大手産業用ロボットメーカーが医療・福祉にいよいよ力を入れ始めた!
川重が手術用、安川は歩行支援。年率30%の成長市場で先行する米国勢を凌駕できるか
産業用ロボット大手の川崎重工業と安川電機が医療・福祉分野の開拓を加速させている。川崎重工はシスメックスと共同出資するメディカロイド(神戸市中央区)で、手術用ロボットを2019年までに開発・投入することを決定。安川電機はイスラエルのリウォーク・ロボティクスが開発した装着型歩行支援装置「リウォーク」を月内に販売開始するほか、自社開発の移乗支援装置も16年の発売を目指している。両社とも既に創薬・製薬関連業務を担うロボットを製品化しているが、今後はさらに一歩踏み込み、人に直接触れて医療行為などを行う装置を手がけることになる。
【担い手不足】
川崎重工が50%を出資するメディカロイドは、前立腺や子宮の摘出などで普及しつつある手術用ロボットなどを開発する。先進国の高齢化や担い手不足などにより、医療ロボット(介護を除く)のグローバル市場は現在の約6000億円から年率30%近くで成長するとされ、同社がその中にどう食い込むかは見どころだ。
現状では手術支援ロボット「ダヴィンチ」を手がける米インテュイティブサージカルと放射線治療ロボット「サイバーナイフ」の米アキュレイが2強。川崎重工の執行役員ロボットビジネスセンター長でメディカロイドの社長を務める橋本康彦氏は「医療ロボはロボット大国の日本がリードすべき領域」として製品化を急ぐ。
橋本氏は先行する他社製品のさらに上を行くロボットを目標に掲げる。例えばダヴィンチは3億円前後とされる値段が導入障壁になりがちだが、「より適正な価格設定を目指す」という。また、力センサーなどの技術を用い医師の繊細な触覚を再現することも想定する。これにより新たな用途も開拓し、競争激化が予想される成長領域で差別化する方針だ。
川崎重工とシスメックスは、メディカロイドに対し計25億円増資することを決めた。同社は新たに品質保証部や開発部を設けるほか、マーケティングなどを目的に米国子会社も今秋設立する計画。新分野への参入に向け、組織体制の整備が着々と進む。
【歩行・移乗支援装置を製品化】
一方、安川電機は装着型歩行支援装置のリウォークを販売開始する。脊髄損傷患者らに再び歩いてもらうための製品で米国食品医薬品局(FDA)からも認可を取得済み。欧米を中心にユーザー数が増え続けている。市場性にポテンシャルを見いだした安川電機が、日本、中国、韓国、台湾、シンガポール、タイでの販売権をリウォーク・ロボティクスから取得した。競合品に対し、最高で時速2キロメートル程度にできる歩行速度が強み。「日常生活の中で自然に使える」(マーケティング本部)という。
また、同社は要介護者によるベッドから車いすへの移乗などを支援する装置も開発、16年の投入を目指している。専用シートの上に要介護者を乗せ、シートを支えるアームをモーターの力で動かし抱きかかえる仕組み。独自のモーション制御技術を生かし要介護者に負担のかからない移乗を可能にした。14年には北九州市内11カ所の施設に装置を導入、本格的な運用に向けた課題などについて、検証を進めている。
【産ロボからヒトを対象に】
川崎重工、そして安川電機は自動車生産用溶接ロボットなどで長年の実績を持つ産業用ロボットの主要企業。医療・福祉ロボットのニーズは以前からあったが「これまでは車などの需要に応えるのに精いっぱいで手が回らなかったというのが正直なところ」(ロボット業界関係者)。ただ昨今、産業用ロボット市場の中心は中国をはじめ海外に移りつつある。メーカー各社は海外向けに販売を急拡大させているが、国内に目を向けると車や電機など既存分野の需要増は限定的とする見方が強い。こうした事情もあり、ロボット業界は新たな売り先として医療・福祉分野に熱いまなざしを向けている。
