スピーチ技術からみた安倍演説 「4つの意味を詰め込んだオープニングは見事」
文=蔭山洋介 祖父・岸信介の言葉で攻めまくり目的を達成した
4月30日安倍総理がアメリカ議会でスピーチを行いました。
その評価について、歴史に残る名スピーチだ、 アメリカにおもねりすぎていて気持ちが悪いなど、やはり賛否両論があります。
内容の善し悪しについては、立場によって異なると思うので、私は内容については触れず、スピーチライターという実際にスピーチを作っている立場から、このスピーチは技術的にどういうものだったのかについて考えたいと思います。
【アメリカと一体化するほどの共感を】
スピーチを作り始めるとき、明確な目的が必要になります。政治であれば具体的な法案を可決することや、票を集めること。ビジネスであれば、売り上げを上げることや、部下の士気を高めることなどです。目的が曖昧なスピーチは、言葉のまとめ方が曖昧になり、説得力を出していくことがとても難しくなります。
今回の安倍総理のスピーチは、非常に明確な目的を持っているように感じました。それは、アメリカと「一体化するほどの共感を醸成すること」だったのではないかと思います。もし、それが狙いだったのだとすれば、その目的はある程度達成されたという意味において、とても良いスピーチだったのではないかと思います。
もちろん、本当にそうなるべきかどうかという議論は別にあると思いますが、明確な目的があり、その目的を達成したスピーチであるという意味において大変素晴らしいできでした。
【岸信介の演説原稿で冒頭から攻めまくり!】
演説の冒頭は、1957年当時に総理大臣だった祖父の岸信介がアメリカ議会で演説した言葉から始まりました。
「日本が、世界の自由主義国と提携しているのも、民主主義の原則と理想を確信しているからであります」
このオープニングは、本当に見事です。たったこれだけの言葉で、4つの意味を詰め込むことに成功しています。
・自分は祖父の代からアメリカと関わっている人間であること。
・由緒正しい家柄であること。
・日本が自由主義国の仲間であること。
・日本がアメリカが正義だと信じる民主主義と自由主義を理想としていること。
これらは、比較的常識的なことですが、そのことをあえてもう一度意識に上げ、アメリカと日本は、友人であるということを確認しています。
スピーチのオープニングで大切なのは、お互いがすでに知っていることを確認することです。これをしないと、後半になってから何を前提に話しているのか理解できなくなって、伝わらなくなるからです。
親近感を一言で醸成した、素晴らしいオープニングです。
【戦争の傷と和解を「演出」したキャスティング】
スピーチ中盤、ギャラリーに座っている二人の人物を紹介しました。ローレンス・スノーデン海兵隊中将と新藤義孝国会議員です。スノーデン中将は、硫黄島で戦った兵士です。新藤議員は、お祖父様が、硫黄島防衛を任された栗林忠道大将です。
この二人が一緒にいることは、それだけで感動的なことです。和解についてどんなに言葉を尽くすより、この二人が並んで握手しているところを見せた方が良いという判断があったのだろうと思います。
このように、言葉以外の演出を駆使してメッセージを伝えることは、スピーチにおいて非常に効果的な手法です。単純に、原稿に向かって良い言葉をひねり出そうとしていたのではなく、演出面も頭に入れながら言葉が練られていたことが分かります。
【よく練られた言葉の数々】
序盤から中盤にかけて十分に共感を形成した後に、TPPや安全保障など具体的な議論に移っていきます。共感を形成してから議論に入るという方法は、スピーチの王道で、基本を踏襲した構成になっています。
今回のような重要なスピーチでは、本論については一言一句に注目が集まっていきますので、どの表現を用いるか、徹底的に議論が行われたはずです。今回のスピーチでは、安倍総理だけでなく、スピーチライターの谷口智彦氏や外務省のメンバーなどと、何度も議論が行われたことは想像に難しくありません。
例えば、戦争責任については「痛切な反省」と述べて、日本の立場を示しました。第二次世界大戦について「日本は悪くなかった」という考え方があることはよく知られていることですが、安倍総理はそのような考え方の人物ではないかと、アメリカの一部議員から見られているところがありました。
