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眼下OCT実用化で医療財政に貢献、米マサチューセッツ工科大・フジモト教授が説く経営者に必要なモノ

2024年度本田賞を受賞
眼下OCT実用化で医療財政に貢献、米マサチューセッツ工科大・フジモト教授が説く経営者に必要なモノ

米マサチューセッツ工科大学教授のジェームス・G・フジモト氏

本田財団(東京都中央区)は2024年度の本田賞を米マサチューセッツ工科大学(MIT)教授のジェームス・G・フジモト博士(67)に贈った。フジモト博士は眼科用光干渉断層撮影(OCT)を実用化した。眼科用OCTは製品化直後は売れず、普及まで10年近くかかった。加齢黄斑変性症の治療評価で爆発的に普及し、米国の医療支出を100億ドル以上節約し、医療財政への貢献が評価されている。経営者にはビジョンとコミットが必要と説く。

ーOCT発明においてブレークスルーとなった技術は。
 「光干渉断層撮影(OCT)は、光のエコーを用いた画像化技術で、超音波エコーを光学的に再現したものだ。音ではなく光を使用することで、解像度が大幅に向上し、非接触での画像化が可能になる。光の速度は音よりもほぼ100万倍速いため、光で画像化できること自体が驚くべきことだった。生体組織の画像化には10マイクロメートル(マイクロは100万分の1)スケールの解像度が必要で、これは数十フェムト秒(フェムトは1千兆分の1、1フェムト秒と1秒の比は1秒と3000万年に相当する)程度のエコー遅延時間に相当する」

「OCTの概念は1980年代に開発されたフェムト秒レーザー技術から生まれた。この技術により、化学反応や半導体デバイスの超高速過程の研究が可能になった。実用的なOCT装置は、光ファイバー技術や光通信技術の応用によって実現された。初期のOCT装置はもともと光ジャイロスコープ用に開発された超輝度ダイオード光源を使用していた。現代のOCT装置はマシンビジョン用に開発された高速カメラや、コヒーレント通信用の波長掃引レーザーが応用されている」

「OCTは他の分野で開発された技術や手法を応用に転用した好例といえる。同時に科学者や技術者、臨床医、産業界が多大な投資と多くの年数をかけて取り組んだ。この重要性も強調する必要がある」

ー工学と医学の研究者を連携させるための仕組み、マネジメントの工夫は。
 「OCTの研究は1980年代後半から90年代初頭に始まった。現在では学際的な研究はありふれたものになったが、当時はまだ珍しいものだった。そのため特定の構造やマネジメントシステムは存在せず、それらを構築する必要があった。この協力が実現したのは、人々が非常に高いモチベーションを持っていたからだ。彼らは通常業務の範囲を超えて、追加の仕事や新しい分野の学習に時間とエネルギーを投じた」

「私たちのグループが生物医学研究を始めたのは、ハーバード医科大学の網膜専門医であるカルメン・プリアフィト博士がフェムト秒レーザー眼科手術での共同研究を望んだことがきっかけだった。ハーバードとMITのMD-PhDプログラムの学生だったデビッド・ファン氏は、眼科レーザー手術を研究し、初めてOCT画像を示した。グラウコーマ(緑内障)専門医のジョエル・シューマン博士も、ハーバード医科大学で研究フェローを務めており、エリック・スワンソン氏とともにOCTの発明に直接貢献した。1991年に科学誌『サイエンス』に発表されたOCTの最初の論文は、1万5000回以上引用されている。他の研究グループや企業もフェムト秒レーザーを開発し、今日では眼科で利用されている」

「私はMITのリンカーン研究所でコンサルティングをしていたころ、光通信の専門家であるエリック・スワンソン氏も同じ研究グループに所属していた。スワンソン氏は、生物医学研究に関心があり、その影響力を信じて私たちと協力してくれた。彼は実験を行い、最初の臨床用OCT装置を設計し、余暇にその装置を作り上げた。スワンソン氏、プリアフィト博士、そして私は眼科用OCTを商業化するためにAdvanced Ophthalmic Devices社を共同設立した」

「プリアフィト博士とシューマン博士は糖尿病性網膜症や加齢黄斑変性、緑内障におけるOCTの最初の研究を主導し、ニューイングランド眼科センターで5000人以上の患者を対象に画像撮影を行った。これらの研究は眼科におけるOCTの応用を明確化する助けとなった。そして市販のZeiss社製眼科機器で10年以上使用されてきた検査プロトコルや解析方法を導入できた」

