人手不足でも雇用を増やして育成強化――業界の流れに逆行して成長するトリドール
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省人化が進む外食産業で「増人化」に取り組む
最近ファミリーレストランにいくと、注文、配膳、会計まで、すべてセルフサービスで完結することが多い。外食産業の人手不足や効率化対策として、配膳ロボットやセルフレジなどの導入が進んでいる。顧客としても、会計待ちで並ぶ手間などがないのはメリットといえる。
ところが、省人化の流れに逆行しながら成長している外食企業がある。2024年3月期に売上高2319億円(前期比23.2%増)と過去最高を更新したトリドール・ホールディングスだ。同社の展開する「丸亀製麺」は、調理も接客もすべて「人の手」で行っている。今後の会社の方針として、省人化どころかむしろ「増人化」するという。
トリドールは、丸亀製麺のほか、焼き鳥「トリドール」、立ち飲み屋「晩杯屋」などを展開。海外進出にも積極的で、丸亀製麺の海外支店だけでなく、香港のスープヌードル、ギリシャ料理、ピザなど、多様な外食企業を買収し、28の国と地域に約20の飲食ブランド、合わせて1,900店以上を展開している。
創業者の粟田貴也さんは、喫茶店のアルバイトで飲食業の面白さに目覚め、一代で巨大外食グループを築きあげた。トリドールの1号店をオープンしたところから、現在に至るまでの経験や思想、経営論を一冊の書籍にまとめたのが『「感動体験」で外食を変える』だ。
外食産業は、コロナ禍における人々の生活スタイルの変化の影響を大きく受けた。前述のように、自動化・省人化も進行中だ。変化の激しい業界にあって、世界で成長中のトリドールを率いる粟田さんの考え方、目指すところには、他業界にも通じる多くの示唆があるだろう。
「二律両立」のために人を育てる
1985年に粟田さんがカウンター席10席だけの焼き鳥を出す居酒屋「トリドール3番館」をオープンしたのが、トリドールの始まりだ。焼き鳥屋の業態を多店舗展開していたが、2000年に父親の出身地である香川県の製麺所でうどんを食べた経験をきっかけに、「製麺所の風情があるセルフうどん」という業態を思いつく。
こうして立ち上げたのが、「丸亀製麺」だ。重視するのは、顧客の体験価値、すなわち「感動体験」だ。小麦粉の袋、製麺機、うどんを茹でる釜などを客から見える場所に設置し、オーダーに合わせて目の前で調理して盛り付ける。いまや似た業態の店も現れ、当たり前のように感じるが、当時は画期的だった。
丸亀製麺では、天ぷらやおむすびも、リアルタイムでこまめに揚げたり握ったりして並べる。だしも、風味や香りが飛ばないよう1日に6回引き、作り置きはしない。店員の忙しさが目に浮かぶようだが、これによって、客は目の前で盛り付けられたできたてを口にできるのだ。
煩雑なオペレーションを実現するためには、人の手が欠かせない。それも、長く在籍して腕が上がるほど、仕事の質も効率も上がる。そこで、採用した人が技術を磨きながら長く在職してくれるよう、「麺職人」の認定制度を設けたり、社員の発案したアイデアに次々にチャレンジさせたりと、さまざまな取り組みを進めているそうだ。
なお、一般的なチェーン店の多店舗展開の場合、セントラルキッチンを設け、調理のオペレーションやメニューの効率化・画一化を目指すのが普通だ。丸亀製麺のやり方は、これに逆行する。「うどんを手間暇かけて粉から手づくりする」ことと、「全国各地に店舗を増やし同じクオリティで提供する」という、一見、相反することを両立している。粟田さんは、この「二律両立」こそが、丸亀製麺の強みだと述べている。
AI需要予測で店長の業務負担を軽減
興味深いのは、人の力を重視する一方で、DXにも積極的なことだ。2021年には「DXビジョン2022」を策定。クラウドを使った業務システムの導入や、コールセンター、経理、給与生産などのバックオフィス業務を外部委託拠点へ集約するなどの目標を掲げ、システムの切り替えを進めているという。
DXの目玉は、AI需要予測だ。販売実績、営業カレンダー、販促キャンペーンのスケジュールなど企業内のデータに、気象データなどの外部データを組み合わせて、店舗別・日別の客数予想や販売数予測をはじき出す。2023年2月から丸亀製麺の国内全店で稼働させているという。これによって、シフトの作成や食材の適量の発注など、店長の業務負担の軽減を目指す。顧客の「感動体験」に直結しないところは、徹底的に効率化を進める考えといえる。
人手不足が深刻化するなか、セルフサービスで完結する店は今後も増えるだろう。しかし、だからこそ、人にしか提供できない「感動体験」に対するニーズもなくならないに違いない。
先日、ある会合で「肉うどん、人数分」とおつかいを頼まれ、丸亀製麺のテイクアウト窓口に向かった。「焼きたて肉ぶっかけうどん3つ」と伝えると、「焼きたてをお出ししますので、ちょっとお待ちくださいね」とのこと。持ち帰ってフタを開けると、湯気がたった。「お、まだ熱いね」「焼きたてって言ってましたよ」「へえ、美味しそう」という会話で、ランチミーティングが始まった。店員とのやりとりや、湯気の上がる焼きたての肉を目の前で出される経験は、完全セルフのお店では味わえない。店のこだわりやストーリーを、一緒に食べる人と共有できる楽しみも感じた。
粟田さんのいう「感動体験」とは大仰なものではなく、その一食に誰かが込めた小さな何かなのだろう。それを着実に積み上げてきた上に、いまのトリドールの成功がある。その姿勢を維持する限り、今後事業がさらに広がったとしても、成長を続けられるのではないだろうか。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)
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『「感動体験」で外食を変える』
粟田 貴也 著
宣伝会議
232p 1,980円(税込)