日立・三菱電機・東芝が中国でエレベーター速度競争に走るワケ
新設の成長率が鈍化。ブランド力高め汎用品への波及狙う
日立製作所と三菱電機が、エレベーターの速度競争で火花を散らしている。中国の超高層ビルを舞台に分速1200メートル級(時速72キロメートル)の争いを繰り広げる。速度競争で世界トップに立つには技術のほかに、超高層ビルの案件を受注できる営業など総合的な提案力が問われる。東芝エレベータ(川崎市幸区)を含む日系大手3社がしのぎを削る。
三菱電機が世界最高速となる分速1230メートルのエレベーター技術を開発し7月中旬に実装すると発表したのが5月10日。日立はその17日後の同27日、技術開発ではなく、実際のビルにおいて世界最高速となる同1200メートルでエレベーターを走らせたと発表した。
対象となるのは、いずれも中国の超高層ビル。三菱電機は「上海中心大厦」(上海市)向け、日立は「広州周大福金融中心」(広州市)向けに受注した。ただ両ビルとも、まだ建設中で、開業は2016年内の予定だ。日立にしてみれば、上海中心大厦が開業する前の滑り込みで“現場世界一”をアピールした格好だ。
高速化の背景には技術の進化がある。三菱電機は制御盤や安全装置を新たに開発し、乗り心地や省エネ性を確保した上でスピードを高めた。日立も高出力永久磁石モーターの開発や、ロープの強度向上でスピードを上げるとともに、部品の工夫で振動を軽減し乗り心地を追求した。
11年に三菱電機が上海中心大厦向けに受注した際の速度は同1080メートルだった。同社の担当者は「5年間の技術革新で1230メートルまでたどり着けた」と説明する。
ビルが高層化し、エレベーターが走る距離が延びたことも高速化を後押ししている。地下を含めエレベーターが走る最下階から最上階までの距離「昇降行程」は、上海中心大厦が565メートルなのに対し、広州周大福金融中心は440メートルと100メートル以上の開きがある。業界では三菱電機と日立で技術的な優劣は付けがたいとされるが、日立の場合は「ビルの物理的な条件でこれ以上の速度アップは難しい」(担当者)という。
こうした観点でみるとエレベーターの速度競争は、その地域を代表するような超高層ビルの受注を獲得できるだけのブランド力や実績、営業力の勝負ともいえる。三菱電機は日本のエレベーター開発拠点である稲沢製作所(愛知県稲沢市)にビル開発者を招いて、「試験棟で乗り心地の良さを体験してもらって、受注に結びつけた」(担当者)と明かす。
現在、営業中のビルでは、東芝エレベータが納入した台湾の超高層ビル「台北101」(台北市)のエレベーターの同1010メートルが世界最高速。東芝エレベータも5月20日、中国・瀋陽の生産拠点の敷地内に、開発検証と製品評価を行う「瀋陽検証センター」を開設しており、製品の信頼性を高め受注力の向上を狙う。
速度アップへの取り組みは安全性や装置の小型化、コスト力など多様な面で技術の底上げにつながり、「汎用製品の競争力向上の効果もある」と日立の担当者は指摘する。世界最速はエレベーターメーカーの総合力の証。今後も各社の競争が“加速”しそうだ。
(文=後藤信之)
中国の昇降機市場が曲がり角を迎えている。世界の総需要の6割を占める市場だが、近年は不動産投資が停滞し、需要が減少している。日本の昇降機メーカーの受注も鈍化し、業績への影響が出始めた。中国政府は政策的に不動産投資を抑制しており、再び高成長に戻る要素は少ない。日本メーカー各社は中国偏重からの脱却を視野に、世界2位の市場を持つインドへの展開を急ぐ必要がある。
三菱電機によると、昇降機の中国市場は2020年度に15年度比2割増の74万台になるという。中国が最大市場である点は今後も不変だが、インド市場の成長率5割増と比べると成熟感が漂う。現在、中国では少ない案件を大手各社が奪い合う状況になっており、価格競争も始まっている。
特に、中国でシェアトップの座を争う三菱電機と日立製作所にとっては憂慮すべき事態だ。三菱電機は昇降機を含むビル事業で、15年4―9月期の受注が前年同月に比べて10%減少した。日立も「昇降機の受注が減っている」(経営幹部)としており、15年度下期の業績への影響も示唆する。
旺盛な不動産投資に伴う恩恵を享受し、成長をけん引する事業として貢献してきただけに、今後は業績の下押しリスクが危惧される。今までの高い収益力を維持・拡大するには、中国に依存した戦略を見直すことが不可欠だ。
その解の一つがインド市場だろう。中国経済の影響が少ない同国では高成長が続いており、デリーやムンバイなど大都市圏では高層ビルの建設が相次ぐ。中・高級機種に強い日本勢にとって開拓できる余地は大きい。
すでに三菱電機は16年にインドで初の昇降機工場を建設・稼働することを決めたほか、日立も現地生産を模索している。ただ同国ではフィンランドのコネや米オーチスなど海外勢が市場を分け合っており、巻き返すのは容易ではない。
