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激動のエネルギー業界。M&Aの裏を読み解く

東京理科大の橘川教授に聞く
激動のエネルギー業界。M&Aの裏を読み解く

橘川教授

 今、エネルギー業界で何が起きているのか?東京理科大学大学院の橘川武郎教授に、電力業界に続いてエネルギー業界の大型再編の可能性などについて聞いた。

石油業界、「上流」「中流」「下流」の力関係に変化


 ―電力自由化は、業界再編を促すきっかけになるのでしょうか?
  直接、電力自由化と関係しているわけではありませんが、今、エネルギー業界とM&Aのテーマで話をするとき、石油元売りの経営統合に触れないわけにはいきません。石油は油田で採掘されて日本へは船で運ばれてくるわけですが、これを上流とすると、製油所で精製される工程が中流、ガソリンスタンドで販売するのを下流ということができます。日本の石油業界は上流が弱く、中流と下流を中心に展開してきました。そこに変化が起き始めています。

 ―石油元売りの業界再編ですね。大きな経営統合が2017年4月に予定されているそうですが。
 日本の石油元売りには、現在大きく分けて5つの企業グループがあります。売上高で一番大きいのがENEOSブランドでおなじみのJXホールディングス(以下、JX)。以前の日本石油や三菱石油などが一緒になったものです。JOMOもこのグループに合流しました。その次に出光興産、東燃ゼネラル石油(以下、東燃ゼネラル)、コスモ石油、そして昭和シェル石油の順でシェアを争っています。

  今、その中の1位のJXと3位の東燃ゼネラル、そして2位の出光興産と5位の昭和シェル石油がそれぞれ来年(17年)4月に向けて統合の話が進んでいます。 ここで日本のエネルギー業界は、相当大きな転換点を迎えます。それぞれ売上高14兆円と8兆円規模になる統合になるわけです。

攻めに転じるための転換点


 ―相当大きな転換点とは?
 M&Aにもいろいろなタイプがありますが、私は今回の再編は、「双方が産業の弱さをカバーする守りのM&Aではなく、攻めに転じるための転換点。M&Aを通じて産業が強くなるかもしれない」という意味で、注目すべきM&Aだと考えています。

 業績好調な企業が事業を広げるM&Aもありますが、今回の経営統合は、「(放っておくと行き詰るから)M&Aによって流れを変え、攻めに転じよう」というかなり面白いタイプのM&Aが起ころうとしていると感じています。

 ―JXホールディングスと東燃ゼネラル石油の経営統合はいかがですか。
 JXと東燃ゼネラルについて言いますと、今までできなかったことでできるようになる兆しがいくつかあります。

 石油は00年から需要が減っています。ハイブリッドカーなどの普及によって燃費が向上したり、自動車の台数が伸び悩んだりして需要を支えていた自動車用のガソリン消費が減ったことなどが大きな原因です。これからも需要は減っていくだろうと言われています。第1次オイルショック(1973年)の頃は1次エネルギーの76%が石油でしたが、今は43%程度しかありません。

 それ以上にすごいのは、電力における石油火力比率です。オイルショックの時は73%を占めていましたが、それが東日本大震災前の10年で8%まで下がりました(注:震災後の13年度は10.6%と微増)。これは、原子力とLNG(液化天然ガス)火力と海外から石炭を輸入する海外炭火力で減らしたのです。

 実はこの「73→8」に減った数字と「76→43」に減った数値の減り方の違いに、石油産業の将来を読み解くカギがあると考えています。

 どういうことかというと、石油の使い方で一番もったいない使い方が「発電」なんです。100のエネルギーを投入して60くらい消えていくといわれています。ですから、日本は確かに石油比率が76%から43%に減ってはいますが、発電が減っていますからね。それに比べれば、かなり踏みとどまっていると見ることもできます。

 質的には向上している面もあるということを忘れてはいけなくて、これは「ノーブル・ユース(Noble use of oil)」という言い方をするんですが、石油でないと使えない使い方、つまり(貴重な資源である)石油の付加価値が出る使い方にシフトしていることを示しています。

