トルストイの言葉を教訓にできないロシア自動車市場

市場が急激に縮小。「過去も未来も存在せず、あるのは現在という瞬間だけだ」

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 今から10年前、世界の大手自動車メーカーは、みんながロシアに熱視線を送っていた。まだBRICsという言葉が通用していた時代である。中でもロシアは世界貿易機関(WTO)への加盟を控え、各社は未来を見据えていた。2006年の4月、日産自動車はカルロス・ゴーン社長が決算発表の場で、新工場の建設を発表。トヨタ自動車はすでに着工を始めていた。日刊工業新聞では、これから起こりえる難しい状況を指摘した記事を掲載している。図らずもそれは現実になった。ロシアの自動車市場はまったく成長せず、直近では販売が急減し、進出を果たした各社は生産調整に追われている。それでもまだ「未来」に期待するのだろうか。

【過去~2006年春】
 「過去も未来も存在せず、あるのは現在という瞬間だけだ」―。作家トルストイは独自の時間論をこう表現した。今、世界の自動車メーカーはロシア市場の未来に夢を抱いているようだ。相次ぐ工場進出計画は、年率で2ケタ成長を続ける魅力的なマーケットへの先行投資といえる。一方で、世界貿易機関(WTO)加盟を控えロシア政府の保護主義政策も台頭。未来を前にして「現在という瞬間」への対応はそう簡単ではない。

 「ロシアは早い段階で250万台市場になるだろう。事業の利益率も高い」―。4月25日。決算発表の場で日産自動車のカルロス・ゴーン社長はロシア工場の建設を正式発表した。同社が05年にロシア市場で販売した台数は前年比63%増の4万6500台。現地工場ではスポーツ多目的車(SUV)「ムラーノ」などの生産を視野に入れている模様だ。

 サンクトペテルブルクに一足早く工場を着工したトヨタ自動車。05年の輸入車シェアは韓国・現代自動車に次いで2位だ。「カローラ」などが好調で06年1―3月の販売実績も、1万7000台と前年同期比で46%伸びた。以前は現地企業との合弁形式が多かったが、最近はトヨタや日産、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)など単独進出も目立つ。

 マツダは卸売販売会社を設立、4月から営業を始めた。現在、主要都市に17店舗のディーラーを持ち、05年度は2万4000台のマツダ車を売った。井巻久一社長は「広いロシアを考えると効率よく出店したい」と話す。06年3月期に営業損益が黒字化した三菱自動車も「ランサー」の大幅輸出増という”ロシア神風“が吹いた。

 05年のロシア新車市場は150万台とも170万台ともいわれている。昨年の国内総生産(GDP)伸び率は6・4%で、ロシア経済は当分堅調に推移しそうだ。ただ自動車産業で一つ気になる数字がある。05年にロシア国内での生産が前年割れしたこと。逆に海外からの輸入車が約57万台で6割以上も増えた。恩恵を受けているのは明らかに海外勢だ。

 逆に純国産メーカーのシェアは60%近くにまで低下した。もしWTO加盟が実現すれば、2010年には国産車比率は40%程度まで下がるという予測もある。ロシア政府はこれまで自動車産業への外資規制には寛容といわれてきたが、「プーチン政権は国内自動車企業の立て直しを目指している」(業界関係者)のは確かなようだ。

 ロシア政府は進出企業に対し、最低年産規模の確保や部品現地調達率の引き上げなどを検討しているといわれる。工場建設を計画していたドイツのダイムラー・クライスラーは政府と税制などの条件が折り合わず、計画を一時凍結した模様だ。今年2月、米ゼネラル・モーターズ(GM)の合弁会社では、海外から持ってくる部品の価格が安すぎるとの理由で供給がストップ、工場が操業停止に追い込まれた。法律の運用が頻繁に変わるリスクは依然存在する。

 現在、完成車の輸入関税は25%。消費者には”輸入車信仰“が根強くあり、ロシア政府は部品の関税引き下げを示唆するなど、硬軟使い分けながら外資の投資を促している。トヨタ系部品メーカーとしては初めてロシア進出を決めたトヨタ紡織。シートを生産するが、トヨタや日産は大半の部品を日本から運ばざるを得ない。コストを考えると、物流ルートの確保も重要な課題だ。