「ハーバード医科大学の心臓専門医であるマーク・ブレジンスキ博士(MD・PhD)はサイエンス誌に掲載された私たちの論文を見て、私たちのグループと共同研究を希望してくれた。初めて会った際にはすでに資金を調達し、研究計画も立てていた。ブレジンスキ博士は心臓病学だけでなく、がん学、神経学、手術ガイド、発生生物学などの多くの分野でOCTの最初の研究を主導した。スワンソン氏とブレジンスキ博士、私の三人は共同でLightLab Imaging社を設立し、血管内イメージングのためのOCTを開発した」

「なお、スワンソン氏は眼科と心臓病学分野での最初の二つのOCT企業の共同設立に加えて、Sycamore Networks社とAcadia Communications社も設立し、両社とも株式公開して数十億ドルの時価総額を達成したことも特筆すべき点だ。産業界からの投資も、臨床の場で広く利用できるようにするために重要な役割を果たした。また眼科の医薬品や心臓病学の治療法の開発も重要だった。OCTは診断技術であり、治療法がなければ診断技術の価値は大きく減少してしまう」

ー医療機器は装置ができてから症例が溜まるまで時間がかかる。これをどのように支えたのか。90年代に資金調達ができるCFOはいたのか。
 「Advanced Ophthalmic Devicesは、エリック・スワンソン博士、カーメン・プリアフィト博士、そして私によって共同設立された。この会社はHumphrey Zeissに買収された。社長のジョン・ムーア氏は先見の明があり、眼科用OCTの開発にかかる多額の費用とリスクを受け入れてくれた。OCTはそれまで不可能だった解像度で網膜画像を生成できた。ただ眼科の診断や治療に用いた前例はなかった。臨床分野のリーダーたちはOCTを使用したものの、眼科全体に広く普及したかというと、約10年にわたり非常に限定的な結果になった。そうした中、加齢黄斑変性症に対する抗血管内皮増殖因子(VEGF)療法の登場で状況が変わった。抗VEGF療法は患者ケアにとって劇的な進歩であると同時にOCTを普及させた。OCTは治療への反応を検出し、再治療が必要か判断するために利用された。医療経済効果の研究によると、OCTの治療ガイダンスにより数十億ドルのコスト削減が達成された。現在、加齢黄斑変性症や糖尿病網膜症には複数の治療法が存在する。OCTは治療管理だけでなく、新薬開発にも重要な役割を果たしている」

ー診断技術と治療法をセットで開発すればいいのか。
 「OCTの場合は前例がないということが深刻な問題になった。OCTで診断や治療管理できるのかと眼科医界からの抵抗もあった。抗VEGF療法が開発されてから変わり、加齢黄斑変性症や糖尿病網膜症、緑内障の診断と治療管理に広がった。スタートアップではなく、Zeissという大企業が販売しても、長く利益の出ない状態が続いた。診断機器の会社経営者にはビジョンとコミットメントが求められる」

「LightLab Imagingはエリック・スワンソン博士とマーク・ブレジンスキー博士と私の三人とZeissとのジョイントベンチャーとして設立された。この会社は光ファイバーカテーテルを用いて冠動脈を撮影する血管内OCTを開発した。OCTは血管内超音波(IVUS)よりも高い解像度で心臓発作に関わる不安定プラークやプラーク浸食を特定できた。この会社は日本の循環器系企業であるGoodman Limitedに買収され、その後St. JudeやAbbottに買収された。経皮的冠動脈形成術(PCI)とそのOCTガイダンスは、治療成績を向上させ、重大な有害心血管イベントのリスクを軽減させることが示されている」

ー医工連携には医学博士と工学博士の両方を持つ人材が重要になる。大学研究室と医療系ベンチャーの間を行き来しながらキャリアを積むものだが、戦略的に育成することは可能か。
 「ハーバード大学とMITにはMD・PhDや医用工学・医用物理学プログラムがあり、学生に科学と工学、臨床医学を教育している。米国の多くの大学や医科大学も、臨床医学における工学と基礎科学の役割の増大を認識して、同様のジョイントプログラムを提供している。臨床医学と科学研究の教育は大きく異なる。それぞれの目的や方法、思考プロセスを学ばねばならない」

「一方で、大学には優れたプログラムがすでに存在していて、学んだ人は成功する可能性が高い。社会への貢献や進展を促すには幼稚園や小学校、中学校での科学や技術、工学、数学、文学、芸術も含めて教育を改善することが最も重要だと考える。世界には多くの優秀で才能ある学生がいるが、若いころに機会を得られず、そのために潜在能力を最大限に発揮できていない。これは社会にとって非常に大きな損失だ」

