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激しく動き出した巨艦・三菱重工、「宮永改革」の行方

いくつかのアキレス腱はあるが財務基盤は安定
激しく動き出した巨艦・三菱重工、「宮永改革」の行方

左から宮永社長、MRJ、左下は大型客船、フォークリフトの持ち株会社

 土佐藩士により1870年に発足した九十九商会(土佐藩から払い下げられた3隻で海運業を営む)の経営を71年に引き受けたのが、土佐藩士であり三菱グループ創始者である岩崎弥太郎である。73年に九十九商会は三菱商会に改称、時代は下って1934年には船舶製造に重機、航空機、鉄道車両を加え、「三菱重工業」として新しいスタートを切ることとなる。

 戦後、三菱重工業は財閥解体のあおりを受け一時的に3社に分割したが、64年に3社合併し、現在の三菱重工業が誕生した。三菱重工業は、三菱UFJフィナンシャル・グループ、三菱商事と共に、現在750社ほどある三菱グループの中核を担っている。

 三菱重工業の主な事業ドメインは「エネルギー・環境」「交通・輸送」「防衛・宇宙」「機械・設備システム」の4つ。なお、70年には三菱重工業の自動車部門が独立し、後述する「三菱自動車」が設立される。

(三菱重工業有価証券報告書より抜粋)

 三菱重工業と同業他社を比較すると、売上規模・時価総額のいずれも他社を圧倒していることが分かる(下表)。


 ただ、三菱ブランドは盤石ではない。下記(1)~(5)にあるようなアキレス腱を持っているからだ。

(1)三菱自動車の燃費データ改ざん問題
 16年4月、小型車を共同開発している日産自動車からの指摘により、三菱自動車の燃費データ改ざん問題が発覚した。対象となる日産自動車との共同開発車4車種は、13年6月から現在までに62万5000台を販売している(4車種だけでなく、そのほか9車種も対象の可能性があるとの報道もある)。国内だけでなく海外でも燃費データの追加試験が検討されており、すでに販売した顧客への補償も検討されている。

 00年、04年に三菱自動車が自ら招いた経営危機の際は、「不採算部門の整理」や「経済合理性の追求」ではなく「三菱ブランドを守る」ことを優先し、三菱グループ一丸となって三菱自動車を支援した。しかし今回、手を差し伸べたのは三菱グループではなく、小型車を共同開発した日産自動車であった。

 この救済の背景には、三菱自動車が窮地に追い込まれることで日産自動車における小型車の開発にも支障をきたすという内情がある。つまり一蓮托生の抜き差しならない状況での支援という側面が強い。日産自動車ゴーン社長も「日産自動車と三菱自動車は対等」とコメントしている。

 日産自動車は、三菱自動車の第三者割当増資を2370億円で引き受け、出資割合は34%となった。これにより、20%を所有し筆頭株主であった三菱重工業を抜き、日産自動車が筆頭株主となった。今回の一連の騒動により、三菱重工業を筆頭とする三菱グループ内での支援は、結果として失敗に終わったとの印象を抱かずにはいられない。

(2)米国・原発事故の賠償請求問題
 12年1月、三菱重工業が納入したサンオノフレ原発の蒸気発生器から放射性物質を含む水が漏えいし、13年6月に同原発の2、3号機の廃炉が決まった。米電力会社南カリフォルニア・エジソンなど4社から三菱重工業への損害賠償請求額は約75億ドル(約9300億円)。

 しかし、三菱重工業が契約上の責任額の上限は1億ドル強と主張しており、損害賠償請求額は確定していない。損害賠償請求額が75億ドルに確定した場合、多大な負担を強いられることになる。

(3)大型客船引渡遅延による遅延金支払い
 11年に受注した客船世界最大手のカーニバル(米国)傘下のアイーダ・クルーズ向けの大型客船2隻の製造が遅れたことで、三菱重工業は累計2375億円超の遅延損害金を支払うことになった。

 基本設計の確定が大幅に遅れたこと、16年1月に建造中の大型客船内で発生した火災により作業が遅延したことなどが原因である。現在1隻は納入しているが、残り1隻の納入時期が遅れた場合、損害金はさらに増加する可能性もある。

(4)国産ジェットMRJの納入延期
 5度の延期の末、15年11月11日に初飛行を実現したMRJ(三菱リージョナルジェット飛行機)は、翌12月に主翼部分の強度不足が判明。その影響により、17年4~6月に予定していたANAホールディングスへの第1号機納入を1年以上遅らせることとなった。納入延期に伴い、固定費である人件費の負担も増えるだけでなく、納入延期に伴う遅延金が発生する可能性もある。また、度重なる納入延期によって信頼性が失われれば、将来の販売計画にも影響を及ぼすことだろう。