2社は既に創薬・製薬の過程で薬液の分注や混合などを行うロボットを製品化している。抗がん剤の取り扱いなど、時として危険を伴う作業をロボットが担うことでリスクの低減が可能。また、人的ミスによるエラーを防げるのもメリットだ。両社とも2年ほど前から本格的に販売し、研究所、大学、病院、製薬工場などで採用が始まっているところ。医療・医薬業界との距離は着実に縮まっている。
ただ手術用ロボットや各種福祉用支援装置への参入は、2社にとって従来以上に大きな挑戦となる。これまでとの最大の違いは作業の対象が人であることだ。言うまでもないが手術のような生死を分ける作業で誤動作は許されない。また、介護にしても対象者は高齢者であることが多く、安全性には細心の配慮が必要だ。安全柵やクリーンルームの中で決められた作業をこなす従来のロボットとは、全く異なる安全基準が求められている。
法律上の制約も課題だ。医療機器として展開するには薬事法に基づく申請・承認のプロセスを経ることが必要。だが日本の制度は厳しく、ロボット技術を用いた医療向け製品は承認されにくいのが現実だ。仮に承認されるとしても審査期間が長いためスムーズな事業化は困難。このため安川電機はリウォークを薬事対象外の義肢装具として当面展開するが、「(薬事承認されていないと)医師がリハビリ用に科学的見知で利用効果をうたえないため、病院に採用を促す上ではハードルになる」(マーケティング本部)という。
【市場規模20倍に】
それでも、薬事に関しては今後国の姿勢が変わる可能性がある。政府は14年にロボットを成長戦略の重点項目に加え、医療・福祉用を含めた非製造向けロボットの市場規模を20倍にする目標を設定。この流れで開かれたロボット革命実現会議では薬事法の課題が議論され、同会議の結果として策定された「ロボット新戦略」で、ロボット関連医療機器を対象とした審査の迅速化が重要テーマに盛り込まれた。川崎重工の橋本氏も「オールジャパンで取り組むことが大事。国に変化の兆しがみられるのは心強い」と強調する。
高齢化を超える“超高齢化社会”と呼ばれ労働力不足も深刻化する日本は、医療・福祉ロボットの需要大国。その中で長らくロボット業界を引っ張ってきた川崎重工、安川電機にかかる期待は大きい。培ってきた技術を生かしつつ、社外とも連携しながら山積する課題をどう打破していくか―。国内外から注目を浴びている。
(藤崎 竜介)
【担い手不足】
川崎重工が50%を出資するメディカロイドは、前立腺や子宮の摘出などで普及しつつある手術用ロボットなどを開発する。先進国の高齢化や担い手不足などにより、医療ロボット(介護を除く)のグローバル市場は現在の約6000億円から年率30%近くで成長するとされ、同社がその中にどう食い込むかは見どころだ。
現状では手術支援ロボット「ダヴィンチ」を手がける米インテュイティブサージカルと放射線治療ロボット「サイバーナイフ」の米アキュレイが2強。川崎重工の執行役員ロボットビジネスセンター長でメディカロイドの社長を務める橋本康彦氏は「医療ロボはロボット大国の日本がリードすべき領域」として製品化を急ぐ。
橋本氏は先行する他社製品のさらに上を行くロボットを目標に掲げる。例えばダヴィンチは3億円前後とされる値段が導入障壁になりがちだが、「より適正な価格設定を目指す」という。また、力センサーなどの技術を用い医師の繊細な触覚を再現することも想定する。これにより新たな用途も開拓し、競争激化が予想される成長領域で差別化する方針だ。
川崎重工とシスメックスは、メディカロイドに対し計25億円増資することを決めた。同社は新たに品質保証部や開発部を設けるほか、マーケティングなどを目的に米国子会社も今秋設立する計画。新分野への参入に向け、組織体制の整備が着々と進む。
【歩行・移乗支援装置を製品化】
