大学の「原子力」学科入学者回復 前年度比8・9%増

東日本大震災以降の減少から反転へ

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九州電力の川内原発
 2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所事故から5度目の入学シーズンを迎えた。事故以降、原発の安心・安全の確保に対する社会の要請は強く、それに応える人材の育成は大学教育の重要な課題だ。30―40年続くと見込まれる廃炉工程を担う人材の養成も求められる。政府の再稼働方針の明確化などで、事故後に落ち込んだ原子力関係学科の入学者数は回復の兆しをみせている。社会から信頼される人材を育てるため、大学はさまざまな取り組みを進めている。
 
 【事故後変化】
 「安全教育に社会的な関心が高まっていると考え、その分野の教育を充実させた」。福井大学大学院工学研究科原子力・エネルギー安全工学専攻の玉川洋一教授は、14年度に行ったカリキュラム変更の背景をこう説明する。同専攻は福島の事故をきっかけに、教員が専門分野の視点でそれぞれ行っていた安全教育を系統立てたものに改めた。「原子力防災・危機管理」「安全工学」など四つを必修科目として新設。技術者倫理や地震津波の防災技術、放射線防護などを講義している。

 事故の教訓を教育に反映する取り組みは各大学で共通する。安全や防災、危機管理などの知識や意識が高められるよう基礎教育が見直されている。「安全意識をベースに植え付ける教育が重視されている」(竹下健二東京工業大学原子炉工学研究所教授)状況だ。背景には教育現場の役割として、「安全設計やセキュリティーの知識を基盤に持つ人材を育てて輩出することで、事故で失った信頼を回復させなくてはいけない」(井口哲夫名古屋大学大学院工学研究科教授)という意識がある。

 【万一の時、指揮】
 東工大は安全・危機管理分野に専門性を持つリーダーを育成するプログラムを進めている。文部科学省の支援を受けて12年度に開講した博士課程「グローバル原子力安全・セキュリティ・エージェント教育院」だ。教育院長を務める齊藤正樹東工大名誉教授は、「福島事故のような人類の生存を脅かす状況をいかに防ぐか、また仮に起こった場合にどう対応するかを考える人材の養成が現在は不十分。我々はそういった状況で指揮できる人材の育成を目指している」と力を込める。

 同教育院では原子力分野の基礎・専門科目などに加えて、安全やセキュリティーに関わる実習科目を実施。プラントシミュレーターを使った過酷事故対応や福島県内の放射線分布を測定するフィールドワークなどを行う。全寮制で夜は原子力以外の政治や文化、社会問題を学生同士で議論する。欧州大学との意見交換なども行う。専門性のほか、社会性や人間性、国際性を育む狙いだ。

 【全体を俯瞰】

 福島事故は廃炉という課題を突きつけた。原子炉内で溶け落ちた燃料デブリの特性把握や取り出し工法、廃棄物対策などの技術整備が求められている。廃炉工程は長期にわたるため、次世代の人材も重要だ。技術研究組合国際廃炉研究開発機構(IRID)の鈴木俊一開発計画部長は、「大学には専門性が高い細かな分野の研究開発を期待している。学生が研究に関わることで人材育成にもつながれば」と話す。そのうえで、教育機関としての大学には「今後工程が進むとプラント状況などが変化する。時間軸とともに全体を俯瞰(ふかん)して必要な取り組みを判断できる人材を育成してほしい」(鈴木IRID開発計画部長)と期待する。

 東工大や東北大学などは文科省の支援を受け、廃止措置工学のカリキュラムを準備している。また、日本原子力研究開発機構(原子力機構)は国内外の研究者が集まり廃炉に向けて研究開発する国際センターを設置。16年度に福島県内に拠点を整備する。廃炉人材の育成に向けて、同拠点や大学、IRIDなどが連携する予定だ。

 【教員の不足、連携で補完】
 「大学には基礎、基盤教育の充実をお願いしたい」。日本原子力産業協会(JAIF)の服部拓也理事長がこう要請するように、基礎力の育成は大学教育の第一の役割だ。その達成に向けて、大学連携が重要性を増している。理由は教員不足だ。原子力は機械や物理、電気、材料など領域が広い。教員のリタイアなどで大学単体ですべてをカバーすることが難しく、教育資源を提供し合い、補完する取り組みが拡大している。

 【ネットでつなぐ】
 原子力機構が事務局を務める「原子力分野における大学連携ネットワーク活動」(JNEN)は15年2月に名大が加わり、8機関体制になった。05年に4機関で発足して以降、順次拡大している。名大の井口教授はJNENに参加した背景について、「名大は得意とする原子炉物理や放射線計測、環境放射能の分野以外の教員が手薄。特に福島事故後、安全設計や危機管理の分野の教育を充実させる必要があると考えた」と話す。

 JNENは、インターネットで大学をつなぐ。各大学の教員が専門分野の基礎教育などを担当し、学生はそれぞれの大学でテレビを通じて同時に受講できる。「原子力工学基礎」として通年で行う。原子力機構の研究施設を活用した実習なども実施する。

 東工大が事務局を務める国際原子力教育ネットワークは16大学が参加する。JNENと同様に、遠隔テレビシステムを活用し、14大学に年3―4回TV講義を配信する。原子力分野の学生の基礎力養成に加えて、原子力教育を受けたことのない他専攻や他学科などの学生を招き、幅広い分野から次世代の人材を確保する狙いがある。

 また、早稲田大学と東京都市大学は10年度に共同原子力専攻を立ち上げた。原子力の基礎基盤になる理工学系に強い早大と原子力安全工学科を持つ東京都市大で相互補完した教育を行っている。

 【研究炉、運転再開を】
 教育資源の一つ、研究施設は大きな課題を抱える。福島事故後、教育用の研究炉を含めて新規制基準への適合が求められ、現在すべてが停止している。学生が操作しながら原子炉の特性を学べる貴重な場として、早急な運転再開を求める声は多い。

 老朽化への対応も求められる。他大学の学生を含めた実習の場となっている京都大学の研究炉は、初臨界から50年以上が経過する。
 人材育成に関わる産学が14年にまとめた戦略ロードマップは、「教育・研究用施設の維持や更新、新設」を重要課題に位置付けた。事務局を務めるJAIF人材育成部の木藤啓子総括リーダーは、「古い施設ではできない実験があると嘆く先生は多い。老朽化は長く指摘されてきた課題。改善に取り組むよう国に提言していきたい」と意気込む。

 【入学者291人、意欲高く】
 文科省の調査によると、「原子」を含む学科などへの14年度の入学者は291人。前年度比8・9%増と事故以降続いた減少から反転、増加した。ただ、人数以上に注目すべきは入学者たちの意欲だ。教員たちは「学生たちはエネルギー問題に高い関心を持ち、原子力をどう位置づけるべきか考えようとしている」(師岡愼一早大理工学術院特任教授)や「福島復興に貢献したいと強く意識している学生は多い」(竹下東工大教授)と指摘する。学生たちの意欲をどう社会につないでいくか、大学教育の役割は大きい。

日刊工業新聞2015年04月07日 深層断面

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栗下直也
デジタルメディア局
編集委員

文中にあるように施設の老朽化の問題など課題は多そうです。

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