「VTuber」はどこへ向かう? 急成長の背景とIPビジネスの可能性
幅広い視野の獲得に役立つ書籍をビジネスパーソン向けに厳選し、10分で読めるダイジェストにして配信する「SERENDIP(セレンディップ)」。この連載では、SERENDIP編集部が、とくにニュースイッチ読者にお勧めする書籍をご紹介しています。
「VTuber」とは何か? どこからきたのか?
「VTuber」と聞いてすぐにピンとくるだろうか。「Virtual YouTuber」のことで、ざっくり言うと、3DCGキャラクターに扮して実況動画を配信する人のことだ。2016年にキズナアイがYouTubeに最初の動画を投稿して、「バーチャルユーチューバー」と名乗ったのが始まりとされる。日本発のコンテンツであり、まだ誕生して8年しか経っていない。
当初、海のものとも山のものともつかなかった「VTuber」だが、いまや世界から注目を集める。ある調査会社によれば、世界のVTuberの市場規模は2028年に174億ドル(約2兆4800億円)を見込む。これは21年比10倍超といい、急成長市場であることがわかる。VTuberの数もすでに数万人にのぼり、フォロワーが100万人以上のVTuberだけでも70人超。彼らは、人気YouTuberと同じように、強力なインフルエンサーでもある。
なぜ今、VTuberは注目されているのか。いや、その前に、VTuberとはどのようなもので、実態はどうで、どこへ向かっていくのか――。そんな問いに迫るのが、『VTuber学』(岩波書店)だ。VTuberについてまったく知らない人から、どっぷり浸かっている玄人までを対象に、多角的に知り、学び、考える材料を提供する。
編著者の岡本健さんは、近畿大学総合社会学部/情報学研究所教授。VTuber「ゾンビ先生」の中の人でもある。山野弘樹さんは、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程在籍。吉川慧さんは文化ジャーナリストだ。編著者のほか、13人の業界関係者が執筆を担当している。
技術の進化と低価格化が飛躍の背景
VTuberは、定義さえもまだ決まったものがない。この本のユニークなところは、明確な説明が難しいVTuberについて、歴史やビジネスモデルの解説、エンターテイメント性、どのように調査・研究していくべきか、文化的背景、「いかなる存在なのか」「実在するといえるのか」といった哲学的な視点まで、さまざまな角度から論を展開する点だろう。既存の学問の枠におさまらない、まさに新学問としての「VTuber学」の本だ。
誕生から8年が経ち、VTuberの経済圏や文化圏は、十分な広がりを見せている。そのスピードの背景には、技術の進化と低価格化があるようだ。
VTuberのキャラクターのリアルな動きを実現しているのは、人の動きをデジタルデータとして記録し、それをコンピュータで再現する「モーションキャプチャー」の技術である。これは、センサーやカメラ、データ処理など高度な技術の集積だ。少し前までは、機器を導入して運用すれば数千万~数億円、専用スタジオを借りても一回数十万~数百万円がかかるという世界で、映画やゲームのムービーシーンに活用される、大掛かりなものだった。
しかし、これらの技術の低価格化が進んだ。2012年にマイクロソフトがPC向けに発売したジェスチャー入力機器「Kinect」は約2万5000円。VRシステムも10万円前後で導入できるようになった。また同時に、YouTubeをはじめとする動画配信市場が成長したことで、一般人がコンテンツを発信し、視聴者がスマートフォンやPCで視聴するという行動が定着した。3Dよりコストを抑えられるLive2Dなどの普及もあり、技術的な知識がそれほどなくても、スマートフォンで手軽にVTuberの活動ができるようにもなった。
スマホの普及がSNSユーザーの裾野を広げたように、モーションキャプチャーなどプロ用機器が身近になったことが、VTuberの躍進を推し進めたといえるのだろう。
技術進化は、今後も続く。ChatGPTのAPIを使って短時間で対話型AIをVTuberに実装することができるようにもなった。今後、VTuber界がどのように進化し、変容していくのか、楽しみでもある。
「VTuber」企業のビジネスモデルとIPの可能性
VTuber市場の直近の賑わいを象徴するのは、「にじさんじ」などを運営するANYCOLOR株式会社(2022年東証グロース市場)と、「ホロライブプロダクション」などを運営するカバー株式会社(2023年同市場)の上場だろう。両社とも、直近の売上高は300億円をこえる。
これらの企業の売上は、主に(1)プラットフォーム、(2)グッズ・楽曲・音声コンテンツなどのコマース、(3)イベント・ライブ、(4)プロモーション・ライセンス・タイアップに分けられる。
著者の吉川慧さんによると、YouTuberのビジネスは売上の主軸が、配信や動画の視聴による広告・マーケティング収益であるのに対し、VTuber事業はIP(知的財産)を活かしたコマース・マーチャンダイジングやライセンスが売上のメインとなっている。
IPビジネスといえば、先行するアニメやゲームの分野において多角化、グローバル展開、協業やコラボレーションなど収益の多様化が取り組まれている。VTuberも同様に、さまざまな可能性が広がっているといえるだろう。実際、VTuberの周央サンゴが志摩スペイン村とコラボしたイベントでは、前年比約1.9倍の客が訪れるなど成功例が生まれている。
本書には、元祖VTuberキズナアイの生みの親であるActiv8代表取締役の大阪武史さんや、カバーCEOの谷郷元昭さんらのインタビューも掲載される。彼らが、ゼロからVTuberを生み出しビジネスにしていった過程は、起業や新規事業開発の視点からも参考になりそうだ。
VTuberは、今後ますます存在感を増し、さまざまな業界とのコラボも進むに違いない。その経済圏・文化圏全体を、まずは本書で概観してみてはどうだろうか。(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)
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『VTuber学』
岡本 健/山野 弘樹/吉川 慧 編 著
岩波書店
348p 3,740円(税込)