“痛切な反省” という表現は、先のバンドン会議で使った表現と同じですが、この表現は、そのような懸念を払拭するのに十分な表現だったと思います。
また、従軍慰安婦問題については「紛争下、常に傷ついたのは女性たちでした」と述べており、具体的なことには触れませんでしたが、そのような問題に対して、起こってはならないこととであるという従来の立場を示しました。
2013年のアメリカハドソン研究所での演説では、「私を右翼の軍国主義者と呼びたいならどうぞ」というような過激な発言をするなど、危なっかしい印象があったのですが、今回の演説では抑制の効いた理性的な表現になっていると思います。
【名スピーチの条件は希望にある】
拙著『スピーチライター 言葉で世界を変える仕事』(角川書店)の「おわりに」で、名スピーチの条件を書きました。その条件とは、聞く者に希望を与えることです。
もう出来ないかもしれない。理想は達成できないかもしれない、そう思っている人に対して “Yes, we can” と、希望の言葉をかけることです。
そして、聞く者を一致団結させて、困難に立ち向かって行くようにリードすることができるスピーチ、それが名スピーチの条件です。
安倍総理は、最後に「米国が世界に与える最高の資産、それは、昔も、今も、将来も、希望であった、希望である、希望でなくてはなりません。」と、述べて力強くまとめています。
希望を与えるスピーチが名スピーチであるとすれば、今回のスピーチはそのメッセージを発信することに成功しています。
このように、アメリカと「一体化するほどの共感を醸成すること」という方針があり、それを目指したスピーチとしては成功したと言っていいと思います。そして、技術的にも相当にレベルの高いスピーチに仕上がっていたと思います。
<著者プロフィール>
蔭山洋介(かげやま・ようすけ)
1980年兵庫県生まれ。米国イリノイ大学にて演技論や演劇史を学ぶ。2006年にコムニスを設立。現在はスピーチライター、演出家としてパブリックスピーキングやブランド戦略を裏から支える。一部上場企業の経営者から政治家など幅広い分野でクライアントを抱える。今年1月に『スピーチライター 言葉で世界を変える仕事』(角川Oneテーマ21)を出版。
その評価について、歴史に残る名スピーチだ、 アメリカにおもねりすぎていて気持ちが悪いなど、やはり賛否両論があります。
内容の善し悪しについては、立場によって異なると思うので、私は内容については触れず、スピーチライターという実際にスピーチを作っている立場から、このスピーチは技術的にどういうものだったのかについて考えたいと思います。
【アメリカと一体化するほどの共感を】
スピーチを作り始めるとき、明確な目的が必要になります。政治であれば具体的な法案を可決することや、票を集めること。ビジネスであれば、売り上げを上げることや、部下の士気を高めることなどです。目的が曖昧なスピーチは、言葉のまとめ方が曖昧になり、説得力を出していくことがとても難しくなります。
今回の安倍総理のスピーチは、非常に明確な目的を持っているように感じました。それは、アメリカと「一体化するほどの共感を醸成すること」だったのではないかと思います。もし、それが狙いだったのだとすれば、その目的はある程度達成されたという意味において、とても良いスピーチだったのではないかと思います。
もちろん、本当にそうなるべきかどうかという議論は別にあると思いますが、明確な目的があり、その目的を達成したスピーチであるという意味において大変素晴らしいできでした。
【岸信介の演説原稿で冒頭から攻めまくり!】
演説の冒頭は、1957年当時に総理大臣だった祖父の岸信介がアメリカ議会で演説した言葉から始まりました。
「日本が、世界の自由主義国と提携しているのも、民主主義の原則と理想を確信しているからであります」
このオープニングは、本当に見事です。たったこれだけの言葉で、4つの意味を詰め込むことに成功しています。
・自分は祖父の代からアメリカと関わっている人間であること。
・由緒正しい家柄であること。
・日本が自由主義国の仲間であること。
・日本がアメリカが正義だと信じる民主主義と自由主義を理想としていること。
これらは、比較的常識的なことですが、そのことをあえてもう一度意識に上げ、アメリカと日本は、友人であるということを確認しています。
