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OpenAI躍進の背景にある人間ドラマと未来の課題、ノーベル賞受賞技術からChatGPTまで

<情報工場 「読学」のススメ#132>『イーロン・マスクを超える男 サム・アルトマン』(小林 雅一 著)
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ノーベル物理学賞で評価された人工ニューラルネットワーク

2024年のノーベル物理学賞受賞者が発表された。米プリンストン大学のジョン・ホップフィールド名誉教授とカナダ・トロント大学のジェフリー・ヒントン名誉教授で、「人工ニューラルネットワークによる機械学習を可能にする、基礎的な発見と発明」の業績が評価された。

人工ニューラルネットワーク(以下、ニューラルネットワーク)は、人間の脳の神経回路を模倣した人工知能(AI)の一種だ。大量のデータを使って学習し、パターンを認識して予測や分類を行う。このニューラルネットワークが、話題のChatGPTのような生成AIの登場につながった。

ヒントン教授らの功績からChatGPTの登場までには、さまざまな技術的ブレークスルーがあり、企業間の覇権争い、権力闘争といった人間ドラマがあった。またAIの進化には今後も、技術面だけでなく、著作権や倫理などさまざまな観点から難しい課題が突きつけられ続ける。

こうしたAIをめぐる歴史やドラマ、課題などを、ChatGPTを開発したOpenAIとその創業者の一人、サム・アルトマンを中心に描くのが『イーロン・マスクを超える男 サム・アルトマン』(朝日新聞出版)だ。日本のメディアでは目にすることの少ない関係者の発言やSNSの投稿などを丹念に拾い、アルトマンの人物像に迫ると共に、最先端のAIにまつわる課題を浮き彫りにする。

著者の小林雅一さんはKDDI総合研究所リサーチフェロー。情報セキュリティ大学院大学客員准教授も務め、『AIの衝撃――人工知能は人類の敵か』(講談社現代新書)など著書も多い。

創業からChatGPTリリースまでわずか7年

プロローグで綴られる「OpenAI前史」の主役は、「AI界のゴッドファーザー」と呼ばれるヒントン教授だ。1947年、英ロンドン生まれ。78年に博士号を取った段階では、ニューラルネットワークはマイナーなテーマだったという。英国にはスポンサーになってくれる大学が見当たらず、彼はカナダに渡って研究を続けた。

2000年代に入って以降、ヒントン教授は、米エヌビディアのGPU(グラフィックス処理ユニット)とCUDA(並列計算用ソフト)を組み合わせて使うと、ニューラルネットの処理能力が飛躍的に高まることを発見し、大学院生らにエヌビディア製のGPUを推奨していたという。エヌビディアといえば、直近の生成AIブームによって今年6月には時価総額ランキング世界一となった半導体企業だが、AIの進化を20年以上に渡って支え続けてきたのだ。

さて、メインのアルトマンは、1985年4月に米イリノイ州シカゴのユダヤ系家庭に、4人兄妹の長男として生まれた。8歳の誕生日にマッキントッシュ(アップルが1992年に発売したMac LCII)をプレゼントされ、幼少期にそれを分解までして、操作方法や内部機構まで熟知したという。「SFに夢中になっていたナーディ(オタク気質)な少年」という当時の自身に対する評価も小林さんは紹介する。2005年にはスタンフォード大学を中退し、スタートアップを立ち上げるなどして巨万の富を蓄えた。典型的なシリコンバレーの成功物語だ。

彼がAGI(Artificial General Intellifence:汎用人工知能)の実現に動き出すのは2015年、30歳目前のときである。AGIとは、人類と同等かそれをしのぐほどの汎用的な知能を備えたスーパーAIのこと。アルトマンは、かのイーロン・マスクを誘い、一緒にOpenAIを立ち上げる。

研究は、アパートの一室で優秀なAI研究者たちが集まり、何をしていいかわからずに途方に暮れるところから始まったという。約2年間にわたってこれといった成果を出せない間に、マスクはOpenAIを離れていく。

しかし、最初は使い物にならなかった言語モデルは、「トランスフォーマー」と呼ばれるニューラルネットの「自己注意機構」という仕組みを突破口に急速に進化する。マイクロソフトのサティア・ナデラにAIの実力を認めさせ、その性能でビル・ゲイツを絶句させるあたりでは、開発者らの快哉が聞こえてきそうだ。

2020年の「GPT-3」の限定公開から2年を経て、2022年にChatGPTが一般ユーザーに公開された。利用者は世界中で急増。OpenAIの創業からChatGPTの公開までにかかった時間がわずか7年というスピード感に、10年後はどうなっているのかと、今後のAIの進化がそら恐ろしく感じられる。

AIをとりまく人間模様と未来への課題

マスクとアルトマンとの確執、また優秀な人材の争奪戦といった人間ドラマの豊富なエピソードは、この本の読みどころだろう。グーグル、フェイスブック、OpenAI、同社と袂を分かったアンソロピック、マスクが立ち上げたxAIといったAIの先進企業は激しい人材争奪戦を繰り広げているようだ。

また、AIが孕む多くの課題にも、この本は触れている。とくに、AIが将来的に人類を破滅に追い込む脅威になるか、ならないかというテーマは、AI技術者・研究者らを二分する大きな問題のようだ。一般人にはなかなか想像しがたいが、AIが核兵器に匹敵する脅威になる可能性を、少なくないAI研究者らが懸念しているという。

著作権をはじめ、法的なグレーゾーンもいまだ広い。さらに、AIの行動原理や価値観をどう定めるのかという課題も重い。AIはどんどん学習するが、では、AIが身に付けるべき倫理や価値観は何に基づくべきなのか。AIに教えるべき「人類共通の価値観」はあるのか。ないのならば、どこの誰の価値観を優先して教えるべきなのか――。私たちは、ChatGPTを「便利だ」と無邪気に使っているだけでいいのかと、思わず考え込んでしまう。

アルフレッド・ノーベルは、自らの発明した技術が軍事利用されることに葛藤を抱き、平和利用されることを願って賞を創設したとされる。その賞が、AIに関連する発見と発明に贈られることは示唆的だ。ノーベル賞を機にこの本を開き、AIの未来を考える機会にするのはいかがだろうか。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)

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『イーロン・マスクを超える男 サム・アルトマン』
-なぜ、わずか7年で奇跡の対話型AIを開発できたのか
小林 雅一 著
朝日新聞出版
288p 1,980円(税込)
情報工場 「読学」のススメ#132
吉川清史
吉川清史 Yoshikawa Kiyoshi 情報工場 チーフエディター
2024年10月13日付の「クーリエ・ジャポン」に、5年前にAppleのCDO(最高デザイン責任者)を退いたジョナサン・アイブ氏の、「ニューヨーク・タイムズ」によるインタビューが掲載されていた。それによると、アイブ氏は2023年に、AirbnbのCEOの紹介で、サム・アルトマン氏に会い、共同でAIを搭載した新デバイスを開発することにしたそうだ。これが実現した暁には、皮肉にもアイブ氏がかつてデザインしたiPhoneと競合することになるかもしれない。あるいは、古巣のAppleとの協働の可能性もゼロではない。いずれにせよ、生成AIをめぐっては、群雄割拠か、業界再編のような動きもありそうで、予測不可能な状況がしばらく続くのではないか。

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