利用広がるゲノム編集。日本は出遅れを取り戻せるか

品種改良や難病解明に期待高まる

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ゲノム編集により、アレルギーの原因となるたんぱく質「オボムコイド」の遺伝子を取り除いたニワトリ(農研機構提供)
 「生命の設計図」とも言える全遺伝情報(ゲノム)を自在に変えられる技術「ゲノム編集」が注目されている。従来の遺伝子組み換え技術は偶然や運といった要素にも左右されるのに対し、ゲノム編集は高精度に狙った遺伝子を削除したり挿入したりできる。動植物の品種改良や難病の病態解明など、さまざまな用途でゲノム編集が使われるようになった。その一方で、ヒトの受精卵に対するゲノム編集の是非など倫理的な課題も浮上している。

遺伝子切り貼り改変自在


 ゲノム編集は遺伝子の本体であるDNA上で、標的となる塩基配列を見つけ出す機能と、その部分を切断する「はさみ」の機能を併せ持つ酵素を利用する。標的となるDNAを切断して遺伝子を機能しないようにすることや、切断した場所に別のDNA断片を挿入するといった遺伝子の改変ができる。

 主な酵素としてジンクフィンガー・ヌクレアーゼ(ZFN)、TALエフェクター・ヌクレアーゼ(TALEN)、クリスパー・キャス9がある。特に2013年に開発されたクリスパー・キャス9は扱いやすさや効率の高さが話題となり、ゲノム編集の利用が広がるきっかけとなった。

 これら既存のゲノム編集技術は米国主導で開発されてきた。日本は出遅れを取り戻すべく、経済産業省が16年度から「国産ゲノム編集技術」の開発に乗り出した。20年度までに、既存技術では対応できない新しい機能を持つ国産技術の開発を目指す。

 このほか日本では、ゲノム編集に関わる研究者の学会組織「日本ゲノム編集学会」(山本卓会長=広島大学大学院理学研究科教授)が16年4月に設立。技術の底上げに向けた動きが進んでいる。


品種改良や難病を再現


 ゲノム編集の活用の代表例は動植物の品種改良だ。現在も穀物や家畜を遺伝的に改良する「育種」が行われている。ただ、育種は偶然に生じるゲノムの突然変異を利用するもので、膨大な時間を要すという欠点があった。これに対し、ゲノム編集は高効率でゲノムの変異を操作できる。

 産業技術総合研究所と農業・食品産業技術総合研究機構、信州大学の研究チームは、卵白が含むアレルギーの原因となるたんぱく質「オボムコイド」を作る遺伝子を持たないニワトリを開発した。ワクチンはニワトリの受精卵を使って作る事が多い。アレルギー物質を残さないようにすることで、安全性の高いワクチン製造技術への応用を見込む。

 雄ニワトリの初期胚の血液から精子や卵子の基となる細胞を分離し、クリスパー・キャス9を使ってオボムコイドの遺伝子を除去。その細胞を別の雄ニワトリの初期胚に移植してふ化させ、交配を重ねることで、オボムコイド遺伝子を完全に持たないニワトリを作り上げた。

 特定の病気を再現したモデル動物をゲノム編集で作る取り組みも進む。明治大学や慶応義塾大学の研究チームは、心臓の血管や骨格などの部位に多様な症状が出る遺伝性疾患「マルファン症候群」のモデルブタをZFNとクローン技術を活用して作製。その子や孫のブタでも同病を発病することを示した。新しい手術法をモデルブタで試すなどの用途を想定している。

 iPS細胞(人工多能性幹細胞)の技術とゲノム編集を組み合わせて、難病の病態解明に挑む研究もある。慶大や東北大学、新潟大学などの研究チームは、筋力低下や運動障害などの症状が出る神経難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の病態を再現した。

 ゲノム編集により、健常者由来のiPS細胞にALSの原因となる遺伝子の変異を導入。同細胞を神経細胞に分化させると、ALS患者由来のiPS細胞を分化させた場合と同様の病態が現れた。

ヒト受精卵操作、倫理問題も浮上


 遺伝子を自在に操作できるゲノム編集は、倫理的な問題も浮上している。15年4月に中国の研究チームがヒトの受精卵をゲノム編集し、血液疾患の原因遺伝子を改変したことを論文で発表。これを受けて内閣府の総合科学技術・イノベーション会議の生命倫理専門調査会(原山優子会長)は、ヒト受精卵にゲノム編集を使う研究を国内でどう取り扱うかの検討を始めた。

 16年4月22日の調査会でまとめた見解では、基礎研究でヒト受精卵をゲノム編集で操作することを容認。一方でゲノム編集したヒト受精卵を母体に戻す臨床応用は、世代を超えて影響を及ぼす可能性があり、現時点で容認できないとした。

 日本遺伝子細胞治療学会など関連4学会は、同調査会が容認した基礎研究についても、どの水準まで認めるかの指針を国が早急に作るべきだとする提言を発表した。

 日本人類遺伝学会の松原洋一理事長は「目の前に受精卵があれば、ゲノム編集で簡単に遺伝子を操作できてしまう。若い研究者が功名心で一線を越えた研究に手を染めてしまうことにもなりかねない」と警鐘を鳴らす。

 遺伝子を効率的に変えることで新しい可能性を作り出したゲノム編集。倫理的な課題を乗り越え、農畜産業から最先端の医療まで幅広い分野に活用されることが期待される。
(文=斉藤陽一)

日刊工業新聞2016年5月3日

COMMENT

斉藤陽一
編集局第一産業部
デスク

 ゲノム編集技術の「クリスパー・キャス9」は2015年のノーベル賞有力候補として一躍話題になりました。惜しくも受賞は逃しましたが、これから毎年騒がれることになるのでしょう。

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