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三菱自と日産はなぜ利害が一致したのか。6年前の包括提携を振り返る

三菱自と日産はなぜ利害が一致したのか。6年前の包括提携を振り返る

ゴーン日産社長と益子社長(現会長)

 三菱自動車の燃費不正は提携する日産自動車からの指摘で発覚した。両社は2003年に相互にOEM供給を始め、2010年の12月には包括提携を発表するまでに発展した。当時は「軽」以外での協業拡大を想定していたが、実際はほとんど広がっていない。両社の関係見直しは避けられず、日産では軽の自社生産に乗り出す可能性もある。一方で三菱グループの全面支援は難しく、日産は今後どう動くか。

「両社が得意分野で力を発揮し、相乗効果を高める」


日刊工業新聞2010年12月15日


 日産自動車と三菱自動車が包括提携を結んだ。軽自動車事業の強化や新興国での生産補完、車両供給など、実利を重んじる昨今の提携トレンドを象徴する。特に2011年度からの中期経営計画を策定中の三菱自にとって、新たなスタートへの一里塚になったのは間違いない。2000億円規模の赤字を計上した経営危機から6年。稼働率の低い米国工場の改革や優先株の処理など課題は山積しているものの、三菱自は新しい一歩を踏み出そうとしている。

水島の生産確保と国内販売テコ入れ


 「収益拡大や生産・開発面のコストメリットにつながるウイン―ウインな関係だ」―。14日、日産との提携拡大を発表した益子修三菱自社長は力強く言い切った。最大株主である三菱重工業出身の西岡喬三菱自会長も「三菱グループとして事業強化を図り、一層の価値向上につとめる」と日産とのシナジー創出に意欲を示した。

 三菱自の軽生産を一手に引き受けている水島製作所(岡山県倉敷市)。軽の最大生産能力は2直体制で年間25万台規模だが、07、08の両年度の稼働率は7割程度。09年度はリーマン・ショックの影響もあり、約6割の14万5000台まで落ち込んだ。日産と軽の企画・開発を手がける共同出資会社を設立するのは「水島」の生産台数確保と、国内販売のテコ入れという側面が強い。

 日産は軽事業における三菱自との提携拡大を機に、スズキからのOEM(相手先ブランド)供給を、現行モデルを最後に打ち切る公算が大きいと見られている。そうなれば、日産がスズキからOEM調達している軽の台数がそのまま三菱自に上乗せとなる。現在は「1直で残業2時間という体制」(水島製作所管理部)が続いているが、水島の軽ラインがフル生産となる日も現実味を帯びてくる。

PSAとの提携拡大に失敗。タイの協業先探す


 タイのピックアップ事業で協業しないか―。「昨秋、三菱自から打診があった」と国内のある自動車メーカーの幹部は明かす。三菱自はタイに年間20万台の生産能力を持つ工場があり、ピックアップトラック「トライトン」やスポーツ多目的車(SUV)「パジェロスポーツ」などを生産している。だが、09年度の稼働率は6割程度。10年度は8―9割程度で推移しているが、フル生産には至っていない。

 打診には三菱自にとって「タイでの生産台数を確保し、稼働率を高めたい」との思惑があったようだ。だが、三菱自が資本提携を視野に仏プジョー・シトロエン・グループ(PSA)との交渉を本格化させたことで、両社の話し合いは進展しなかった。三菱自にとって今回、日産とタイ事業で協業の道が開けたことは、コスト面でも生産面でも大きなメリットがある。

 日産との提携拡大を通じ、国内とタイの生産台数確保にはめどがたった。だが稼働率が最大生産能力の1割程度にとどまっている米国イリノイ工場の改革は手つかずのままだ。同工場は2直体制で年間22万台の最大生産能力を誇るものの、09年の生産実績は2万3000台程度にとどまる。

 現地では閉鎖のうわさも絶えない。だが、そのためには従業員への補償などを含め、2000億円以上かかると見られており、現実的ではない。益子社長も「米国工場は閉鎖しない」と断言しており、「生産する車種構成の抜本的な見直しなど含めて対策を急ぐ」考えだ。

業界再編の呼び水に


 「配当はいつ始まるのか」―。6月23日に開かれた三菱自の株主総会。13年連続の無配について経営責任を問う質問が相次いだ。最大の課題は、グループ各社が保有する総額4000億円以上の優先株の処理だ。3月にPSAとの資本提携が見送りとなってからは、解決の糸口さえ見えていない。

 優先株処理については新しい資本提携先の開拓のほか、「普通株に転換してからの市場売却や自社株買いなどいろいろ選択肢はある」(益子社長)ものの、明確な対策を打ち出せないままでいる。益子社長は年内に発表する予定だった次期中計の中で、優先株問題の方向性を示す腹づもりだったようだ。だが、中計の公表自体が年明け以降に延期されることが濃厚となった。