ー医工連携のような融合分野に挑む若者にアドバイスを。
 「成功への近道というものは存在しないと思う。成功は多くの要素の組み合わせになる。一つ目の要素は努力だ。自分の仕事に興味を持ち、スキルと技術を磨くために時間をかける必要がある。これは音楽の練習に似ている。創造的なレベルで何かを成し遂げるためには、芸術でも科学でもコミットメントが必要になる。高度な専門性を身に着けるには科学や技術、医学、社会、いずれも何年も集中してトレーニングする必要がある」

「二つ目の要素は、できる限り良い環境で働くことだ。専門家である同僚や協力者を見つけ、彼らの尊敬を勝ち取ってほしい。トレーニングによって視野が制限され、現実に対して狭い見方をしてしまうことがある。仲間のアドバイスや方法に注意を払い、より広い視野を育むことが大切になる。学生であれば異なる背景や経験を持つ人々と一緒に働くことが特に重要になる」

「科学と工学の進歩は非常に大きく、今では一人の人間が過去の科学者が持っていた知識の深さと幅を持つことはほとんど不可能になっている。知識の限界を広げ、医療を進歩させ、新たな経済的機会を創出し、あるいは社会にポジティブな貢献をするためには、多分野にわたるチームで働くことがますます必要になっている」

「最後に、人々はしばしば目新しさと発明を求める。私はこの視点は狭過ぎると思う。目新しさと発明は重要な役割を果たす。しかし、一連の持続的な漸進的な進歩も、慎重に選択され十分に迅速に実行されれば、強力な変革効果を与えることができる」

ー日本も米国のようなベンチャーエコシステム(競業の生態系)を作りたいと政策を走らせてきた。助言を。
 「一つ目はインキュベーターを作ることが重要だろう。研究開発やエンジニアリング、生産、マーケティングの人材を結び付ける場になる。ベンチャーキャピタルが起業家精神を持つ若者やスタートアップとつながる場となる。二つ目は教育と人材育成だ。幼稚園から高校生にいたるまでの教育を通して、テクノロジーやビジネスへの関心や洞察力を身に付けることが重要だ。日本は特定領域に傾注して投資を集中してきたのだと思う。政策的に重要な領域で計画を作り、リソースを割り当てる。ただリソースを集中する戦略には限界がある。より一般的な教育やインフラ、幅広い技術、インキュベーターを育てる方が柔軟性がある。そして人への投資が極めて重要だ。彼ら・彼女らが、新しい技術や産業を作る」

ー現在狙っているブレークスルーはなにか。その社会的インパクトはなにか。
 「将来、OCTと網膜画像診断は、かかりつけ医の診療所や薬局でロボットによって実施されるようになると考えている。人工知能(AI)と組み合わせることで加齢黄斑変性や糖尿病網膜症、緑内障など視力障害を引き起こす病気だけでなく、心血管疾患や心臓発作や脳卒中のリスク、神経疾患も検出できる可能性がある。患者が不可逆的な視力喪失や深刻な病気が発生する前に治療を受けられれば、公衆衛生や生活の質に大きな影響を与えられるだろう。ただし、これを実現するには政府や医療提供者、企業による大規模な投資と開発が必要になる」

「我々の研究グループでは眼科や消化器科における次世代OCTの研究を続けるとともに、がん手術のガイダンスのための非線形顕微鏡(NLM)の開発にも取り組んでいる。OCTは多くの医療分野に適用されているが、がんの検出に重要な細胞の核を見ることができないという制約がある。NLMはOCTを補完するイメージング技術になる。撮像できる深さはOCTよりも限られるが、細胞の核を観察できる。NLMによって病理医は手術標本や生検標本をリアルタイムで評価できるようになる。従来の組織病理学のような時間のかかる処理は要らない。特に乳がんの腫瘍摘出手術や前立腺がんの前立腺摘出術では手術ガイダンスが重要になる。乳がんは再手術、前立腺切除は完全除去すると尿失禁や性機能障害のリスクがある。NLMは多くの手術で治療成果を向上させる。私はこの可能性を信じている。ただし、この目標を実現するためには複数のグループによる研究と企業による投資と開発が必要になる」

日刊工業新聞 2024年11月21日記事に加筆
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
日本のイノベーション政策では米国を参考にしてきた。現在も米MITを日本に誘致する構想が動いている。OCTの歴史をたどると、かのエコシステムは国が設計して作れるものではないと思えてしまう。それでも個人は戦える。融合領域に挑戦し、投資を獲得してチームで挑む。その最適地は必ずしも日本ではないが、戦い方は学べる。(小寺貴之)

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