(5)火力発電システム事業に関して日立と主張対立
 三菱重工業と日立製作所は、14年に火力発電システム事業を統合し、「三菱日立パワーシステムズ(以下MHPS)」を設立した。三菱重工業65%、日立製作所35%の出資でMHPSは三菱重工業の子会社である。

 日立製作所が南アフリカの火力発電所工事を07年に受注し、その資産負債などはMHPSが引き継いだが、引継価格は16年3月末時点で確定していない。当工事は損失が見込まれた事業であることから、三菱重工業は当工事引継前の損失額などを勘案した482億南アフリカランド(3790億円)の支払いを日立製作所に請求したが、日立製作所は当請求額を認めていないと発表している。

 なお、三菱重工業では当請求額の一部を資産計上しているが、その金額および計上の根拠は説明されていない。一方、日立製作所では、当該損失について自社で見積もった金額を引当金計上しているとのことだが、金額は明記されていない。ただ、三菱重工業からの請求額とは相当の乖離がある模様である。
三菱重工業の行った主なM&A
2008.3 ショベルカーなどの製造販売を行う新キャタピラー三菱(売り上げ4109億円)の株式25%をキャタピラー社(米国)に500億円にて売却

2013.7 エンジニアリング事業や空調事業を行う東洋製作所(売り上げ201億円)の株式57%を公開買付により66億円にて取得

2016.3 フォークリフトなどの製造販売を行うユニキャリアホールディングス(売り上げ1841億円)の株式100%を取得

今後のM&A戦略


 三菱重工業は、保守的な企業体質からM&Aをほとんど行わず、自前で事業を拡大してきた。しかし、近年は経営トップの意向もあり、自前主義ではなくM&Aや大手との合弁会社設立による事業拡大を図っている。現在対立はしているが、日立製作所との合弁会社設立もその一つである。

 中期経営計画「2015事業計画」において、三菱重工業の基本方針として「事業拡大加速によるグローバル競争力強化」「財務基盤の更なる強化と高収益性追求」「企業統治と経営プロセスのグローバル適合推進」の3つを掲げている。

 ユニキャリアホールディングス株式の取得の際、プレスリリースには「フォークリフト事業を今後も当社のグローバル伸長事業として位置付けていることから本株式取得を決定いたしました」と記載されている。

 今後も事業拡大、財務基盤の強化、収益性追求のため、積極的にM&Aを行うことが想定される。三菱自動車の支援を、グループ内ではなく外部の日産自動車に頼ったのは、保守的な社風が変わりつつあることの現れなのかもしれない。

 次に、三菱重工業の財務を検証してみる。
●売り上げ/損益推移

●自己資本比率

 三菱重工業の過去18年の財務データの推移をグラフにした。00年3月期に安値で受注した海外の発電プラント工事が原因で巨額の損失が計上されているが、リーマンショックが発生した09年も含め、00年3月期以外では大きな損失は計上していない。しかし、16年3月期は前述の懸念材料のうち大型客船事業により1039億円の特別損失、さらに持分法適用会社である三菱自動車の業績悪化に伴う損失も計上されることになり、前期に比べて利益が大幅に減少する事態となっている。

 ただ、特に15年3月期までの直近3カ年の業績は非常に好調で、主要な事業ドメインの売り上げはいずれも前年対比で増加している。16年3月期は、エネルギー・環境ドメインで火力発電プラントの減収により売り上げが若干減少しているが、同じく好調をキープしているため、三菱重工業が直ちに経営危機に陥ることはない。また、自己資本比率も30%前後をキープしており、依然として同業他社と比較しても高い水準にある。

 前述の通り、三菱重工業では複数の懸念材料を抱えているが、財務が非常に安定しているため即座に経営危機に陥ることは想定されない。しかし、「三菱ブランド」の没落より三菱重工業の業績も悪化する可能性はあるため、積極的なM&Aにより事業拡大、財務基盤を強化していくことが必要である。今後も三菱重工業の改革に注目する必要がある。

※記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

M&A Online編集部2016年06月07日
石塚辰八
石塚辰八 Ishizuka Tatsuya
米原発事故の補償問題、大型客船製造の遅れに起因する遅延損害金の支払い、そしてMRJ納入延期など、国際的にも影響の大きい事柄が相次ぎ、さすがの巨体も揺らぐかに見える三菱重工業だが、未だ財務基盤は盤石だ。これからのM&Aによる事業の最適化には変わらぬ注目が集まる。さしあたっては、三菱自株への判断が焦点だろう。

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