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夏だ!フェスだ!音響機器がライブ市場を盛り上げる

ソニー、パナソニック、ボーズが多様化する音楽シーンに商機伺う
夏だ!フェスだ!音響機器がライブ市場を盛り上げる

ソニーはフジロックの視聴ブース前に写真撮影コーナーを設置して、SNSでの拡散を促す

 今や風物詩となった野外音楽イベント「夏フェス」。音楽をよりリアルに体験できることから、夏フェスなどのライブ市場が活発化している。これに伴い、音響機器の販売にも好影響が波及してきた。ソニーはイベントを利用し、マーケティングを推進。パナソニックや米ボーズは、ライブ会場向けの製品を拡充する。音楽の聴き方が多様化する中、音楽と消費者の接点が大きいライブ市場の成長は音響機器メーカーにとって商機になっており、各社は戦略に工夫を凝らしている。

フジロックで「ハイレゾ」の好感度上げる


 青い空が広がる山々の麓に大音量のロックが響き渡る。20―30代の若者は雄大な自然の中に佇み、ヘッドホンを耳に当てて音楽に聞き入っている―。

 7月に苗場スキー場(新潟県湯沢町)で開かれた「フジロックフェスティバル」での光景だ。彼らが手にしているのは、ソニーのハイレゾ対応ヘッドホン。同社は会場の一角に視聴コーナーを設置し、ヘッドホンやスピーカー、ウォークマンなどCDよりも高音質なハイレゾ音源対応機器を展示した。訪れた客は「全然違う曲に聞こえる」と笑顔をみせる。

 ソニーは6月に開かれたフェスでも視聴コーナーを設けるなど、フェスを積極的に活用している。狙うのは“音楽好き”の取り込みだ。ソニーマーケティング(東京都品川区)の新宮俊一統括部長は「音にこだわるハイレゾ機器は、音を楽しむ消費者との親和性が高い」と説明する。

音楽好きとの接点「フェス」以外への波及狙う


 ソニーと消費者の一般的な接点は、直営店や家電量販店だ。一方、フェスに足を運ぶ客は音楽を楽しむ体験を第一の目的にしており、購買意欲を持つ量販店の客層とは異なる。そこで視聴コーナーで最新機器を体感してもらい、製品にも興味を持ってもらう。音楽を楽しむ「コト」好きの客を「モノ」の購入へと導き、こうした良いサイクルを回すことが目的だ。

 フジロックの視聴コーナーでは、フェスに来ていない音楽ファンへの波及効果も狙った。記念撮影用のパネルを設置し、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)で情報を拡散しやすい仕掛けを整えた。

 3日間の開催でSNSにアップされた件数は当初目標の2・7倍となる約1350件で、成果は上々だ。新宮統括部長は「音楽そのものを楽しむことをサポートし、機器の販売につなげたい」と意気込む。

10年ぶりの新製品でこだわった“原音に忠実”



(設備用音響機器を開発する福岡事業場に新設した視聴室)

 6月にパナソニックが披露したのは、10年ぶりとなる設備用音響機器の新製品「RAMSA Auditorium(ラムサ・オーディトリアム)シリーズ」だ。ホールや劇場、スポーツ施設向けデジタルミキサーやアンプ、スピーカーなど計12機種を9月に発売する。

 こだわったのは“原音に忠実”であること。設備音響事業を手がけるパナソニックシステムネットワークス(同中央区)の松本泉主幹技師は「舞台上で鳴っている音を、そのまま届けられるようにしなければいけない」と力を込める。2015年10月には開発拠点である福岡事業場(福岡市博多区)に視聴室を新設し、細部まで音を追究した。

 同社の設備用音響機器は最大で700人規模の施設を主対象にしており、音楽に限らず講演や演劇など多目的な用途に使われることが多い。

 しかし最近は音楽イベントで利用されることも増え、ライブ市場の成長は追い風だ。「特に新製品のスピーカーは音質や使い勝手が好評で、イベントでの利用が伸びそうだ」(田中明伸開発統括担当)。新製品発表会では有名なバンド「カシオペア・サード」がライブするなど、音楽利用へのアピールに力を入れる。

 今後狙うのは、1000人以上を収容する大会場向け市場だ。現在はスタジアムといった大規模施設向けの大型スピーカー「ラインアレイスピーカー」を開発中で、17年度の発売を目指す。「ターゲット市場を広げて、将来は海外へも展開したい」(有村稔係長)と期待をかける。

重量13kgの手軽なPAで「飲食店」がライブ会場に



(可搬型PAシステム「L1コンパクト」は一人で持ち運べる)

 ライブはライブハウスやホール、スタジアムで開かれるだけではない。飲食店や寺など会場の裾野は拡大している。音響設備が整っていない施設で、より手軽にライブができる環境を作るニーズが高まっている。そうした要求に合致したのが、米ボーズの可搬型PA(拡声)システム「L1コンパクト」だ。

 一般的なPAシステムは機器の数が多く、大がかりになってしまう。しかしL1コンパクトは低音を再生するウーファーを内蔵したパワースタンドと、スピーカーアレイ、設置用機材で構成され、重量はわずか13キログラム。

 約1分で組み立てられるなど、手軽に使える。07年の投入以来、徐々に売り上げを伸ばし、販売台数は右肩上がりだ。三富圭マーケティングマネージャーは「ライブの形が多様化する中で、導入時期と市場の成長がマッチした」と分析する。

 可搬型による新たなニーズの獲得に加え、年内にはライブハウスなど施設向けに、高指向性の小型ラインアレイスピーカーも投入する計画だ。全てのライブ市場で、活況な需要を取り込む。

音楽産業は「コト」への消費へ




 ライブ市場は順調に拡大している。CD販売が低迷する中、アーティストは音源販売からライブへと収益の軸足を移している。消費者との接点が大きく、グッズなどの売り上げも見込めるためだ。

 また若い世代を中心に、体験を共有する「コト」への消費が好まれることも、市場を押し上げる一因になっている。フェスが各地で開催されライブ市場が活発化する中、音響機器メーカーの商戦も熱気を帯びている。
(文=政年佐貴恵)
日刊工業新聞2016年8月12日
政年佐貴惠
政年佐貴惠 Masatoshi Sakie 名古屋支社編集部 記者
夏だ!フェスだ!という訳で、少し夏休みを意識した記事です。今や夏に限らず年中フェスが行われている時代。フェス・ライブ市場の成長にさまざまな所から注目が集まっています。「若者は消費しない、音源を買わない」と言われますが、フェスやライブ会場ではアーティストグッズやフェスグッズを身につけた大勢の若者グループが、ビールを片手に楽しそうに過ごしている姿が目立ちます。お金の使い方や価値観といったものが変わってきていることを実感します。ところで余談ですが、ANAの荷物積み忘れ問題で、北海道で行われるフェス「ライジングサン」に出演するアーティストにも影響が出たようです。手荷物では預けられない機材や楽器が多そうなだけに、事の大きさを改めて感じた次第でした。

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