一方、安川電機は装着型歩行支援装置のリウォークを販売開始する。脊髄損傷患者らに再び歩いてもらうための製品で米国食品医薬品局(FDA)からも認可を取得済み。欧米を中心にユーザー数が増え続けている。市場性にポテンシャルを見いだした安川電機が、日本、中国、韓国、台湾、シンガポール、タイでの販売権をリウォーク・ロボティクスから取得した。競合品に対し、最高で時速2キロメートル程度にできる歩行速度が強み。「日常生活の中で自然に使える」(マーケティング本部)という。
また、同社は要介護者によるベッドから車いすへの移乗などを支援する装置も開発、16年の投入を目指している。専用シートの上に要介護者を乗せ、シートを支えるアームをモーターの力で動かし抱きかかえる仕組み。独自のモーション制御技術を生かし要介護者に負担のかからない移乗を可能にした。14年には北九州市内11カ所の施設に装置を導入、本格的な運用に向けた課題などについて、検証を進めている。
【産ロボからヒトを対象に】
川崎重工、そして安川電機は自動車生産用溶接ロボットなどで長年の実績を持つ産業用ロボットの主要企業。医療・福祉ロボットのニーズは以前からあったが「これまでは車などの需要に応えるのに精いっぱいで手が回らなかったというのが正直なところ」(ロボット業界関係者)。ただ昨今、産業用ロボット市場の中心は中国をはじめ海外に移りつつある。メーカー各社は海外向けに販売を急拡大させているが、国内に目を向けると車や電機など既存分野の需要増は限定的とする見方が強い。こうした事情もあり、ロボット業界は新たな売り先として医療・福祉分野に熱いまなざしを向けている。
2社は既に創薬・製薬の過程で薬液の分注や混合などを行うロボットを製品化している。抗がん剤の取り扱いなど、時として危険を伴う作業をロボットが担うことでリスクの低減が可能。また、人的ミスによるエラーを防げるのもメリットだ。両社とも2年ほど前から本格的に販売し、研究所、大学、病院、製薬工場などで採用が始まっているところ。医療・医薬業界との距離は着実に縮まっている。
ただ手術用ロボットや各種福祉用支援装置への参入は、2社にとって従来以上に大きな挑戦となる。これまでとの最大の違いは作業の対象が人であることだ。言うまでもないが手術のような生死を分ける作業で誤動作は許されない。また、介護にしても対象者は高齢者であることが多く、安全性には細心の配慮が必要だ。安全柵やクリーンルームの中で決められた作業をこなす従来のロボットとは、全く異なる安全基準が求められている。
法律上の制約も課題だ。医療機器として展開するには薬事法に基づく申請・承認のプロセスを経ることが必要。だが日本の制度は厳しく、ロボット技術を用いた医療向け製品は承認されにくいのが現実だ。仮に承認されるとしても審査期間が長いためスムーズな事業化は困難。このため安川電機はリウォークを薬事対象外の義肢装具として当面展開するが、「(薬事承認されていないと)医師がリハビリ用に科学的見知で利用効果をうたえないため、病院に採用を促す上ではハードルになる」(マーケティング本部)という。
【市場規模20倍に】
それでも、薬事に関しては今後国の姿勢が変わる可能性がある。政府は14年にロボットを成長戦略の重点項目に加え、医療・福祉用を含めた非製造向けロボットの市場規模を20倍にする目標を設定。この流れで開かれたロボット革命実現会議では薬事法の課題が議論され、同会議の結果として策定された「ロボット新戦略」で、ロボット関連医療機器を対象とした審査の迅速化が重要テーマに盛り込まれた。川崎重工の橋本氏も「オールジャパンで取り組むことが大事。国に変化の兆しがみられるのは心強い」と強調する。
高齢化を超える“超高齢化社会”と呼ばれ労働力不足も深刻化する日本は、医療・福祉ロボットの需要大国。その中で長らくロボット業界を引っ張ってきた川崎重工、安川電機にかかる期待は大きい。培ってきた技術を生かしつつ、社外とも連携しながら山積する課題をどう打破していくか―。国内外から注目を浴びている。
(藤崎 竜介)
2015年05月06日 機械・ロボット・航空機に一部加筆