業務・企業の壁超えてAIデータ分析…NTT・KDDIが構築加速、横断型基盤が生み出す新たな価値
通信大手が人工知能(AI)を用いた企業横断型のデータ活用基盤の構築を加速する。NTTは専門性の高い情報をデータ化して業界共通の基盤とする「インダストリーAIクラウド」を提唱。KDDIはAIサービスを業界ごとに最適化し、自由に組み合わせて活用するビジネス基盤「WAKONX(ワコンクロス)」の提供を始めた。業務や企業の壁を超えたAIデータ分析でサプライチェーン(供給網)最適化といった新たな価値を生み出す。(編集委員・水嶋真人)
NTT/専門領域に付加価値 社会課題解決に寄与
「個別にデータを持っているだけではできなかったことが、複数のデータを組み合わせて解析することで業界全体の生産性向上につながる」―。NTTの島田明社長はインダストリーAIクラウドの利点を強調する。
米オープンAIの生成AI「チャットGPT」の登場に伴い、社内向けヘルプデスクや資料作成補助などの汎用業務で企業のAI導入が進んだ。総務省の報告書によると、米国で9割以上、日本で6割近くの企業が汎用業務にAIを導入した。
だが、NTTの島田社長は「電子カルテの構造化や遺伝子解析など、より専門性が高い業務にもAIを活用することで付加価値を上げられる」と説明。さらに「企業横断で共通の基盤にデータを蓄積し、AIで分析することにより業界としての社会課題の解決につながる」と指摘する。
NTTは、この構想を具現化するインダストリーAIクラウドを各業界のパートナー企業と共創する。10月には交通事故ゼロ社会の実現に向けた「モビリティAI基盤」の共同構築でトヨタ自動車と合意したと発表した。
乗員や車、周囲の状況を絶えず監視し、AIで即時処理して交差点での出合い頭の事故を防いだり、自動運転で円滑な合流を可能にしたりといった対応策を講じる。KDDIやソフトバンクも同基盤への参加に意欲を示している。島田NTT社長は「自動車業界の共通基盤として全国への普及を目指す」と意気込む。
モビリティAI基盤は三つの基盤で構成する。自動車の走行データを基に作成したAIモデル、NTTの次世代光通信基盤「IOWN(アイオン)」で全国のデータセンターをつないだ分散型計算基盤によるデータ処理、AIで最適な通信手段を即時に選択する通信基盤だ。「切れ目のない通信でヒト、モビリティー、インフラを連携させ、さまざまなデータを収集できるようにする」(島田社長)ことで車業界に新たな付加価値を生み出す。
他方、NTTは小売り・流通業界向けで農作物取引の最適化による需給事前マッチングに取り組んでいる。各取引ごとのAIを連携した連鎖型AIを用いて需給や配送計画をシミュレーションする仮想卸売市場を構築し、あらかじめ需要と供給が釣り合うように取引を行う実証を始めた。
トライアルホールディングス(HD)とは、AIを活用したスーパーマーケットの棚割りの最適化や発注を自動化する協業を実施中。小売り・流通業界でも業務・業界横断型での供給網最適化を目指す。
KDDI/通信で物流改善など支援 業界DX加速、共通投資でコスト削減
「ワコンを漢字で書くと“和魂”。日本の良さを掛け合わせる(クロスする)ことで我々の通信の中でAIを活用しながら日本らしいバリュー(価値)を作り上げていく」―。KDDIの高橋誠社長はワコンクロスの由来をこう説明する。国際標準のITやサービスをいち早く国内に取り入れ、日本人らしい価値を加えることで社会的影響力を生み出す「和魂洋才」が日本再興のカギを握るとみているからだ。
ワコンクロスは、業界別にIoT(モノのインターネット)などの最適な通信網を提供する「ネットワークレイヤー」、企業横断型のデータを蓄積・分析する大規模計算基盤などの「データレイヤー」、業界のデジタル変革(DX)に必要な領域特化型AIなどの「バーティカル(垂直統合型)レイヤー」で構成する。この三つの機能群をモビリティー、小売り・流通、物流、放送、スマートシティー(次世代環境都市)、BPO(業務委託)という六つの業界・社会課題テーマ向けに提供していく。
ネットワークレイヤーでは、トヨタとコネクテッドカー(つながる車)向け通信基盤を共同で国際展開しており、3000万台以上が利用している実績を生かす。データレイヤー関連では生成AI用の大規模計算基盤構築向けに今後4年間で1000億円規模の投資を行う。
具体的な事例では、フライウィール(東京都港区)のデータ活用基盤「コナタ」を用い、無人搬送車(AGV)などによる倉庫内の物流業務を可視化してリソース(資源)配分を最適化するシミュレーターを自社の物流センターに先行導入した。その結果、作業効率を従来比4割向上できたという。
このほか、伊藤忠商事や豊田自動織機、三井不動産、三菱地所と連携し、物流倉庫やトラックの空き情報などをデジタル技術で可視化して物流を効率化するシステムの構築にも取り組んでいる。
KDDIの桑原康明副社長はワコンクロスの使命を「日本のデジタル化を加速させる“協調”と“競争”の促進だ」と話す。1社でのデジタル投資では限界がある中、業界共通のデジタル基盤作りを支援することで業界DXを迅速化できる。これにより削減できた費用を、自社の競争力強化に振り向けてもらう。
桑原副社長は日本がモノづくりの技術力、社会システムの正確性といった「リアルに非常に強い」と分析する。「この強いリアルをデジタルでスピードアップし、日本の良さを加えて、日本の勝ち筋を作っていく」(桑原副社長)ことがワコンクロスのベースとなる。