自動車パーツメーカー社長のもうひとつの顔は、海外で活躍するDJ

ナイトペイジャー社長・横田信一郎氏

 高校2年生のある日、友人が「ディスクジョッキー(DJ)選手権開催」を知らせる雑誌の切り抜きを持ってきた。当時からリズムマシンやシンセサイザーを使って楽曲を作っていた私は、軽い気持ちで自作の曲を応募した。この選手権が音楽活動の原点となった。

 選手権出場が決まり、見た目を海外のDJに近づけようとした。金物屋さんでチェーンを買い、つなげて金のネックレスを作った。今見るとひどいできで、笑ってしまうが、当時からモノづくりと音楽が大好きだった。

 高校を卒業して、父親が経営する町工場で働きながらDJ活動をした。スキー場に機材を持ち込んで音楽イベントをやったこともある。自主製作レーベルを立ち上げ、何枚かレコードも出した。25歳ごろ、忙しさからDJ活動は辞めてしまったが、楽曲作りは細々と続けていた。

 その後、会社の倒産をきっかけに独立し、現在は自動車チューニングパーツの企画、設計、製造、販売を手がけている。楽曲製作のみを続けていくはずだったが、近年、欧州で25年以上前に私が作った楽曲に火が付いた。海外からDJをやってほしいと依頼が来るようになり、活動を再開した。5月6日には世界的音楽番組「ボイラールーム」に出演した。今後海外のイベントにもDJとして参加してみたい。

 海外の人とやりとりをするようになり、生きた英語を学んでいる。また海外にネットワークができ、自社製品の海外展開を考えるようになった。当社が中心となって開発した移動機器「Nバイク」も、海外で展開すれば面白い方向に発展すると感じている。

 クラブイベントは、日本人にはなじみが薄いが海外では一般的。民泊が始まるのをきっかけに、地元大田区で集客に活用できればと思っている。盆踊り大会や花火大会の前にクラブイベントを開催し、集まった外国人に残ってもらえば、日本文化も楽しんでもらえる。

 音楽はあくまで趣味だが、聞いてくれるファンがいる。たくさんの人ともつながれた。これからも長く続けたい。

(東京都大田区南六郷3の17の13)

日刊工業新聞2016年6月17日 ウイークエンド面

昆 梓紗

昆 梓紗
06月17日
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音楽活動を通じて海外の人と触れ合い、本業の海外展開も意識するようになったとのことですが、趣味と仕事が良い循環を生み出していて面白いです。音楽は国境を簡単に越えていきますね。

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