 いずれにせよ、優先株問題は経営再建を完成させる上で避けられない問題。三菱自が打ち出す方向性によっては新たな業界再編の呼び水となる可能性もある。

相互補完関係を強調


 「アジアや中東をはじめとする新興国における事業の拡大、需要の増大に対応するための生産能力の確保、次世代商品の効率的な開発、日本国内事業の強化に寄与する」。日産のカルロス・ゴーン社長はこう切り出し、三菱自との相互補完関係を強調した。

 中でも、三菱自・タイ工場へのピックアップトラックの生産移管は即効性が高い。年20万台の生産能力を持つ日産・タイ工場は「新型マーチが人気を博し、生産が追いつかない」(ゴーン社長)状況で、7月には生産能力を増強する検討を始めたと発表したばかり。ピックアップの生産移管により、約10万台の生産余力を確保できる。

 最大の目玉は軽の企画、開発を行う折半出資会社の設立だ。国内新車の年間総需要に占める軽比率は35%前後。近年は170万―200万台程度で推移している。軽自動車税は一律7200円で普通乗用車に比べてはるかに安く、地方では生活の足として安定需要がある。

日産「軽」に本気


 日産は02年にスズキからOEM供給を受ける形で軽市場に参入、03年には三菱自からも調達を始めた。09年度は13万6000台を販売し、軽シェア約8%を獲得。日産の国内販売に占める軽比率は2割強に達する。13年度までに、軽を含めた国内市場でのシェアを09年度の13%から15%に引き上げる方針。軽の強化こそ「(目標達成を)真剣に狙っている証」(ゴーン社長)という。

 今後、自動車の総需要に占める軽比率が4割を超えるとの見方は強い。トヨタ自動車が傘下のダイハツ工業からOEM供給を受け、11年秋から自社ブランドで軽の販売に乗り出す。ホンダは軽量、低コストのプラットフォーム(車台)を採用した次世代の軽を12年から鈴鹿製作所(三重県鈴鹿市)で生産する。

 ただ、軽は日本独自の規格であるため、量産効果を引き出しにくい。富士重工業が軽の開発、生産から撤退し、ダイハツからのOEMに切り替えたのもこれが理由だ。

 ダイハツ、スズキの軽2強の価格競争力も高い。日産が単にOEM調達を拡大するだけでは国内販売の利益率低下を招くもろ刃の剣になりかねない。三菱自との新会社設立で開発上流に携わり、購買などで日産流の原価低減手法を織り込もうというわけだ。

 日産は今後、独フォルクスワーゲン(VW)と資本提携するスズキからの軽のOEMを段階的に打ち切り、三菱自と運命共同体で、軽市場での生き残りを目指すことになる。

両社長会見。「世界戦略車」へ発展も


 14日、都内で開いた会見でのゴーン日産社長と益子三菱自社長の一問一答は以下の通り。
 ―今後、提携関係が発展する可能性は。
 ゴーン氏 提携は特定のプロジェクトを対象にしている。結果に応じて次に進むか否かを検討していく。EVについても検討はしていくが、協力するかどうかは時期尚早で言えない。
 益子氏 資本提携については考えていない。今回のプロジェクトを全力でやりきりたい。

 ―軽の新会社設立の時期と狙いは。
 益子氏 詳細はこれから詰めるが、出資比率、役員数は対等。来年の早い時期に最終的に合意し、2012年度には新車を投入したい。ダウンサイジングの進行や環境問題から見ても、軽の重みが今後失われることはない。「地域専用車」から「世界戦略車」への発展も考えられる。
 ゴーン氏 国内の軽市場は今後も成長が見込まれる。中期計画で掲げた国内シェア15%の達成には、軽のラインアップ拡充が必要だ。軽の車台を生かした競争力のある車種を新興国に投入するなどの可能性も広がる。

 ―三菱自はPSA、日産はルノーと協業しています。今後、重複部分が出る可能性は。
 ゴーン氏 軽の合弁事業は折半出資であり、すべての実行には両社の合意が必要となる。当社の提案に対し、三菱自がノーと言えば進まない。あいまいな部分はない。
 益子氏 PSAとの提携はEVとSUV。日産とは軽、1トンピックアップでの提携で重複はしない。

※内容、肩書きは当時のもの
日刊工業新聞2010年12月15日「深層断面」に加筆
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
今回の問題は、国内販売や部品メーカーの存続(サプライチェーン)など日本の自動車産業全体に多大な影響及ぼす可能性がある。三菱自の不正説明会見をみる限り、その「重大さ」や「自覚」も感じられなかった。 日産との関係でいえば、救済はあり得ないだろう。グローバルでは日産・ルノー連合はダイムラーとの協業関係を深めている。電気自動車など日産がメリットを感じる部分のみ何らかのアクションは考えられる。

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