初めて石油と石油化学の一体化


 ―石油の使い方(ノーブル・ユース)が今回の業界再編にどう影響を及ぼすのでしょうか?
 ノーブル・ユースの一番の典型例は化学の原料として使う、つまり石油から石油化学製品をつくるということです。ここからようやく話がつながってくるのですが、石油をつくるリファイナリー(製油所)とエチレンセンター(ナフサ分解工場)などの化学製品をつくるケミカルプラント(化学工場群)が一体運用されているとよいわけです。

 実は、JXは今まで日本最大の石油会社でありながら、どのリファイナリーもケミカルプラントとつながっていませんでした。最大の製油所は根岸(神奈川県)にありますが、ケミカルプラントは川崎(同)にあり、近そうですがこれはパイプでつながっていない。

 それが東燃ゼネラルと一緒になるとどうなるかというと、川崎には東燃ゼネラルの製油所もケミカルプラントもあるし、JXのケミカルプラントもあるので、ノーブル・ユースに最適な石油と石油化学の一体化が、初めてこの統合でできるようになります。

「袖師(そでし)」という場所


 ―単なる規模の経済とい言いますか、シェア拡大を狙ったM&Aではないのですね。
 もう一点、東燃ゼネラルの側から見た可能性をお話しします。東燃ゼネラルはこれまできちんと過剰設備のリストラをやってきた企業です。その中でだいぶ前に畳んだ清水の製油所の跡地がありまして、そこで静岡ガスと取り組んで天然ガスのタンクをつくっています。

 地名は「袖師(そでし)」というのですが、そのタンクの上に立つと驚くべき光景が広がっていまして、50ヘルツの東京電力の送電線と60ヘルツの中部電力の送電線が足元に見えます。ちょうど周波数の変換所が近くにあるんですね。後ろを振り返ると駿河湾なんですが、深海魚がいるくらい日本で最も深い湾なんです。

 深いということは、QMAX(Qはカタールの頭文字。世界最大級のLNGタンカーを指す)クラスのLNG(液化天然ガス)タンカーが着桟できるのです。そのような港は国内で大分ぐらいしかないんです。千葉沖とか伊勢湾も大型のLNGタンカーを着けることはできますが、混んでいます。

 そういう意味でいうと、駿河湾の立地と何よりも東燃ゼネラルが製油所を畳んだから土地が余っている。そこに送電線来ていますから、LNG火力発電所をつくると、電力自由化の時代にとても競争力のある50ヘルツにも60ヘルツにも送電できる施設を持つことが可能となるのです。

 ―JXと東燃ゼネラルが組むことによって、1+1=2以上になる。まさにM&Aによるシナジー効果ですね。
 異なる周波数帯をカバーするという問題では、日本海側の新潟県上越市にも双方の周波数の送電ができる発電所がありますが、その太平洋側の存在として期待できます。以前からこの計画はありましたが、東燃ゼネラルは規模が小さく、お金もあまりないし人も割けないことから、実現できませんでした。

 また、最終的に中部電力と送電線をつなげなければいけないのですが、交渉力も弱かった。それがJXと一緒になるとお金・人・交渉力が一気にアップします。

 ―ガソリンの需要が減るなど、元売り各社は経営面での合理化が進められていますが、この経営統合によって新しい可能性が見えてきますね。
 一般に市場縮小に伴う守りの合併だと思われていますが、石油と化学が一体化されるとか、静岡でLNG火力発電ができるというのは、M&Aをやって初めてできる進歩なんです。それが今回のJXと東燃ゼネラルの統合です。

<次のページは、昭和シェルと出光の本当の統合メリット>
M&A Online2016年04月29日
石塚辰八
石塚辰八 Ishizuka Tatsuya
 熊本地震でますます見えづらくなった日本のエネルギー行政。原子力依存からの脱却は変わらないが、ベストミックスの解を示せる者はいない。そんな中、エネルギー供給のサプライチェーンのより上流へ事業範囲を広げようとする動きや、新しいエネルギーへの転換を図る事業者など、業界の変動は激しいが、特に注目すべきは石油元売りの動きが熱い。  メディアでは石油元売り各社のここのところの動きについて、自動車新車販売台数の低迷やエコカー普及で石油需要が減り続け、生き残りをかけた各社が合従連衡を繰り返す“後ろ向き”な再編の構図と捉えている。しかし、それに真っ向から反論するのが、エネルギー業界の権威・東京理科大学大学院 橘川武郎教授。ホットな業界の今を知る橘川教授に話を聞いた。

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