公共交通データオープン化、新サービスの創出につながるか
データ形式やAPIを標準化。各企業の連携じわり
鉄道やバス、飛行機などの公共交通データを活用し、魅力的なサービスを開発しようとする機運が高まっている。交通機関が持つ駅や路線、時刻表、運行状況などのデータをオープンにして乗り換え経路や周辺施設の案内サービスを提供するほか、交通機関同士のデータ連携による新サービスを創出し、消費者の利便性を高める。オープンデータ化を主導する公共交通オープンデータ協議会や企業の取り組みを探った。
公共交通オープンデータ協議会は鉄道やバス、航空機などの運行情報と、駅や停留所、空港など交通ターミナルのオープンデータの実用化を推進する。JR東日本や東京メトロ、全日本空輸(ANA)、東京都、日立製作所、NTT、富士通、米グーグルなど30以上の企業や団体が加盟する。
具体的には公共性の高いデータに関し、アクセスのための応用プログラムインターフェース(API)などを公開しネットワーク経由で利用できる仕組みを目指している。
会員のデータ提供を行うセンターを協議会が運営し、そのデータをサービス開発者に提供する。現在は、会員ごとの提供可能なデータを整理したり、会員企業が独自にデータを活用して取り組むサービスの実証や商用化に向けて取り組んでいる。
東京メトロは2014年9月、列車の位置や遅延などの情報について、鉄道事業者として日本で初めて外部の開発者などが自由に使える形で公開。このオープンデータを使ってアプリケーション(応用ソフト)を開発するコンテストを開催した結果、300件近くの応募があった。同社は「想定以上の反響があり、公共交通機関の情報の価値を再認識した」(経営企画本部ICT戦略部の田浦靖典課長補佐)と振り返る。
コンテストではダイヤが乱れた際の行動支援やトイレに行くための途中下車を効率化するアプリなど、独特のアイデアや他のデータと結びつけた作品が生まれた。外部のアイデアを活用することで「鉄道事業者単独では作れないアプリの開発につなげる」という目的を達成した。
開発されたアプリには「東京メトロの情報提供に対する利用者の需要が盛り込まれている」と考えられ、自社の情報提供の取り組みなどに生かせるという。同社は、オープンデータの外部による活用をさらに促す考えで、利用規約の緩和などを検討していく。
(東京駅に設置されたデジタルサイネージ=JR東日本)
JR東日本は運行する鉄道からの乗り換えなどを円滑にする情報提供について、バスや私鉄の情報を活用した実証実験を2月まで行った。
将来のオープンデータ化を見据え、他の公共交通機関の協力のもとに、情報連携に伴う効果や課題を洗い出した。東京駅の構内などにデジタルサイネージ(電子看板)を設置し、駅に接続する交通機関の運行情報などを案内した。
さらに、同社のアプリでも同様に情報を提供した。アプリは、数万人が継続利用するなど「情報の連携が有益であることが実証された」(JR東日本研究開発センターフロンティアサービス研究所の三田哲也主幹研究員)。
一方で、各社の情報は他社による利用を想定して整備しておらず、データ形式などが各社で異なるため、同一のアプリ内で円滑に動作させる点などは苦慮したという。今後は対象の情報や駅を拡大して実証実験を続け、さらに課題を抽出する。
富士通は位置情報クラウドサービス「SPATIOWL(スペーシオウル)」のメニューの一つとして、複数の交通手段を連携させた乗り換え案内サービス「マルチモーダルルート探索」(MM)の基盤を提供する。
顧客企業は、この基盤を使ってアプリやサービスを開発する。15年には欧州交通局からMMを初めて受注した。同交通局は鉄道会社やバス会社から収集したデータを活用し、MMにアプリをのせてサービスを提供していく。
一方、日本ではサービス事業者が交通機関と個別に交渉してデータを購入するため、コストがかかるのが現状。そのためオープンデータ化が進めば「低価格で多様なサービス提供につながる」(富士通イノベーティブサービス事業本部の伊藤映シニアマネージャー)とみている。
オープンデータ化のタイミングにより、ビジネスの立ち上がりも変動する。このため富士通は欧州と米国の交通局を中心に実績を積み上げながら国内での参入機会をうかがっていく。将来のオープンデータ化を見据え、各社とも多角的な切り口から取り組みを活発化させている。
