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門戸を開いたキューバ。ビジネスを始めるのに大切なこと

米国流に難しさ。旧宗主国のスペイン企業の手を借りる選択肢も
門戸を開いたキューバ。ビジネスを始めるのに大切なこと

観光客が急増しているハバナ市街

 経済制裁を科してきた米国との関係改善で世界に門戸を開きつつあるキューバ。外国人観光客の増加や外資系企業の進出ラッシュなど明るい動きが出てきた。日本企業も商社を中心に拠点整備が進んでいる。一方で、従来からの社会主義体制は堅持される見通しだ。社会主義体制は維持しながらも変わり始めたキューバの今を追った。

 灼熱(しゃくねつ)の太陽と青い海、街を走るクラシックカー。キューバはスペインなど欧州ではリゾート地として名をはせてきたが、2015年1月、米国がキューバへの渡航規制を一部緩和したことで観光客が急増した。15年のキューバへの入国者数は14年比50万人増の350万人になった。

 米国からの渡航は家族の訪問や学術会議への参加などいまだ条件付きだが、“会議”という名の下に観光に訪れる米国人が相次ぐ。2―3年前は宿泊料が1泊40ドル(4400円)だったあるホテルは、15年には100ドル(約1万1000円)に跳ね上がった。

 今後、観光目的の渡航が全面解禁されれば「米国人観光客はさらに増える」(キューバ世界経済研究センター)。高まる需要に目を着け「シェラトン」などで知られる米スターウッドホテル&リゾートワールドワイドは3月、キューバで三つのホテル運営を始めると発表した。

 社会主義国のキューバで日本や欧米流のビジネスを展開するのは簡単ではない。しかしキューバならではの魅力をビジネスにできないかともくろむ日本企業も出てきた。

特定の分野に特化して始めるのが得策


 CLC(東京都港区)は1950―60年代の米フォードモーターやゼネラル・モーターズ(GM)製などのクラシックカーを米国へ輸出するビジネスを模索している。「米国でも手に入らないクルマがキューバにはある」(西島潔社長)。

 車の輸出は関税が高くなる恐れがあるため、まずは車体だけの輸出を試みる予定。「米国企業が入ってくる前に許認可が得られれば今すぐにでも始めたい」(同)と話す。

 医療廃棄物用の焼却炉が主力の入三機材(福島市)は医療市場に注目する。社会主義のキューバは政府がすべて無償で国民に医療サービスを提供する。医療には優先的に予算が付くため、将来は廃棄物処理の需要も高まると期待。日本の政府開発援助(ODA)なども活用し、政府への売り込みを検討する。

 キューバで企業がモノを売る際には政府系公社を通す必要があり、社会主義独特の慣習がある。また人口は日本の10分の1の1100万人と、市場としてはさほど大きくない。日本貿易振興機構(ジェトロ)メキシコ事務所の峯村直志所長は「特定の分野に特化してビジネスを始めるのが得策」とみる。

 「日本企業が進出しても直接雇用できない。改善をお願いしたい」。キューバを訪れた日本貿易振興機構(ジェトロ)の眞銅竜日郎(しんどうたつひろう)理事は1日、ロドリゴ・マルミエルカ・ディアス外国貿易投資相にこう切り出した。マルミエルカ大臣は「過去に問題はあったが、我々は是正した」と強調。眞銅理事の提案をやんわり退けた。

 社会主義のキューバは企業が従業員を採用する際、政府系の人材派遣会社を通す必要がある。企業がほしい人材を得られる保証はなく、雇用のミスマッチが生じやすい。

 しかも、企業が派遣会社に支払う賃金と、労働者が受け取る賃金に開きがある。一般的な労働者の平均月給が25ドル(2750円)に対し、大手製造業の場合で人材派遣会社に支払う給与は同800ドル(8万8000円)。差額はキューバ政府の懐に入る。

機械を売るなら物々交換


 またキューバとの貿易はユーザーと直接できず、政府系輸入公社を通す必要がある。例えば医療機器なら保健省管轄の輸入公社が窓口となる。各省庁ごとに複数の公社があり「どこが窓口なのか、誰がキーマンなのか見つけるのに苦労する」と現地に拠点のある専門商社は語る。

 さらに公社が確実に製品の支払いをしてくれるとは限らない。支払い猶予は通常1年。「日本なら2、3カ月後でも嫌がられる。1年も待たされるキューバは正直やりにくい」と、ある日系機械メーカーはこぼす。

 ただリスクへの手だてはある。最も一般的なのは日本貿易保険(NEXI)の保険だ。NEXIは13年6月にキューバ向けの短期(2年未満)の貿易保険を再開。15年12月には従来の40億円の引受枠を、今後3年で2倍の80億円まで拡大することを決めた。今は医療機器メーカーや専門商社の利用が多い。

 債権問題に詳しいところ会計事務所(東京都港区)の所英樹社長は「機械を売るなら現地の食品と交換するなど物々交換すべきだ」と助言する。60年代、ある電気系の専門商社は日本製の機械とキューバの砂糖を交換していたという。

 旧宗主国のスペイン企業の手を借りる選択肢もある。スペイン貿易投資庁のキューバ担当官は「我々はキューバビジネスで知見がある。日本企業がわれわれと組めばリスクを抑えられる」と協力に意欲を示す。

 観光産業をはじめ門戸を開きつつあるキューバだが、ビジネスの壁はまだ高い。さまざまな手だてを講じて果敢に挑戦する企業だけが果実を手に入れられる。
(文=大城麻木乃)
日刊工業新聞2016年6月8日/9日 
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
キューバ唯一の経済特区「マリエル開発特区」の入居企業が、6月までに2015年9月比で倍増した。新たにベトナムのおむつメーカーや英蘭ユニリーバなどが入居を決めた。キューバの賃金水準は大手製造業の場合で月800ドル(約8万8000円)と、100ドル超のミャンマーなどに比べ安くない。しかし、キューバ国内にはない製品を特区でつくった場合、ほぼ独占的に同国で販売できる可能性があり、先行者利益を狙って進出する企業が相次いでいるようだ。日本企業については引き合いは多いが、具体的に進出を決めた企業はまだないという。キューバは貿易収支が赤字に陥りがちで、輸入品から国内生産への切り替えを奨励している。キューバの賃金水準は決して魅力的ではないが、輸入代替を行うと、政府のお墨付きで独占的に売れる可能性がある。こうした点に惹かれて進出する企業が増えているとみられる。

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