現地企業を買収して販売網や保守要員を確保したり、開発部隊を設置してインド独特の仕様やデザインに対応したりする手法が有効だろう。インド市場の拡大に備えて積極的な投資を急ぐべきだ。
滑り込みで世界一をアピール
三菱電機が世界最高速となる分速1230メートルのエレベーター技術を開発し7月中旬に実装すると発表したのが5月10日。日立はその17日後の同27日、技術開発ではなく、実際のビルにおいて世界最高速となる同1200メートルでエレベーターを走らせたと発表した。
対象となるのは、いずれも中国の超高層ビル。三菱電機は「上海中心大厦」(上海市)向け、日立は「広州周大福金融中心」(広州市)向けに受注した。ただ両ビルとも、まだ建設中で、開業は2016年内の予定だ。日立にしてみれば、上海中心大厦が開業する前の滑り込みで“現場世界一”をアピールした格好だ。
高速化の背景には技術の進化がある。三菱電機は制御盤や安全装置を新たに開発し、乗り心地や省エネ性を確保した上でスピードを高めた。日立も高出力永久磁石モーターの開発や、ロープの強度向上でスピードを上げるとともに、部品の工夫で振動を軽減し乗り心地を追求した。
11年に三菱電機が上海中心大厦向けに受注した際の速度は同1080メートルだった。同社の担当者は「5年間の技術革新で1230メートルまでたどり着けた」と説明する。
ビルが高層化し、エレベーターが走る距離が延びたことも高速化を後押ししている。地下を含めエレベーターが走る最下階から最上階までの距離「昇降行程」は、上海中心大厦が565メートルなのに対し、広州周大福金融中心は440メートルと100メートル以上の開きがある。業界では三菱電機と日立で技術的な優劣は付けがたいとされるが、日立の場合は「ビルの物理的な条件でこれ以上の速度アップは難しい」(担当者)という。
総合力の証
こうした観点でみるとエレベーターの速度競争は、その地域を代表するような超高層ビルの受注を獲得できるだけのブランド力や実績、営業力の勝負ともいえる。三菱電機は日本のエレベーター開発拠点である稲沢製作所(愛知県稲沢市)にビル開発者を招いて、「試験棟で乗り心地の良さを体験してもらって、受注に結びつけた」(担当者)と明かす。
現在、営業中のビルでは、東芝エレベータが納入した台湾の超高層ビル「台北101」(台北市)のエレベーターの同1010メートルが世界最高速。東芝エレベータも5月20日、中国・瀋陽の生産拠点の敷地内に、開発検証と製品評価を行う「瀋陽検証センター」を開設しており、製品の信頼性を高め受注力の向上を狙う。
速度アップへの取り組みは安全性や装置の小型化、コスト力など多様な面で技術の底上げにつながり、「汎用製品の競争力向上の効果もある」と日立の担当者は指摘する。世界最速はエレベーターメーカーの総合力の証。今後も各社の競争が“加速”しそうだ。
(文=後藤信之)
中国の昇降機が曲がり角、次の市場開拓を
日刊工業新聞2015年12月9日
中国の昇降機市場が曲がり角を迎えている。世界の総需要の6割を占める市場だが、近年は不動産投資が停滞し、需要が減少している。日本の昇降機メーカーの受注も鈍化し、業績への影響が出始めた。中国政府は政策的に不動産投資を抑制しており、再び高成長に戻る要素は少ない。日本メーカー各社は中国偏重からの脱却を視野に、世界2位の市場を持つインドへの展開を急ぐ必要がある。
三菱電機によると、昇降機の中国市場は2020年度に15年度比2割増の74万台になるという。中国が最大市場である点は今後も不変だが、インド市場の成長率5割増と比べると成熟感が漂う。現在、中国では少ない案件を大手各社が奪い合う状況になっており、価格競争も始まっている。
特に、中国でシェアトップの座を争う三菱電機と日立製作所にとっては憂慮すべき事態だ。三菱電機は昇降機を含むビル事業で、15年4―9月期の受注が前年同月に比べて10%減少した。日立も「昇降機の受注が減っている」(経営幹部)としており、15年度下期の業績への影響も示唆する。
旺盛な不動産投資に伴う恩恵を享受し、成長をけん引する事業として貢献してきただけに、今後は業績の下押しリスクが危惧される。今までの高い収益力を維持・拡大するには、中国に依存した戦略を見直すことが不可欠だ。
その解の一つがインド市場だろう。中国経済の影響が少ない同国では高成長が続いており、デリーやムンバイなど大都市圏では高層ビルの建設が相次ぐ。中・高級機種に強い日本勢にとって開拓できる余地は大きい。
すでに三菱電機は16年にインドで初の昇降機工場を建設・稼働することを決めたほか、日立も現地生産を模索している。ただ同国ではフィンランドのコネや米オーチスなど海外勢が市場を分け合っており、巻き返すのは容易ではない。
現地企業を買収して販売網や保守要員を確保したり、開発部隊を設置してインド独特の仕様やデザインに対応したりする手法が有効だろう。インド市場の拡大に備えて積極的な投資を急ぐべきだ。
日刊工業新聞2016年6月2日