに変換して造形する。樹脂の射出成形を手がける経験から樹脂の知見が豊富で、やわらかいモノはやわらかく、実際の臓器に近い材質を研究して製造する。現在は研究・教育用の臓器を製造するが、今後は個人データを使い、腫瘍の位置まで正確なものを作りたいという。
東京ワイヤー製作所(山田洋義社長)は骨なども切断できるワイヤカッター「キュアカッター」を開発した。2本のハンドルにワイヤをかませてのこぎりのように前後に引く。細くて軽く、切断性能も高い。脊椎などの外科手術や救急医療で活躍が期待される。
(ワイヤカットソー「キュアカッター」=東京ワイヤー製作所提供)
いわて産業振興センター(盛岡市)から「アレルギー体質の人には使えないニッケル合金を含まないコバルトクロムタングステン合金を医療用の細い線にしてほしい」と依頼されたことがきっかけ。
山田竜義企画室長は「極細線とねじり線加工技術で硬くて切れやすい合金を加工し、製品化にこぎつけた」と話す。既に医療機器製造認可は取得済みで、医療機器販売認可取得を目指す。
玉川パイプ(玉川冨士男社長)は医療機器メーカーの第一医科(東京都文京区)と連携し、耳鼻咽喉科で鼻水を吸引する「への字型吸引管」で直径1・6ミリメートルという最細径モデルの量産化に挑んだ。
先が細っていく形状のパイプは、回転させたパイプに専用金型をたたき当てるスウェージング加工で量産する。従来、同加工では先端が割れるため板巻き加工で製作しており、工期が長く量産が難しかった。
そこで長年蓄積してきた大田区内外のネットワークを駆使。協力企業と試行錯誤し、焼き入れ工程などを見直すことでスウェージング加工に成功した。玉川大輔営業主任は「ネットワークを生かし、あらゆる案件をワンストップで対応できるのが強みだ」と語る。
大田区医工連携支援センターの担当者は「玉川パイプのように医療機器メーカーに技術を提供するのがトレンドになる」と言う。医療分野参入で障害となる認可取得と市場開拓が不要だからだ。
睦化工はオリィ研究所(東京都三鷹市)が開発した心を癒やす分身ロボット「OriHime」の樹脂部分も担当。東京ワイヤー製作所はキュアカッターをアウトドアなど消費者向け製品への応用を進めており、医工連携をステップに新たな市場開拓に取り組む。
(文=門脇花梨)
※内容、肩書きは当時のもの
中小製造業の集積地として知られる東京都大田区の場合、1983年の約9200をピークに2003年に半減。14年は3400事業所と、ピークの3分の1近くになった。
こうした中で大田区では、中小製造業が自ら生き残りを図ろうと10年ほど前に医療機器の研究会を立ち上げた。高齢化で需要が見込めることや大半が輸入品に頼っているため、日本人に合った機器が必要と考えた。
当初は医師に「お困りのことはありませんか」と声をかけ、リハビリを手助けする機器などの製作を始めた。ただ個別の医師との連携だけで広く医療現場に普及させるのは難しい。
そこで大田区と大田区産業振興協会が12年に「医工連携支援センター」を設置。区内に病院がある東邦大学と東京労災病院などと連携し、本格的に医療機器開発に乗り出した。医療機器の販売会社が集積する文京区ともパートナーシップを結んだ。
その結果、樹脂会社が骨や臓器の形状を3Dプリンターで正確に再現したり、ワイヤメーカーによる医療用鋸線、パイプメーカーによる耳鼻咽喉科向けの吸引管などの開発事例が出ている。
大田区産業振興協会によると、現在、進行中の連携案件は130件程度あるそうだ。大田区の新製品・新技術開発支援助成金の申請のうち医療機器は14年度4件、15年度5件だったが、16年度は10件に増えた。
大田区に限らず、経済環境の変化に強い中小企業は、設計開発能力や高度の基盤技術・技能をヘルスケアや環境・エネルギー、ロボティクス、航空宇宙など成長が見込まれる分野に応用しているケースが多い。
1社で難しけれぱ仲間の企業と連携する手もある。中小製造業の減少を放置すれば、日本の製造業の凋落(ちょうらく)につながりかねない。官民で知恵を絞りたい。
産学連携から医工連携へ
日刊工業新聞2015年12月16日
産学連携から医工連携へ―。東京都大田区で加工技術を医療器具などに活用する医工連携の動きが活発化している。大田区は2012年に医療機関と区内中小企業の連携を支援する拠点「大田区医工連携支援センター」を開設。医療機関や医療機器製造・販売企業と区内製造業との交流を促す。
「以前から食品を扱い、衛生管理を徹底していた上、輸血パックの樹脂部分を製造していた関係で医療分野に参入しやすかった」。3Dプリンターを使って人の骨や臓器を造形する睦化工の古川亮一社長は笑顔をみせる。
磁気共鳴断層撮影装置(MRI)のデータを3Dデータに変換して造形する。樹脂の射出成形を手がける経験から樹脂の知見が豊富で、やわらかいモノはやわらかく、実際の臓器に近い材質を研究して製造する。現在は研究・教育用の臓器を製造するが、今後は個人データを使い、腫瘍の位置まで正確なものを作りたいという。
東京ワイヤー製作所(山田洋義社長)は骨なども切断できるワイヤカッター「キュアカッター」を開発した。2本のハンドルにワイヤをかませてのこぎりのように前後に引く。細くて軽く、切断性能も高い。脊椎などの外科手術や救急医療で活躍が期待される。
(ワイヤカットソー「キュアカッター」=東京ワイヤー製作所提供)
いわて産業振興センター(盛岡市)から「アレルギー体質の人には使えないニッケル合金を含まないコバルトクロムタングステン合金を医療用の細い線にしてほしい」と依頼されたことがきっかけ。
山田竜義企画室長は「極細線とねじり線加工技術で硬くて切れやすい合金を加工し、製品化にこぎつけた」と話す。既に医療機器製造認可は取得済みで、医療機器販売認可取得を目指す。
玉川パイプ(玉川冨士男社長)は医療機器メーカーの第一医科(東京都文京区)と連携し、耳鼻咽喉科で鼻水を吸引する「への字型吸引管」で直径1・6ミリメートルという最細径モデルの量産化に挑んだ。
先が細っていく形状のパイプは、回転させたパイプに専用金型をたたき当てるスウェージング加工で量産する。従来、同加工では先端が割れるため板巻き加工で製作しており、工期が長く量産が難しかった。
そこで長年蓄積してきた大田区内外のネットワークを駆使。協力企業と試行錯誤し、焼き入れ工程などを見直すことでスウェージング加工に成功した。玉川大輔営業主任は「ネットワークを生かし、あらゆる案件をワンストップで対応できるのが強みだ」と語る。
大田区医工連携支援センターの担当者は「玉川パイプのように医療機器メーカーに技術を提供するのがトレンドになる」と言う。医療分野参入で障害となる認可取得と市場開拓が不要だからだ。
睦化工はオリィ研究所(東京都三鷹市)が開発した心を癒やす分身ロボット「OriHime」の樹脂部分も担当。東京ワイヤー製作所はキュアカッターをアウトドアなど消費者向け製品への応用を進めており、医工連携をステップに新たな市場開拓に取り組む。
(文=門脇花梨)
※内容、肩書きは当時のもの
日刊工業新聞2016年8月12日