鴻海、シャープへの出資断念「あきらめた!」―日台連合の可能性を考える

TSMCなど巨大企業を生んだ“台湾版産総研”、日本VBの駆け込み寺に

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新竹にあるITRIの本拠点
 安倍政権の経済政策で製造業の復活は最重要テーマの一つ。プレーヤーが多い電機業界の集約に重要な役割を果たしてきたのが官民ファンドの産業革新機構。政府の介入スキームに対しては賛否が分かれるが、世界に目を移せば公的支援でモノづくり産業を成長させた成功モデルは少なくない。
 そのヒントが台湾。工業技術研究院(ITRI)は数々の巨大企業を生み出してきたプラットフォームであり、日本のモノづくりベンチャーの受け皿にもなりつつある。日刊工業新聞ではシャープと鴻海精密工業が最初の出資交渉をしていた2013年の2月に、ITRIの特集を掲載した。記事を振り返りながら日台連合の可能性を探ってみたい。

【ITRI、研究者自ら経営者に】
 日本の半導体メーカーが構造改革を進める上で、いつも工場の売却先として頼るのが台湾積体電路製造(TSMC)。この世界最大の半導体受託生産会社(ファンドリー)は、ITRIから産声を上げた。

 TSMCの張忠謀董事長はITRI院長時代の1987年に同社を設立。その後、台湾政府が資金を注ぎ込んできた官製会社だ。研究者自ら経営者になることを後押しし、TSMCやファンドリー世界2位の聯華電子(UMC)など、これまでに74社(13年1月1日現在)が分離・独立している。すべてのプロジェクトを事業化前提に立案・推進するというポリシーを持っている。

 ITRIは台湾の経済部(日本の経済産業省に相当)が産業育成のために設立した財団法人。研究者は5900人を誇る。設立当初は有望な電子産業に力を入れ、宏碁電脳(現・宏碁=エイサー)に技術移転し、台湾を世界のパソコン産業拠点に導いた。日本の経済産業省が所管する産業技術総合研究所(産総研)とよく比較され、“台湾版産総研”と呼ばれることも多い。

 その扉をたたく日本企業は少なくない。「ITRIは技術開発にとどまらず、その先の事業化に対して関心を持っている」とテラモーターズ(東京都渋谷区)の徳重徹社長はいう。電動バイクを製造・販売するベンチャーの同社は、開発・生産面で台湾企業の活用を目指し、徳重社長はITRI幹部と定期的に接触しているという。

 ITRIの最大の魅力は情報収集力。台湾はもちろん、中国や東南アジア各国などのメーカーを網羅的に把握し、ニーズごとに適切な企業を紹介している。「新興国には業界団体の統計がない。信用できる機関、人からデータを集めることが重要になる」と徳重社長は語る。次世代型の車いすを開発するWHILL(米カリフォルニア州)の杉江理社長も「モノづくりベンチャーが外部リソースを活用するなら台湾。そしてまず接触するならITRIだ」という。

 ITRIの徐爵民院長は電気工学の専門でカリフォルニア大学バークレー校の博士号を取得。松下電器産業(現パナソニック)に研究員として約3年間在籍した経験がある。徐氏が院長に就いて以降、ITだけでなく、エネルギーや食品・バイオ、医療など研究対象の多様化も進めてきた。

 新潟玉木農園(新潟市南区)は早くから新潟産のコシヒカリを台湾に輸出していたが、東日本大震災後の風評被害により販売量が激減。そこで2012年から台湾で現地生産を始めたが、それを支援しているのもITRI。現在、地場の大手肥料会社と提携に向け交渉中だ。

 数々のベンチャーや産業を創出してきたITRI。だが、最近は研究者の大企業志向が強まり、以前と比べ起業数は減ってきているという。2011年にITRIが全額出資するベンチャーキャピタル「創新工業技術移転」が三菱UFJキャピタルと共同でファンドを創設。2012年には三井住友海上キャピタルとも提携した。

 三菱UFJとの共同ファンドの規模は1500万ドル。現在は日本の3社、台湾の3社に投資しているという。三井住友は創新に1000万ドルを投資し、自然エネルギーや水資源関連が対象で日台連携による新しいベンチャー育成の流れをつくる動きが顕在化している。

 売上高が数千億円規模のビッグベンチャーを目指すなら、台湾とパートナーを組むのが近道という声もある。テラモーターズの売上高はわずか数億円。だが、「日本企業というだけで事業価値は3―4倍になる。長年培った技術と品質に対する日本への信頼が台湾にはある」(徳重社長)。さらに「中国企業と付き合うのであれば、台湾経由の方がリスクが少ない」(国内ベンチャーキャピタル社長)。