 全ロシアの平均月収は100ドルだが、都市部に限れば500ドルとも700ドルともいわれる。個人消費ブームもありトヨタの「レクサス」などの高級車販売も伸びている。ただ市場で売れている新車の約8割がまだ8000ドル以下。特に現地生産に乗り出す外資メーカーにとって、今後は「品質維持と数量確保を両立させる戦略が欠かせない」(日系自動車メーカー幹部)。

 BRICsという言葉が最初に使われたのは、03年に米ゴールドマン・サックスが出したリポート「BRICsとともに夢見る2050年への道(Dreaming with BRICs The Path to 2050)」。トルストイとは違って、経営者や投資家は未来を想像することが好きなようだ。

 ゴールドマン・サックスは昨年、早くもBRICsに続く経済大国予備軍を「N―11(ネクスト・イレブン)」と名付けた。日産のゴーン社長は決算会見で「BRICsには全員が参入しようとしている。もう次の成長国を見極めている」と話した。

【そして現在~2015年春】
 日産自動車がロシアで生産する車両を輸出する方向で検討していることが分かった。ロシア市場は経済悪化を受けて急速に縮小しており、日産の販売も減少している。日産は現地で工場の増強投資をしたばかりで生産能力が余っている。現地生産車両を輸出に振り向けることで、工場の稼働率を向上させたい考え。ルーブル安を受け輸出競争力が増していることも背景にある。

 日産はサンクトペテルブルク工場で、日産ブランドの主力スポーツ多目的車(SUV)「エクストレイル」、「ムラーノ」、セダン「ティアナ」を生産し、仏ルノー・日産連合で傘下におさめた現地最大手アフトワズのトリアッティ工場では、新興国専用ブランド「ダットサン」のセダン「オンドー」と日産ブランドの小型車「アルメーラ」を生産している。

 いずれかの車種について、仕向け地の関税や市場動向を勘案して輸出を検討中だ。また、日産幹部は「今の為替からすれば輸出競争力がついている」としており、ルーブル安を受けた現地生産車両のコスト優位性を生かしたい考えだ。

 現状、日産はロシアでは内需向けに生産をしており原則輸出はしていない。サンクトペテルブルク工場は昨年末に生産能力を従来の2倍の10万台にする投資を終えたばかりだが、1―3月の生産実績は月1300―2300台にとどまった。3月は一時生産停止に追い込まれた。輸出車両を生産できれば工場の稼働率改善にもつながる。一方、日産ブランドの1―3月の販売台数は前年同期比40%減の約2万7000台となっている。
(日刊工業新聞2015年04月29日1面)

 <そのほかの自動車メーカーは?>
 欧州ビジネス協会(AEB)によると3月の新車販売は前年同月比42・5%減の約14万台。ウクライナ情勢を巡る対ロ経済制裁や、原油価格の急落を受けたルーブル安でロシア経済が悪化し、昨年12月を除いて前年同月割れが続き、1月から減少幅が拡大している。

 新車販売が急速に落ちる中、三菱自動車はカルーガ州にある仏PSAプジョー・シトロエンとの合弁工場で、自社分の生産を4月27日から5月10日まで停止することを決めた。祝日を除くと実質6日間の稼働停止となる。日産は3月16日から31日までサンクトペテルブルク工場の生産を停止した。現地報道によると独フォルクスワーゲン(VW)もカルーガ工場で4―7月の金曜日に生産を休止する計画だ。

 GMはより大胆な手を打つ。15年央にサンクトペテルブルク工場の生産を打ち切り、オペルは年内に市場から撤退。「シボレー」ブランドは車種を最小限に絞り込み、高級車ブランド「キャデラック」に注力する。三菱自、日産、VWブランドの1―3月の販売台数は前年同期比4―5割減。シボレー、オペルは同7―8割減と特に落ち込みが目立っていた。
 
 トヨタ自動車も同3割減となったが、生産停止は実施していない。販売減は主に輸入車で、サンクトペテルブルク工場で生産する主力セダン「カムリ」は販売台数を維持しているためと見られる。