スピーチのオープニングで大切なのは、お互いがすでに知っていることを確認することです。これをしないと、後半になってから何を前提に話しているのか理解できなくなって、伝わらなくなるからです。
親近感を一言で醸成した、素晴らしいオープニングです。
【戦争の傷と和解を「演出」したキャスティング】
スピーチ中盤、ギャラリーに座っている二人の人物を紹介しました。ローレンス・スノーデン海兵隊中将と新藤義孝国会議員です。スノーデン中将は、硫黄島で戦った兵士です。新藤議員は、お祖父様が、硫黄島防衛を任された栗林忠道大将です。
この二人が一緒にいることは、それだけで感動的なことです。和解についてどんなに言葉を尽くすより、この二人が並んで握手しているところを見せた方が良いという判断があったのだろうと思います。
このように、言葉以外の演出を駆使してメッセージを伝えることは、スピーチにおいて非常に効果的な手法です。単純に、原稿に向かって良い言葉をひねり出そうとしていたのではなく、演出面も頭に入れながら言葉が練られていたことが分かります。
【よく練られた言葉の数々】
序盤から中盤にかけて十分に共感を形成した後に、TPPや安全保障など具体的な議論に移っていきます。共感を形成してから議論に入るという方法は、スピーチの王道で、基本を踏襲した構成になっています。
今回のような重要なスピーチでは、本論については一言一句に注目が集まっていきますので、どの表現を用いるか、徹底的に議論が行われたはずです。今回のスピーチでは、安倍総理だけでなく、スピーチライターの谷口智彦氏や外務省のメンバーなどと、何度も議論が行われたことは想像に難しくありません。
例えば、戦争責任については「痛切な反省」と述べて、日本の立場を示しました。第二次世界大戦について「日本は悪くなかった」という考え方があることはよく知られていることですが、安倍総理はそのような考え方の人物ではないかと、アメリカの一部議員から見られているところがありました。
“痛切な反省” という表現は、先のバンドン会議で使った表現と同じですが、この表現は、そのような懸念を払拭するのに十分な表現だったと思います。
また、従軍慰安婦問題については「紛争下、常に傷ついたのは女性たちでした」と述べており、具体的なことには触れませんでしたが、そのような問題に対して、起こってはならないこととであるという従来の立場を示しました。
2013年のアメリカハドソン研究所での演説では、「私を右翼の軍国主義者と呼びたいならどうぞ」というような過激な発言をするなど、危なっかしい印象があったのですが、今回の演説では抑制の効いた理性的な表現になっていると思います。
【名スピーチの条件は希望にある】
拙著『スピーチライター 言葉で世界を変える仕事』(角川書店)の「おわりに」で、名スピーチの条件を書きました。その条件とは、聞く者に希望を与えることです。
もう出来ないかもしれない。理想は達成できないかもしれない、そう思っている人に対して “Yes, we can” と、希望の言葉をかけることです。
そして、聞く者を一致団結させて、困難に立ち向かって行くようにリードすることができるスピーチ、それが名スピーチの条件です。
安倍総理は、最後に「米国が世界に与える最高の資産、それは、昔も、今も、将来も、希望であった、希望である、希望でなくてはなりません。」と、述べて力強くまとめています。
希望を与えるスピーチが名スピーチであるとすれば、今回のスピーチはそのメッセージを発信することに成功しています。
このように、アメリカと「一体化するほどの共感を醸成すること」という方針があり、それを目指したスピーチとしては成功したと言っていいと思います。そして、技術的にも相当にレベルの高いスピーチに仕上がっていたと思います。
<著者プロフィール>
蔭山洋介(かげやま・ようすけ)
1980年兵庫県生まれ。米国イリノイ大学にて演技論や演劇史を学ぶ。2006年にコムニスを設立。現在はスピーチライター、演出家としてパブリックスピーキングやブランド戦略を裏から支える。一部上場企業の経営者から政治家など幅広い分野でクライアントを抱える。今年1月に『スピーチライター 言葉で世界を変える仕事』(角川Oneテーマ21)を出版。
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