孫社長はソフトバンクワールドの冒頭、なぜシンギュラリティという言葉を使ったのか
大風呂敷かビックピクチャーか。その発想力とコミュニケーション力
ソフトバンクグループが英半導体設計大手のARM(アーム)を日本企業として過去最大の3兆3000億円で買収するというニュースには、多くの人が度肝を抜かれたことでしょう。不思議なのは、モバイル全盛の現代にあって英国の至宝とも言われ、多くの会社が傘下に入れたがっていたであろうARMを、なぜソフトバンクグループが買収できたのかということです。
まず買収金額の大きさが一つ。さらに、ソフトバンクグループのトラックレコード(実績)もあるでしょう。しかし、それだけではなく、世界の名だたる企業のトップと渡り合い、口説き落とすことで、大掛かりな買収や提携を成し遂げてきた孫正義社長の力によるところが何より大きい。
その大胆な発想力と卓越したコミュニケーション力が、10年くらい前から恋い焦がれてきたARMの買収劇でも遺憾無く発揮され、交渉からわずか2週間での合意・発表に至ったわけです。
7月21日、東京・港区のホテルで開幕した「ソフトバンクワールド2016」。冒頭の基調講演で孫社長は、ARMに着目した理由を「シンギュラリティ(技術的特異点)」の観点から滔々と説明しました。
でも、なぜシンギュラリティなのでしょうか? 普通の経営者ならたぶん、ARMはモバイルや将来大きな成長が見込まれるIoT(モノのインターネット)を支える中核の会社だから、といった話をしたことでしょう。
孫社長はそうではなく、「(情報通信技術の発達で)30年後には人類を超える超知性が現れる。そうしたシンギュラリティが人類を破滅させるのではなく、不治の病をなくし、事故の起きない社会インフラを作り、大災害から私たちを守るようにするために、ソフトバンクは情報革命でパラダイムシフトに挑戦する。
シンギュラリティのキーワードは人工知能(AI)、スマートロボット、IoTの三つ。それには大量のデータを低消費電力で処理する半導体の中核技術を持つARMが重要な一手になる」。こうやさしい言葉で訴えます。
まさにビックピクチャーというか、日本風に言えば大風呂敷かもしれません。しかも、買収当事者同士のビジネスでの成長を確約するのはもちろん、近江商人の「三方よし」ではないですが、社会をより良い方向に変えるという社会貢献の視点も盛り込んでいます。
こうして理路整然と熱心に説得されれば、有能な経営者ほど「よし、一緒にやりましょう」と意気投合することになるのかもしれません。
ソフトバンクの成長は、ちょっと前に電撃退社で話題になったニケシュ・アローラ副社長含め、世界の企業のトップを孫社長自らが英語で直接口説くことで形作られてきました。
そんな孫社長の英語でのコミュニケーションの秘密を解き明かした本に、ソフトバンク元社長室長の三木雄信氏が書いた『なぜあの人は中学英語で世界のトップを説得できるのか』(祥伝社刊)があります。
それによれば、使っている単語も熟語も文法も中学レベルで、発音は完全なジャパニーズ・イングリッシュ。決して流暢ではない。それなのに経営トップと互角に交渉して、こちらの要求を通してしまう、といいます。
それには入念な準備はもちろん、英語特有のアクセントとリズムでしっかり声を出す、簡潔な表現でインパクトを与えながら根幹となるメッセージを伝える、大事なことは繰り返す、ある分野でナンバーワンであることを強調する、個人史を語るーといった孫社長流のテクニックがあるようです。
彼の発想力はもとより、人や企業の潜在能力を見抜く目利き力、ビジネススタイルを真似るのは極めて難しいと思われますが、相手を説得するコミュニケーションの手法は、ビジネスマンの参考になるかもしれません。
(文=デジタル編集部長・藤元正)
まず買収金額の大きさが一つ。さらに、ソフトバンクグループのトラックレコード(実績)もあるでしょう。しかし、それだけではなく、世界の名だたる企業のトップと渡り合い、口説き落とすことで、大掛かりな買収や提携を成し遂げてきた孫正義社長の力によるところが何より大きい。
その大胆な発想力と卓越したコミュニケーション力が、10年くらい前から恋い焦がれてきたARMの買収劇でも遺憾無く発揮され、交渉からわずか2週間での合意・発表に至ったわけです。
7月21日、東京・港区のホテルで開幕した「ソフトバンクワールド2016」。冒頭の基調講演で孫社長は、ARMに着目した理由を「シンギュラリティ(技術的特異点)」の観点から滔々と説明しました。
でも、なぜシンギュラリティなのでしょうか? 普通の経営者ならたぶん、ARMはモバイルや将来大きな成長が見込まれるIoT(モノのインターネット)を支える中核の会社だから、といった話をしたことでしょう。
30年後には人類を超える超知性が現れる
孫社長はそうではなく、「(情報通信技術の発達で)30年後には人類を超える超知性が現れる。そうしたシンギュラリティが人類を破滅させるのではなく、不治の病をなくし、事故の起きない社会インフラを作り、大災害から私たちを守るようにするために、ソフトバンクは情報革命でパラダイムシフトに挑戦する。
シンギュラリティのキーワードは人工知能(AI)、スマートロボット、IoTの三つ。それには大量のデータを低消費電力で処理する半導体の中核技術を持つARMが重要な一手になる」。こうやさしい言葉で訴えます。
まさにビックピクチャーというか、日本風に言えば大風呂敷かもしれません。しかも、買収当事者同士のビジネスでの成長を確約するのはもちろん、近江商人の「三方よし」ではないですが、社会をより良い方向に変えるという社会貢献の視点も盛り込んでいます。
こうして理路整然と熱心に説得されれば、有能な経営者ほど「よし、一緒にやりましょう」と意気投合することになるのかもしれません。
ソフトバンクの成長は、ちょっと前に電撃退社で話題になったニケシュ・アローラ副社長含め、世界の企業のトップを孫社長自らが英語で直接口説くことで形作られてきました。
ナンバーワンであることを強調する、個人史を語る
そんな孫社長の英語でのコミュニケーションの秘密を解き明かした本に、ソフトバンク元社長室長の三木雄信氏が書いた『なぜあの人は中学英語で世界のトップを説得できるのか』(祥伝社刊)があります。
それによれば、使っている単語も熟語も文法も中学レベルで、発音は完全なジャパニーズ・イングリッシュ。決して流暢ではない。それなのに経営トップと互角に交渉して、こちらの要求を通してしまう、といいます。
それには入念な準備はもちろん、英語特有のアクセントとリズムでしっかり声を出す、簡潔な表現でインパクトを与えながら根幹となるメッセージを伝える、大事なことは繰り返す、ある分野でナンバーワンであることを強調する、個人史を語るーといった孫社長流のテクニックがあるようです。
彼の発想力はもとより、人や企業の潜在能力を見抜く目利き力、ビジネススタイルを真似るのは極めて難しいと思われますが、相手を説得するコミュニケーションの手法は、ビジネスマンの参考になるかもしれません。
(文=デジタル編集部長・藤元正)
日刊工業新聞電子版2016年8月1日