ビジネスマンは「ポテサラ」を疑え!~栗下直也のビジネスに効くかもしれない新刊

『家飲みを極める』(NHK出版新書)

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 著者は「めんどうくさい料理研究家」を自称する。料理研究家として、人としてめんどうくさいと誤解してしまいそうな肩書きだが、「めんどうくさい料理」の研究家である。

 実際、頁をめくるとどれもこれもめんどうくさい。家飲みのつまみであるはずなのに、「おひたし」は8時間浸すし、「オニオンスライス」は塩水に3日漬ける。「オニオンスライスなんて切る厚さだけの問題だろ」と突っ込みたくなるが、化学変化だの細胞だの文系オヤジを煙に巻く説明が続く。
 
 簡単にサクッとつくれる料理本がもてはやされる中、時代に逆行するレシピの数々。飲みながら、「締め」として推奨する「焼きおにぎり」や「味噌汁」にたどり着くには4日は要する。もはや、ル・マン24時間レースも驚きの耐久を強いられる。
 
 とはいえ、著者の視点は多くのビジネスマンにとって参考になる。材料や組み合わせを見渡しても、「あっ」と驚く素材や工程にあふれているわけではない。誰もが知っている料理の抱える矛盾を再考することで、新たなレシピを構築する。
 
 例えば、ポテトサラダ。定番のつまみだが、誰もが覚えがあるように「ベチョ」とした食感に戸惑いを隠せない人もいるはずだ。
 

新橋を愛するアラフォーには理解不能な域に


 著者は、「つまみは食感が重要」と説き、キュウリもニンジンもゆで卵も材料から、除いてしまう。さすがにジャガイモは入っているが、マヨネーズを使うことも若干ためらいながら、揚げワンタンの皮やオイルサーディン、バジルの葉を投入する。材料として「豚のリエットやパテもいい」と書いてあったが、新橋を愛するアラフォーの私としてはもはや理解不能な域に達している。レシピを参考に作ってみたが、もはや僕らが知っている「ポテトサラダ」はそこにはないのだ
 
 鉄板とも思える組み合わせも著者にとっては「めんどうくさい思考」の対象になる。「枝豆にビール」という、野球観戦の定番中の定番のコンビネーションをも否定する。団塊おやじを全員的にまわしかねない暴挙に映るが、「枝豆に日本酒」を声高に提唱する。枝豆の「えぐみ」や「べたつき」について論じられているうちに尤もな気がしてくるから不思議だ。
 
 本書では11のレシピが紹介されている。レシピ自体も興味深いが、常識を疑い、惰性の作業を見つめ直すところに著者の慧眼を感じる。
 
 実は、「僕らが知っているポテトサラダ」や「枝豆にビール」の組み合わせは我々が思っているほど確かなものではない。ポテトサラダは20年ほど前にはほとんど居酒屋のメニューで見かけなかったという。「酒場のポテサラ」の歴史は浅く、頭に浮かんだ曖昧なイメージに基づき、拒絶したり賛同したりしているということだ。特に根拠もなく、ポテトサラダは「ベチョ」としたものだと思い込んできたわけだ。
 
 確かに居酒屋オヤジにしてみれば、「こんなんポテサラじゃねーよ」と文句の一つもいいたくなる気持ちはわかるが、「iPhoneは電話じゃねーよ」と突っ込むのと同じくらい野暮なことかもしれない。既成概念や先入観を疑うことが、ブレイクスルーの第一歩なのだ。
 
 「日本の企業を取り巻く環境は厳しい」など大上段に構えなくても、新年度も2カ月が経ち、職場では新しいことを考えろと檄が飛んでいる頃だろう。だが、意外に「種」は身近に転がっていることを本書は示している。重要なのは、共通前提をぶち壊すKYぶりと、「まあ、そうだよね」を排して、ゼロベースで考えることを厭わない思考。酒のつまみという身近な存在は、「常識」にしばられがちな社会人の思考のレッスンには最適かもしれない。
(文=栗下直也)

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栗下直也
デジタルメディア局DX編集部
記者

もはやこの本は料理本ではありません

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