経済成長におけるオープンデータの重要性や、公共交通オープンデータ協議会が今後、果たすべき役割などについて、坂村健会長(東京大学教授、YRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長)に話を聞いた。
―公共交通オープンデータがなぜ重要なのでしょうか。
「13年の主要国首脳会議(サミット)でオープンデータ憲章が採択され、オープンデータを進めることで合意した。公共交通データは国民の利用頻度が高く、経済効果が期待できる。データをオープンにするだけで、つまり少ない負担で経済成長につながる。(地球上の)残り少ない未利用の資源を使い、イノベーションを起こそうということだ」
「日本以外の先進国では、国や自治体が運営する公共交通機関のデータは国民にすべて提供されている。一方で日本は早くから民営化されており、他の国とは同じようにはいかない。ただインターネットの時代に日本だけが孤立するのは良くない。今よりも世界とつながって経済交流・人的交流を促進させ、各国と一緒に成長することが大切だ」
―協議会の役割は。
「オープンデータの重要性を理解してもらうことだ。東京五輪・パラリンピックが開催される20年が一つのターゲットで、外国人観光客が急激に増えると予測される。その需要を取り込むのは国全体の使命で、観光は国の経済や地方の活性化にとって重要だと思う。外国人が日本を訪れた時に、まず鉄道やバスを利用しなければ動けない。そのデータを使ったサービスを創出し、移動の利便性を高めることができる」
―具体的な取り組みは。
「データをオープンにするためのデータ形式やAPI(応用プログラムインターフェース)を標準化していく。オープンというのは何でも良いというわけではなく、利用規則を決め、誰もがいつでも、どこでも利用できるようにすることだ」
「現在、会員企業のデータカタログを作成している。各社がデータを出せるか、出せないか、また有料にするか、無料にするかなどをまとめている。それを決めるのは民間企業であり、協議会に強制力はない」
―今後のスケジュールは。
「首都圏の企業を中心に実証を進め、地方へと広げていく。時間をかけてみんなが納得する形で、国民が持続的にデータを使える仕組みを作る。これはインフラに相当する仕事で、時代やブームで変わるものではない。今の問題は20年後の問題でもある」
(文=清水耕一郎、葭本隆太)
公共交通オープンデータ協議会は鉄道やバス、航空機などの運行情報と、駅や停留所、空港など交通ターミナルのオープンデータの実用化を推進する。JR東日本や東京メトロ、全日本空輸(ANA)、東京都、日立製作所、NTT、富士通、米グーグルなど30以上の企業や団体が加盟する。
具体的には公共性の高いデータに関し、アクセスのための応用プログラムインターフェース(API)などを公開しネットワーク経由で利用できる仕組みを目指している。
会員のデータ提供を行うセンターを協議会が運営し、そのデータをサービス開発者に提供する。現在は、会員ごとの提供可能なデータを整理したり、会員企業が独自にデータを活用して取り組むサービスの実証や商用化に向けて取り組んでいる。
東京メトロは2014年9月、列車の位置や遅延などの情報について、鉄道事業者として日本で初めて外部の開発者などが自由に使える形で公開。このオープンデータを使ってアプリケーション(応用ソフト)を開発するコンテストを開催した結果、300件近くの応募があった。同社は「想定以上の反響があり、公共交通機関の情報の価値を再認識した」(経営企画本部ICT戦略部の田浦靖典課長補佐)と振り返る。
コンテストではダイヤが乱れた際の行動支援やトイレに行くための途中下車を効率化するアプリなど、独特のアイデアや他のデータと結びつけた作品が生まれた。外部のアイデアを活用することで「鉄道事業者単独では作れないアプリの開発につなげる」という目的を達成した。
開発されたアプリには「東京メトロの情報提供に対する利用者の需要が盛り込まれている」と考えられ、自社の情報提供の取り組みなどに生かせるという。同社は、オープンデータの外部による活用をさらに促す考えで、利用規約の緩和などを検討していく。
(東京駅に設置されたデジタルサイネージ=JR東日本)
消費者の利便性向上へ実証実験も
JR東日本は運行する鉄道からの乗り換えなどを円滑にする情報提供について、バスや私鉄の情報を活用した実証実験を2月まで行った。