 完成車の動きはサプライヤーにも波及している。旭硝子は14年末から生産をほぼ半減している。同国自動車用ガラス市場で最大シェアを占めるだけに影響が大きい。ヨロズは工場進出を検討していたが「生産規模が採算ラインにのらず(足元の)経済の問題もあって今すぐ出ることはない」(志藤昭彦会長)として2017年度までは進出を取りやめた。サプライヤーの投資判断にも影を落とす。

 「いつまでもこの状況が続くことはない」(日産幹部)と完成車の間ではロシア市場の中長期の成長への期待は大きい。将来的には300万台規模の市場が見込まれている。調査会社IHSオートモーティブの現地アナリストによると「前年比の減少幅は底を打って加速的な落ち込みはなくなる」。だが減少がしばらく続くとみて15年の市場は前年比27・4%減の181万台と予想する。

 現地企業との合弁工場を持つマツダ幹部は「ルーブル安になる前に比べ状況はきついが、事業がだめになるところまでいっていない」と話す。成長期待が大きいだけにしばらく耐え忍ぶ時期が続きそうだ。
(日刊工業新聞2015年04月17日自動車面)

 <商用車は?>
 三菱ふそうトラック・バスは4月から現地工場で生産調整を実施。一方、いすゞ自動車や日野自動車は前年並みの生産や販売を維持する。各社は潜在需要の高さから2000年代後半に参入。販売台数を伸ばしながらブランドの浸透を図ってきたが、ルーブル安などに伴う経済の減速に直面する。現地企業や商社と連携して投資リスクを分散するが、ロシア市場への対応の難しさは続きそうだ。

 生産調整するのは三菱ふそう親会社の独ダイムラーとロシア商用車大手カマズが折半出資する合弁会社の現地工場(タタールスタン共和国)。日本の川崎製作所(川崎市中原区)からノックダウン(KD)生産用の部品を輸出し、小型トラックを組み立て生産する。同工場では14年10月からKD部品の調達量が徐々に減少し、4月から生産を停止する。

 三菱ふそうは09年に合弁会社を設立して生産を開始。10年に現地仕様車を投入して販売を本格化した。現地工場では11年に累計生産1000台、13年に同5000台を達成するなど順調に事業を拡大してきた。ただ、11―13年の生産台数は平均1700台強だったものの、14年から販売が減速し、同年生産は900台弱に約半減した。

 いすゞ自動車は同社が45%、現地自動車大手ソラーズが50%、双日が5%出資する合弁会社の工場(ウリヤノフスク州)で小型と中型トラックを組み立て生産する。14年に続き販売は順調に推移し、現在も月200台前後の生産を維持する。いすゞは06年に現地企業を通じセミノックダウン(SKD)形式で小型トラックの組み立て生産を始め、07年に現地企業や双日とトラックの生産や販売を手がける合弁会社を設立。12年にいすゞが合弁会社への出資比率を29%から45%に引き上げ、販売網の再構築などを推進。14年に中型トラックの生産を始めるなど体制を強化している。

 日野自動車は08年にロシア市場に参入。同社が65%、三井物産が35%出資する合弁会社を立ち上げ、日本から大・中・小型トラックの完成車を輸出して販売する。13年度の販売実績は約2400台。14年度も前年度と同等の販売を見込む。同社はウクライナ情勢を巡る経済制裁や通貨ルーブルの下落などを受け、14年度の同国のトラック需要見通しを期初からこれまでに2割以上下方修正した。

 一部報道では独商用車大手マンは3月からサンクトペテルブルク工場の生産を停止。スウェーデンの商用車メーカー、スカニアも減産体制を敷いているという。IHSオートモーティブはロシアの大・中型トラック(車両総重量6トン以上)の販売台数は17年から改善に向かうと予測する。足元では日系商用車メーカーでも対応が分かれるなか、成長への期待が大きいロシア市場では引き続き粘り強い対応が求められそうだ。

日刊工業新聞2015年04月24日 自動車面

COMMENT

明豊
執行役員 DX担当
デジタルメディア局長

2006年の春といえば自動車担当キャップになって間もないころ。あまり業界を知らず、少々、情緒的な記事を書いた。プーチンだけは予定通り大統領に返り咲いたが、BRICsの中でも経済は完全な落第生である。今後は人口も減少する。高級車だけがバカ売れするいびつな市場において、生産拠点の位置づけを見直す時期にきている。

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