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物理学・化学賞でAI研究が受賞、ノーベル賞にとっても大きな一歩

2024年ノーベル賞の自然科学3賞が出そろった。物理学賞と化学賞で人工知能(AI)研究を選び、さまざまな科学分野にAIが浸透し、研究活動そのものを革新したことを評価している。ノーベル賞はアルフレッド・ノーベルの遺言にある伝統的な3分野に対して、AIなどの新興科学をいかに取り込むかが課題だった。AI研究の2賞同時授賞はノーベル賞にとっても大きな一歩になった。(飯田真美子、小寺貴之)

生理学・医学賞/マイクロRNA 遺伝子制御の機能解明

24年のノーベル生理学・医学賞は、マイクロRNAを発見して機能解明した米マサチューセッツ大学のビクター・アンブロス教授と米ハーバード大学のゲイリー・ラブカン教授に贈られる。リボ核酸(RNA)が研究で広く使われていた中で20―25塩基からなる微小なRNAを見つけ出し、小さいながらに遺伝子を制御する機能を持つことを明らかにした。成熟した研究分野に新たなメスを入れた成果が評価された。

線虫からマイクロRNA「lin―4」を1993年に発見。短鎖だからといって機能がないわけではなく、標的となるlin―14メッセンジャーRNA(mRNA)に結合してたんぱく質の合成を抑制することを見いだした。2000年には動物界全体で保存されているマイクロRNAを見つけ、生化学で重要な物質であることが示された。

両氏が初めてマイクロRNAを発見してから30年以上がたった現在では、ヒトのマイクロRNAは2000種類以上が特定された。さらに多くの遺伝子発現を制御し、細胞増殖や細胞死といった多くの生化学的なプロセスに関わっていることが分かってきた。一方で、マイクロRNAの発現異常ががんや脳神経疾患などの病気に関連することも明らかになっている。こうした病気の診断や治療への応用にもマイクロRNAが活用できると期待されている。

物理学賞/人工ニューラルネットワーク 応用研究の出発点作る

「機械学習は物理学ではない。計算科学には計算科学の賞がある」―。人工ニューラルネットワーク研究への物理学賞授賞が発表されるとネットでは批判的なコメントが相次いだ。深層学習はその原理を含めて未解明な部分が多い。複雑な現象からシンプルな法則を見いだして世界を記述するという物理学者の美学とは対極的なアプローチではある。

ただ物理学自体がAIで目覚ましい進歩を遂げている。スウェーデン王立科学アカデミーはノーベル賞を受賞してきた諸分野で強力な研究ツールになっていることを選定理由に挙げた。量子力学の多体問題や物質の特性予測、南極のニュートリノ検出器「アイスキューブ」やブラックホール観測のデータ解析にも機械学習が使われていると強調する。

受賞する米プリンストン大学のジョン・ホップフィールド博士とカナダのトロント大学のジェフリー・ヒントン名誉教授は1980年代にニューラルネットワークの基礎を作った。ヒントン氏は2010年代の深層学習、20年代の生成モデルの成功の立役者といえる。2氏が物理学への応用研究を進めたわけではないが、その出発点を作った。伝統科学と新興科学が融合し、科学そのものを次の段階に進めている。

化学賞/たんぱく質の立体構造予測 狙い通りの設計可能に

化学賞は計算生物学とAIの研究者に贈られる。どちらもコンピューターでたんぱく質の立体構造を予測する技術だ。アミノ酸配列からたんぱく質の形が分かれば、狙って機能を設計できるようになる。欲しい機能のたんぱく質ができるまで実験を繰り返すよりも効率的になる。

計算生物学分野からは米ワシントン大学のデビッド・ベーカー教授が選ばれた。同氏はアミノ酸の鎖が折り畳まれる際の法則を駆使して立体構造を予測する。このシミュレーションを使ってたんぱく質の立体構造を設計し、微生物に作らせると狙い通りのたんぱく質が得られた。03年に自然界にないたんぱく質を生み出したと発表した。アミノ酸の数は93個と多くはないが、機能を備えるには十分な大きさだった。

英グーグル・ディープマインドのデミス・ハサビス最高経営責任者(CEO)とジョン・ジャンパー博士は既知の実験データから立体構造を予測した。従来の計算生物学の手法では予測精度は40%程度だったが、深層学習を駆使して90%に飛躍させた。既知の実験データにも誤差があるため、実験と計算が同等のレベルになった。

たんぱく質は2億個見つかっているが、立体構造が分かっているのは20万個にとどまる。ハサビス氏らは2億個をほぼすべて計算し、AIモデル「アルファフォールド」を公開した。現在は200万人以上が利用している。巨大なたんぱく質も予測し、設計できるようになった。研究者にとってはゴールドラッシュが起きている。

日刊工業新聞 2024年10月11日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
物理と化学を担当しました。国内でAIデータ駆動科学やAIロボット駆動科学について研究者が発信しても、のれんに腕押しの感覚はあったと思います。データ解析にAI的な要素を使わないことなんてほとんどないので何が新しいのか、むしろデータ解析のノウハウさえブラックボックスに委ねることになるんじゃないのか、AIを使うのは当然として地頭を鍛えろと怒られたりします。派手に発信すると、将来、AIやロボットが科学者になると受けとめられたりします。なんとも難しいです。今回、ノーベル賞がAIで科学のパラダイムが変わったと発信してくれたので広く認知されることになると思います。ノーベル賞関連の記事自体はAIブームや囲碁の話が多いですが、取材テーマとして認められ深掘りされていくと思います。すでに諸科学の中で新しい手法が生まれて広がっていて、深層学習さえわかればどうにかなる感じではなくなりました。その分野ごとにどの手法が使えて、どこで競争原理が変わるのか、実験や計測、計算、データ、モデルなど、それぞれ見ていかないといけません。こんなの難しすぎてAIにお願いしたいと切実に思います。

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