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リオ五輪まで1カ月を切る。ブラジル経済、産業別で明暗

日系企業、景気回復を見据えた戦略に腐心
 リオデジャネイロ五輪の開催まで1カ月を切ったブラジル。しかし2015年の実質国内総生産(GDP)成長率がマイナス3・8%と、リーマン・ショックの影響を被った09年以来のマイナス成長に落ち込み、景気回復の兆候がみえない。ただ、同国は石油や農産物などの豊富な資源に加え、2億人の人口に支えられる巨大な消費市場も大きな魅力。日系企業は今後の景気回復を見据えた戦略を展開できるのか、実力が試される。

 ブラジル経済は、原油や鉄鉱石などの資源価格下落に加え、深刻な財政難や高インフレにより悪循環に陥っている。ただ、自動車や建設機械は販売の落ち込みが続く一方で、「食品や農業関連は悪くなく、産業別で明暗が出ている」(大久保敦日本貿易振興機構サンパウロ事務所所長)という状況だ。

 政治の混乱が収まり、インフレの克服が進んでいけば「自動車や家電などの消費財も回復が見込める」(同)と期待する。また現地の日系企業からは、「医薬品や化粧品の分野は、景気の影響を受けにくく今後も成長する」(ブラジル住友商事)との声も上がる。

投融資額は最も大きい日系企業


 三井物産はブラジルでの投融資残高が約9000億円と、ブラジルに進出した日系企業の中で最も大きい。手がける事業分野は資源開発から農業、教育分野まで幅広い。中でもインフラ開発は物流網の整備ニーズが拡大しており、成長分野の一つとして重点を置いている。

 南米最大の貨物取扱量を誇るサントス港から北西約10キロメートルに位置するティプラム港。従来は肥料の輸入専用港だったが、現在、肥料の輸入増加と穀物輸出に対応するためのターミナル増設工事が進んでいる。

 同港は現地貨物輸送会社のVLI(サンパウロ市)が保有・運営しており、三井物産も20%出資している。大型船が着岸できるバースや倉庫、港内を走る貨物鉄道線を整備し、17年10月までに順次稼働させる予定。

 また「ブラジルは広大な国にもかかわらず、十分な鉄道網を持っていない」(アレッサンドロ・ガマVLI統括部長)という課題を抱えている。そのため内陸の鉄道事業にも投資し、穀物などの輸送効率化につなげる方針だ。

(物流網の整備が進むティプラム港の工事現場)

 同国では犯罪防止や業務効率化のため、IT投資を拡大する動きがある。NECは15年に、リオ五輪で使われる競泳用プール向けの映像監視システムに加え、主要な国際空港14港の税関向けに顔認証システムを受注した。

 今後も空港の民営化が進むことで、サービス改善に向けたIT投資の伸びが見込まれる。NECでは「我々の事業機会につながる」(米州・EMEA本部中南米グループ)と、受注拡大に期待する。

主要業界の動向は?


【造船・海洋】不透明感漂う
 三菱重工業IHI川崎重工業などがブラジルの造船・海洋合弁事業で、巨額の損失処理を余儀なくされた。ブラジル国営石油会社ペトロブラスをめぐる汚職問題に加え、原油安で海洋資源開発が停滞。三菱重工とIHIは出資を引き上げ、ブラジルでの合弁事業から撤退した。

 現地の大手企業と合弁で造船事業を展開する川重はすでに損失処理を終えており、合弁契約に基づいた協力関係は継続する方針。ただ「追加的な資金・リスク負担には一切応じない」(餅田義典常務執行役員)と慎重な構えをみせる。

 1月に1バレル=20ドル台まで落ち込んだ原油価格は、足元で50ドル前後まで回復。このまま上昇基調が続けば、世界の海洋資源開発は勢いを取り戻す可能性は十分にある。

 だがブラジルに限って言えば、ペトロブラスは依然として汚職疑惑の渦中にあり業績は低迷。国家の屋台骨となっていた海洋資源開発は、しばらく不透明感が漂うとみられる。

【鉄鋼】減産続く
 鉄鋼業界は苦境にあえぐ。同国の粗鋼生産量は11年の約3522万トンをピークに4年連続で減少中。16年も1―5月で前年同期比13.9%減と、下げ足はむしろ加速している。世界鉄鋼協会によると、同国内の鋼材消費量は15年の前年比16.7%減に続き、16年の予測も同8.8%減と内需は縮小が続く。

 鉄鋼メーカーの業績も悪化の一途。新日鉄住金が大株主のウジミナスは、新日鉄住金が主導した割当増資で何とか当面の資金難を乗り越えられそう。ただ、ウジミナスでは、新日鉄住金ともう一方の大株主であるテルニウム(アルゼンチン)の対立に収束の兆しが見えないままだ。

 「役員陣が中長期の経営方針を持つ新日鉄住金と、短期利益を求めるテルニウムとに別れ、一枚岩になれない」(日本企業の現地駐在員)とみられ、業績立て直しを最優先にできない状況が続く。

 現地の報道も過熱している。「二つの主力製鉄所を両株主で分ける“離婚”を視野に入れているといったニュースが流れている」(同)など大きな関心事になっている。

(サンパウロの空港にある五輪ショップ)

【自動車】販売・生産、大幅減
 自動車販売の低迷も深刻だ。ブラジル全国自動車製造者協会(ANFAVEA)によると、1―5月の新車登録台数は前年同期比27%減の81万台。調査会社マークラインズによると、06年以来最低水準だ。米ゼネラルモーターズ(GM)、フィアットクライスラー、独フォルクスワーゲン(VW)、米フォード・モーターのいわゆる“ビッグ4”だけでなく、トヨタ自動車ホンダ日産自動車の日本勢も大幅減に見舞われている。

 これに呼応して生産も低迷している。内需の減退を輸出に振り向けて穴埋めしようという動きが一部で見られるが、1―5月の生産は同24%減の83万台と04年以来最低を記録した。ANFAVEAは16年の販売見通しを244万台から208万台に下方修正した。リオ五輪があっても厳しい情勢になりそうだ。
日刊工業新聞2016年7月6日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
先日、ブラジル通信大手オイが経営破綻した。負債総額は約2兆円で同国で過去最大。通貨レアルが過去1年で対ドルで約1割下落し負債総額が膨らんだ。長引く景気低迷で債務返済に苦戦する大手企業も増えており、外資を含めた再編含みの展開が続きそう。一方で、同じ南米でもパラグアイなどは経済が堅調。ブラジルの高い法人税率や高騰する人件費を避けるのが目的で、ブラジルからの製造業やインフラ投資が増えている。今の状況からして当面、ブラジル経済の急激な回復はないだろう。メルコスル(南米南部共同市場)全体での発想も欠かせない。

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