 シャープと液晶事業で提携した鴻海精密工業。1990年代まで売上高数千億円規模の会社だったが、今では10兆円。台湾の製造業を売上高ランキングでみると、10年前と現在では顔ぶれが様変わりしている。鴻海は民営会社だが、官製会社、民営を問わず台湾にはビッグベンチャーが生まれるダイナミズムが存在する。

 日本の家電産業を苦境に陥れた台湾、韓国メーカー。国家資本主義で競争力を高めたという指摘もあるが、双方はかなり違う。韓国の場合、サムスン電子があまりに巨大になり過ぎたことでサムスンの意志が国策になっている。台湾はITRIを中心に研究開発や技術移転までは官の影響力が非常に強いが、市場での競争は自由で群雄割拠だ。

 アベノミクスによる緊急経済対策の目玉は官民ファンドによる製造業の支援。経済活動で国の役割を重視する国家資本主義ではモラルハザード(倫理観の欠如)になりかねないという意見も多い。競争力を失った大企業や産業の単なる救済は国民の理解を得にくい。だが、政策当局が主導で研究開発を強化するのは世界的な潮流でもある。

 ソニー出身で早稲田大学ビジネススクールの長内厚准教授は「台湾や韓国メーカーはいまだに日本の企業を自分らの『研究所』だと思っている。だから日本の家電産業を潰すほど追いつめないだろう」とみる。鴻海を筆頭に台湾の受託製造サービス(EMS)のモノづくり力は高いものの、商品企画力は弱い。日本の製造業復活のエコシステム(生態系)にITRIや台湾企業を積極的に取り込む発想も必要だ。
(日刊工業新聞2013年02月04日深層断面を一部再編集)※肩書き、数字は当時のもの

【シャープと鴻海、出資交渉終了】
 台湾・鴻海精密工業はシャープとの資本提携を断念する。シャープによる産業革新機構への出資要請や主力取引銀行に対する2000億円規模の資本支援要請を受け、出資断念の方針を固めた。シャープは交渉自体が「終了」(幹部)と認識し、シャープの中小型液晶技術に高い関心を持つ鴻海も「あきらめた」(幹部)とする。出資交渉は実質的に幕を閉じる。

 鴻海とシャープが3年前に始めた出資交渉は、3月27日に1年期限を延長した。両社が打ち切りを伝えない限り、自動更新する仕組みとなっているが、両社幹部は情勢の変化を見ながら、交渉終了の認識を持つに至った。

 鴻海は3000億円規模の出資も視野に接触を図った。だが、主力行と経営再建協議を進めるシャープは混乱を警戒した。ただ、両社が共同運営する液晶工場(堺市堺区)の扱いが残る。同工場はシャープの過去の赤字要因となった第10世代ガラス基板の大型液晶工場。共同運営後は最終黒字を維持している。

 しかし、大型投資で競争力を保ちたい鴻海と資金不足のシャープは、意見が合わず投資が難航。市場では中国勢が大型液晶工場を相次ぎ立ち上げ、大手のBOEは10・5世代液晶工場を18年に稼働する。共同運営する工場の競争力は「持っても2―3年」(業界関係者)とされ、対策が迫られる。

 シャープは迅速な経営判断と管理徹底、他社からの出資受け入れも視野に、主力の中小型液晶事業を分社化する方針。鴻海との資本提携が消え、液晶への出資候補は政府系ファンドの産業革新機構に絞られそうだ。

 産革機構は同事業に興味を示すが、過半数以上の株式取得が前提で、交渉難航が予測される。一方、産革機構はシャープの競合相手であるジャパンディスプレイ(JDI)にも出資する関係から、両社の経営統合論も浮上する。

日刊工業新聞2015年04月29日 3面

COMMENT

明豊
執行役員 DX担当
デジタルメディア局長

鴻海のシャープ出資は、もともと鴻海のテリー・ゴウ(郭台銘)董事長のサムスン対抗から出てきたものだ。ゴウ氏の特異なキャラクターもあるが、とにかくシャープ内における意思決定のガバナンスがずっと迷走していることが、ここまで交渉が長引いた理由だろう。この1、2年で東アジアにおけるモノづくりの潮流は変化し始めている。特にモノづくり系のベンチャーは、中国・深センなどに集まりつつある。日台どころか、中台連携が進めば、日本はモノづくりのイノベーションでも取り残される。

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