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“厄介者”乳牛のふん尿が地域活性化…北海道・十勝で起こす「エネルギー革命」

“厄介者”乳牛のふん尿が地域活性化…北海道・十勝で起こす「エネルギー革命」

乳牛たちがエネルギー革命の立役者に(サンエイ牧場の乳牛)

北海道の十勝地方は、エネルギーの一大供給基地となる可能性を秘めている。現地で盛んな酪農から出る乳牛のふん尿が国産エネルギーとなり、脱炭素に貢献するからだ。悪臭を放つため厄介者とされてきたふん尿だが、エネルギー革命を起こそうとしている。(編集委員・松木喬)

バイオメタンを燃料に エア・ウォーターが液化

十勝地方の南部、大樹町に北海道の中でも大規模なサンエイ牧場がある。約2500頭の乳牛が飼育されており、牛舎は奥が見えないほど広い。

ふん尿の排出量も多い。重機でふん尿を集め、地下ピットで保管。順次、地上にある発酵槽に送る。発酵槽内部ではふん尿に生息する菌の働きで発酵が進み、バイオガスが発生している。

そのバイオガスの成分はメタンと二酸化炭素(CO2)が大部分で、少量の硫化水素が含まれる。サンエイ牧場では硫化水素を取り除いた「バイオガス」を発電やボイラの燃料に使っている。発酵後のふん尿は肥料としても利用している。

道内では、ふん尿の臭気対策として発酵設備を導入する酪農家が多い。固定価格買い取り制度(FIT)を使って売電を始める酪農家も増えた。だが、電力系統に電気を受け入れる余力がなくなり、新設が難しくなった。

その課題解決に乗り出したのがエア・ウォーターだ。同社バイオメタンチームの大坪雛子氏は「FITによる売電期間は20年で終わる。新たな選択肢として当社が買い取る提案を始めた」と経緯を説明する。

サンエイ牧場の発酵設備の脇には、タンクを搭載した車両が横付けされている。エア・ウォーターがバイオガスからCO2も除去した「バイオメタン」を購入し、タンクに詰めているのだ。

液化バイオメタンを製造するエア・ウォーターのセンター工場(帯広市内)

満杯になったタンクは、帯広市内の同社センター工場に運ばれる。ここで気体のバイオメタンを冷却し、液体にする。LNG(液化天然ガス)ならぬ「LBM(液化バイオメタン)」だ。気体の600分の1に圧縮でき、輸送効率が上がる。LNGを燃料とする設備をそのまま活用できるのもメリット。ボイラやトラック、船舶で代替燃料として使える。センター工場は年360トンのLBMを生産できる。

LBMはLNGと比べ熱量が10%ほど少ない。だが、海外からの輸入に頼るLNGと違い、国産エネルギーだ。CO2排出量も削減できる。乳牛1頭が1年にふん尿を30トン排出すると、年320キログラムのLBMを製造できる。北海道全体の乳牛82万頭のふん尿全量をLBMにすると、道内のLNG消費量の半分を代替できる計算だ。

LBMは高コストがネックだが、地産地消のエネルギーであることが評価され、商用利用が始まった。5月から隣の音更町にある「よつ葉乳業十勝主管工場」がボイラ燃料として活用している。広大な工場敷地内にLNG貯蔵タンクがあり、LBMを注入している。LNGに対し、LBMは4―5%の比率で混合している。

よつ葉乳業は酪農家が生産から流通まで手がける「農民資本の乳業会社」を掲げ、十勝管内の農協が設立した。製品原料の100%が道内産だ。LBMの活用によって工場で使うエネルギーの一部も地産地消にできた。

大樹町のスタートアップ企業、インターステラテクノロジズもロケット燃料としてLBMを使う。帯広市内にあるパナソニックスイッチングテクノロジーズも2025年度から導入すると発表した。

消化液は肥料、排熱で栽培・養殖 グリーン水素供給も

音更町の隣、鹿追町では乳牛ふん由来の水素が生産されている。

鹿追町は2007年、酪農家からふん尿を集めて処理する「中鹿追バイオガスプラント」を稼働させた。1日に乳牛1320頭分に相当する85・8トンのふん尿を発酵できる。製造したバイオガスは発電機の燃料として利用し、600世帯分に当たる1日6000キロワット時を発電している。

町内から集めた牛ふんを貯蔵する(中鹿追バイオマスガスプラント)

当初の売電単価は1キロワット時4―9円だったが、FITによって39円に上がった。23年の発電実績は212万キロワット時。プラント設備で一部を消費し、180万キロワット時を売電して7722万円の収入を得た。稼働直後から売電収入などで施設の維持費を賄っており、町からの予算支援はない。ふん尿の処理をバイオマスエネルギーで完結させている。

プラントは臭気対策として建設した。敷地内に高い壁で囲まれた貯留設備がある。内側には、発酵を終えて殺菌した消化液が入っている。フタをしていないが、悪臭が消えていると分かる。消化液は肥料として地域の農業に還元している。

発電機の運転で生じる熱も有効活用している。発酵槽の保温に使っても熱が余るため、サツマイモやマンゴーの栽培、チョウザメの養殖も始めた。マンゴーを育てるにはハウスの暖房が必要だが、排熱のおかげで燃料費がかからない。それだけでなく、国産マンゴーが出回らなくなる12月に収穫し、付加価値も付けている。鹿追町農業振興課の城石賢一課長は「地域活性化につなげていきたい」と語る。

乳牛ふん尿を発酵させて製造したバイオガスがたまったゴム製の巨大なボール(中鹿追バイオガスプラント)

敷地の奥に進むと白いタンクが見える。エア・ウォーターと鹿島が設置した「しかおい水素ファーム」だ。バイオガスプラントが供給したバイオガスを原料に水素を生産している。家畜ふん尿由来の水素製造は国内初だ。

水素ステーションも併設している。町によると公用車10台、民間13台の燃料電池車(FCV)が利用している。乳牛1頭のふん尿23トンで、FCVが1万キロメートル走行できる水素を生み出せる。

FCV以外にも、燃料電池フォークリフトや定置型燃料電池にも水素を供給している。ただし、水素の消費量は年4万立方メートル弱。ファームは年50万立方メートルの生産能力があるが、水素の需要が少ない。

今後、各地に水素ステーションができれば、グリーン水素を供給できる。燃料電池搭載のトラクターの普及も期待する。農業に関連したエネルギーも地産地消にできるからだ。また、公共施設への定置型燃料電池の設置が増えればCO2削減にとどまらず、停電時にも電気や熱を利用できる。

町では16年、2カ所目となる「瓜幕バイオガスプラント」が稼働した。それでも町内で発生する乳牛ふん尿の3割の処理にとどまる。プラントの増設を目指すが、「建設費が上昇しており、どう賄うかが課題」と悩みを語る。

ふん尿の発酵処理は臭気対策として始まったが、地産地消のエネルギー供給、農業の生産性向上、地域活性化、防災、そして脱炭素化と価値が広がった。コストや需要創出といった課題を乗り越えた先に、エネルギー先進地となった十勝地方がある。

日刊工業新聞 2024年10月04日
松木喬
松木喬 Matsuki Takashi 編集局第二産業部 編集委員
「バイオガス」や「牛ふん発酵」の記事を書くものの、現場を見たことがありませんでした。今回、牛ふんの量、敷地の広さに驚きました。臭い対策にとどまらず化学肥料の削減、防災など、一石四鳥も五鳥もあると分かりました。鹿追町の城石課長からありましたが、牛ふん由来エネルギーの需要をどうつくるのか。どこにいってもこの課題にぶつかります。

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