将来のオープンデータ化を見据え、他の公共交通機関の協力のもとに、情報連携に伴う効果や課題を洗い出した。東京駅の構内などにデジタルサイネージ(電子看板)を設置し、駅に接続する交通機関の運行情報などを案内した。
さらに、同社のアプリでも同様に情報を提供した。アプリは、数万人が継続利用するなど「情報の連携が有益であることが実証された」(JR東日本研究開発センターフロンティアサービス研究所の三田哲也主幹研究員)。
一方で、各社の情報は他社による利用を想定して整備しておらず、データ形式などが各社で異なるため、同一のアプリ内で円滑に動作させる点などは苦慮したという。今後は対象の情報や駅を拡大して実証実験を続け、さらに課題を抽出する。
富士通は位置情報クラウドサービス「SPATIOWL(スペーシオウル)」のメニューの一つとして、複数の交通手段を連携させた乗り換え案内サービス「マルチモーダルルート探索」(MM)の基盤を提供する。
顧客企業は、この基盤を使ってアプリやサービスを開発する。15年には欧州交通局からMMを初めて受注した。同交通局は鉄道会社やバス会社から収集したデータを活用し、MMにアプリをのせてサービスを提供していく。
一方、日本ではサービス事業者が交通機関と個別に交渉してデータを購入するため、コストがかかるのが現状。そのためオープンデータ化が進めば「低価格で多様なサービス提供につながる」(富士通イノベーティブサービス事業本部の伊藤映シニアマネージャー)とみている。
オープンデータ化のタイミングにより、ビジネスの立ち上がりも変動する。このため富士通は欧州と米国の交通局を中心に実績を積み上げながら国内での参入機会をうかがっていく。将来のオープンデータ化を見据え、各社とも多角的な切り口から取り組みを活発化させている。
インタビュー坂村健氏(公共交通オープンデータ協議会会長)
経済成長におけるオープンデータの重要性や、公共交通オープンデータ協議会が今後、果たすべき役割などについて、坂村健会長(東京大学教授、YRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長)に話を聞いた。
―公共交通オープンデータがなぜ重要なのでしょうか。
「13年の主要国首脳会議(サミット)でオープンデータ憲章が採択され、オープンデータを進めることで合意した。公共交通データは国民の利用頻度が高く、経済効果が期待できる。データをオープンにするだけで、つまり少ない負担で経済成長につながる。(地球上の)残り少ない未利用の資源を使い、イノベーションを起こそうということだ」
「日本以外の先進国では、国や自治体が運営する公共交通機関のデータは国民にすべて提供されている。一方で日本は早くから民営化されており、他の国とは同じようにはいかない。ただインターネットの時代に日本だけが孤立するのは良くない。今よりも世界とつながって経済交流・人的交流を促進させ、各国と一緒に成長することが大切だ」
―協議会の役割は。
「オープンデータの重要性を理解してもらうことだ。東京五輪・パラリンピックが開催される20年が一つのターゲットで、外国人観光客が急激に増えると予測される。その需要を取り込むのは国全体の使命で、観光は国の経済や地方の活性化にとって重要だと思う。外国人が日本を訪れた時に、まず鉄道やバスを利用しなければ動けない。そのデータを使ったサービスを創出し、移動の利便性を高めることができる」
―具体的な取り組みは。
「データをオープンにするためのデータ形式やAPI(応用プログラムインターフェース)を標準化していく。オープンというのは何でも良いというわけではなく、利用規則を決め、誰もがいつでも、どこでも利用できるようにすることだ」
「現在、会員企業のデータカタログを作成している。各社がデータを出せるか、出せないか、また有料にするか、無料にするかなどをまとめている。それを決めるのは民間企業であり、協議会に強制力はない」
―今後のスケジュールは。
「首都圏の企業を中心に実証を進め、地方へと広げていく。時間をかけてみんなが納得する形で、国民が持続的にデータを使える仕組みを作る。これはインフラに相当する仕事で、時代やブームで変わるものではない。今の問題は20年後の問題でもある」
(文=清水耕一郎、葭本隆太)
日刊工業新聞2016年5月10日