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ニュルで人とクルマ鍛える。モータースポーツはトヨタの何を変えたか 

蓄積された技術、新型プリウスにも。来年にはいよいよWRC復帰
ニュルで人とクルマ鍛える。モータースポーツはトヨタの何を変えたか 

メカニックは社員で構成(15年のニュルブルクリンク)

 毎年ドイツで開かれる「ニュルブルクリンク24時間耐久レース」。2016年も今月下旬の開催が迫ってきた。トヨタ自動車は07年から参戦し続け10年目の節目を迎える。「世界一過酷」とも言われるコースに挑む目的は勝ち負け以上に「人を鍛え、クルマを鍛える」ことだ。トヨタは特に豊田章男社長の就任以降、こうしたモータースポーツ活動を「『もっといいクルマづくり』の根幹に据え」(伊勢清貴専務役員)強化している。

 「オートレースに於て、その自動車の性能のありったけを発揮してみて、その優劣を争う所に改良進歩が行われるのである」。トヨタ創業者の豊田喜一郎氏が52年に残した言葉だ。トヨタが今、モータースポーツ活動を強化しているのは原点回帰とも言える。

 トヨタがニュル参戦に向かうきっかけは02年にまでさかのぼる。当時、常務役員だった豊田社長と、トヨタのテストドライバーだった故・成瀬弘氏との出会いだ。成瀬氏が豊田社長に対し「クルマの乗り方も知らないあなたにああだこうだと言われたくない」と言い放ち、そこから豊田社長が運転の訓練を始めたのは有名な話。5年後、成瀬氏からの提案でニュル参戦を決めることになる。

1周に世界の道凝縮


 なぜニュルだったのか。ニュルは1周距離が20・8キロメートルと「富士スピードウェイ」の約5倍。サーキットでありながら路面は凸凹し、高低差は300メートルもある。「ニュルのコース1周に世界の道が凝縮されている」とも言われるコースだ。自社でテストコースを持つ自動車メーカー各社が、こぞってニュルで開発中のクルマを走行させて試すのは、クルマを鍛えるのにもってこいの場所だからだ。

 「トヨタ車は壊れないけど面白くない」。00年代、会社の規模が急速に大きくなる一方で、そんな揶揄(やゆ)も聞かれるようになっていたトヨタ。豊田社長の肝いりで始めたニュル参戦は、規模ではなく「もっといいクルマづくり」を軸にした会社にしたい、戻したいとの思いのあらわれだった。

 ところがニュルに初めて参戦した07年当時、社内での反応は冷ややかだったという。協力者も予算もない状況。当時をよく知る柴尾嘉秀コネクティッド統括部インターネット企画室長は「有志が集まり、すべて手作りで準備した」と語る。

 参戦車両も中古のスポーツセダン「アルテッツァ」を購入し社員メカニックがレース仕様に改造した。トヨタの”リボーン“の象徴にすべく始めたニュル参戦だったが柴尾氏らは「トヨタを変えるのは大変なことだと実感した」という。

レーサー“モリゾー”参戦 


「ガズーレーシング」の名称で参戦した07年は、ドライバー8人中6人を社員で構成。その6人の中にはレーサー「モリゾウ」こと豊田社長(当時は副社長)も含まれていた。ニュル参戦の目的はあくまで人づくりと、いいクルマづくり。そのためメカニックは、これまで一貫して社員が担っている。

 13年からは社内のいろいろな部署から若手社員を2年間、メカニックとして受け入れ育成する取り組みも始めた。社員メカニックは毎年10―15人が参加しているとして、これまで100人以上が参加していることになる。参加した社員は、その後、各部署に戻りニュルでの経験を「もっといいクルマづくり」に生かす。


(ニュルブルクリンクの成果を注ぎ込んだ「86GRMN」)

「86(ハチロク)GRMN」はニュルの“申し子”


 ニュルの成果が商品にわかりやすく出ているのが、市販車をスポーツ仕様車に改造したコンプリートカー「G‘s(ジーズ)」と「GRMN」の二つのブランドだ。

 ニュル経験者がテストドライバーをつとめるなどクルマの”味づくり“を行う。16年1月に100台限定で予約を受け付けた「86(ハチロク)GRMN」は、まさにニュルの“申し子”。「86で3年間、ニュルに参戦したノウハウを注ぎ込んだ」(柴尾氏)という。

今年は3台で参戦


 16年のニュルは15年のスポーツクーペ「レクサスRC」に加え、同「レクサスRCF」、新型スポーツ多目的車(SUV)「TOYOTA C―HR」をベースに競技車両として仕立てた車両の3台体制で参戦する。

 トヨタのモータースポーツ活動はニュルだけではない。トヨタはモータースポーツ活動強化のため15年4月に「モータースポーツ本部」を設立し、モータースポーツのマーケティングや車両開発機能を集約した。「ガズーレーシング」のほか「トヨタレーシング」「レクサスレーシング」と三つあった活動も「トヨタガズーレーシング」として一本化。モータースポーツ活動に冷ややかだった社内の雰囲気は大きく変わってきた。

「日本車の実力を示したい」


 ニュル以外のレースも目的は同じだ。例えば受注好調な新型ハイブリッド車(HV)「プリウス」。そのハイブリッドシステムには「WEC(世界耐久選手権)で積み重ねた技術が生かされている」(伊勢専務役員)という。

 トヨタガズーレーシングの中で今、世界中のファンから注目されているのが17年に参戦を決めた世界ラリー選手権(WRC)だ。トヨタとしては99年に撤退して以来、実に18年ぶりの復帰となる。小型車「ヤリス(日本名ヴィッツ)」をベースとした車両で参戦する。嵯峨宏英専務役員は「日本車の実力を示したい。日本を背負ってがんばりたい」と意気込んでいる。
(文=名古屋・伊藤研二)
日刊工業新聞2016年5月5日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役ブランドコミュニケーション担当
昨年発表されたトヨタとマツダの提携。交渉過程の中で、章男社長がマツダ本社を訪問した時、案内されたのは社長室ではなくテストコースだった。マツダの小飼社長「モリゾウさん、マツダ車に好きなだけ乗ってください」と言葉をかけた。章男社長は心を揺さぶられたという。ダイハツの完全子会社の会見。章男社長は「モリゾウとして好きなのは『ミライース』」と話した。モータースポーツ、そしてモリゾウの思考がやっぱりトヨタを変えてきた。

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