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「VTuber」はどこへ向かう? 急成長の背景とIPビジネスの可能性

<情報工場 「読学」のススメ#133>『Vtuber学』(岡本 健/山野 弘樹/吉川 慧 編著)
幅広い視野の獲得に役立つ書籍をビジネスパーソン向けに厳選し、10分で読めるダイジェストにして配信する「SERENDIP(セレンディップ)」。この連載では、SERENDIP編集部が、とくにニュースイッチ読者にお勧めする書籍をご紹介しています。

「VTuber」とは何か? どこからきたのか?

 「VTuber」と聞いてすぐにピンとくるだろうか。「Virtual YouTuber」のことで、ざっくり言うと、3DCGキャラクターに扮して実況動画を配信する人のことだ。2016年にキズナアイがYouTubeに最初の動画を投稿して、「バーチャルユーチューバー」と名乗ったのが始まりとされる。日本発のコンテンツであり、まだ誕生して8年しか経っていない。

当初、海のものとも山のものともつかなかった「VTuber」だが、いまや世界から注目を集める。ある調査会社によれば、世界のVTuberの市場規模は2028年に174億ドル(約2兆4800億円)を見込む。これは21年比10倍超といい、急成長市場であることがわかる。VTuberの数もすでに数万人にのぼり、フォロワーが100万人以上のVTuberだけでも70人超。彼らは、人気YouTuberと同じように、強力なインフルエンサーでもある。

なぜ今、VTuberは注目されているのか。いや、その前に、VTuberとはどのようなもので、実態はどうで、どこへ向かっていくのか――。そんな問いに迫るのが、『VTuber学』(岩波書店)だ。VTuberについてまったく知らない人から、どっぷり浸かっている玄人までを対象に、多角的に知り、学び、考える材料を提供する。

編著者の岡本健さんは、近畿大学総合社会学部/情報学研究所教授。VTuber「ゾンビ先生」の中の人でもある。山野弘樹さんは、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程在籍。吉川慧さんは文化ジャーナリストだ。編著者のほか、13人の業界関係者が執筆を担当している。

技術の進化と低価格化が飛躍の背景

VTuberは、定義さえもまだ決まったものがない。この本のユニークなところは、明確な説明が難しいVTuberについて、歴史やビジネスモデルの解説、エンターテイメント性、どのように調査・研究していくべきか、文化的背景、「いかなる存在なのか」「実在するといえるのか」といった哲学的な視点まで、さまざまな角度から論を展開する点だろう。既存の学問の枠におさまらない、まさに新学問としての「VTuber学」の本だ。

誕生から8年が経ち、VTuberの経済圏や文化圏は、十分な広がりを見せている。そのスピードの背景には、技術の進化と低価格化があるようだ。

VTuberのキャラクターのリアルな動きを実現しているのは、人の動きをデジタルデータとして記録し、それをコンピュータで再現する「モーションキャプチャー」の技術である。これは、センサーやカメラ、データ処理など高度な技術の集積だ。少し前までは、機器を導入して運用すれば数千万~数億円、専用スタジオを借りても一回数十万~数百万円がかかるという世界で、映画やゲームのムービーシーンに活用される、大掛かりなものだった。

しかし、これらの技術の低価格化が進んだ。2012年にマイクロソフトがPC向けに発売したジェスチャー入力機器「Kinect」は約2万5000円。VRシステムも10万円前後で導入できるようになった。また同時に、YouTubeをはじめとする動画配信市場が成長したことで、一般人がコンテンツを発信し、視聴者がスマートフォンやPCで視聴するという行動が定着した。3Dよりコストを抑えられるLive2Dなどの普及もあり、技術的な知識がそれほどなくても、スマートフォンで手軽にVTuberの活動ができるようにもなった。

スマホの普及がSNSユーザーの裾野を広げたように、モーションキャプチャーなどプロ用機器が身近になったことが、VTuberの躍進を推し進めたといえるのだろう。

技術進化は、今後も続く。ChatGPTのAPIを使って短時間で対話型AIをVTuberに実装することができるようにもなった。今後、VTuber界がどのように進化し、変容していくのか、楽しみでもある。

「VTuber」企業のビジネスモデルとIPの可能性

VTuber市場の直近の賑わいを象徴するのは、「にじさんじ」などを運営するANYCOLOR株式会社(2022年東証グロース市場)と、「ホロライブプロダクション」などを運営するカバー株式会社(2023年同市場)の上場だろう。両社とも、直近の売上高は300億円をこえる。

これらの企業の売上は、主に(1)プラットフォーム、(2)グッズ・楽曲・音声コンテンツなどのコマース、(3)イベント・ライブ、(4)プロモーション・ライセンス・タイアップに分けられる。

著者の吉川慧さんによると、YouTuberのビジネスは売上の主軸が、配信や動画の視聴による広告・マーケティング収益であるのに対し、VTuber事業はIP(知的財産)を活かしたコマース・マーチャンダイジングやライセンスが売上のメインとなっている。

IPビジネスといえば、先行するアニメやゲームの分野において多角化、グローバル展開、協業やコラボレーションなど収益の多様化が取り組まれている。VTuberも同様に、さまざまな可能性が広がっているといえるだろう。実際、VTuberの周央サンゴが志摩スペイン村とコラボしたイベントでは、前年比約1.9倍の客が訪れるなど成功例が生まれている。

本書には、元祖VTuberキズナアイの生みの親であるActiv8代表取締役の大阪武史さんや、カバーCEOの谷郷元昭さんらのインタビューも掲載される。彼らが、ゼロからVTuberを生み出しビジネスにしていった過程は、起業や新規事業開発の視点からも参考になりそうだ。

VTuberは、今後ますます存在感を増し、さまざまな業界とのコラボも進むに違いない。その経済圏・文化圏全体を、まずは本書で概観してみてはどうだろうか。(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)

SERENDIPサービスについて:https://www.serendip.site/

『VTuber学』
岡本 健/山野 弘樹/吉川 慧 編 著
岩波書店
348p 3,740円(税込)
吉川清史
吉川清史 Yoshikawa Kiyoshi 情報工場 チーフエディター
VTuberは、日本がこれまで培ってきたサブカルコンテンツ文化が集約されたものともいえそうだ。漫画やアニメ、ゲーム、コスプレ、アイドルといった、世界にも通用する独自の文化だ。さらに、匿名での発信を好む国民性も、VTuberが増える一因になったと思われる。IT・デジタル分野の技術では一歩遅れた感のある日本だが、その技術を活用したエンターテイメントコンテンツの分野では世界をリードする実力とポテンシャルがあるようだ。先端技術と日本のサブカルがどのように結合、融合していくのか、注視していきたい。

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