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PayPayがサービス開始へ…デジタル給与払い始動、決済・送金に新たな選択肢

PayPayがサービス開始へ…デジタル給与払い始動、決済・送金に新たな選択肢

PayPay給与受取の画面イメージ

給与のデジタル払いがいよいよ始まる。厚生労働省から指定を受けた第1号の資金移動業者となるPayPay(ペイペイ)が2024年内に希望するユーザーを対象に給与受け取りのサービスを始める予定。従業員はスマートフォンの決済アプリケーションで給与を受け取れる。キャッシュレス決済の普及や送金手段の多様化を踏まえた新たな選択肢となる。実際の利用がどこまで広がるかが焦点となる。(編集委員・水嶋真人、同・神崎明子、同・川口哲郎)

傘下銀活用、手数料なしに

「支払い手段だったPayPayを、これからはデジタルな財布にしていく」―。柳瀬将良PayPay執行役員金融戦略本部長は、スマホ決済「PayPay」で給与を受け取れるサービス「PayPay給与受取」を年内に始める利点を強調する。

現状、会社員が財布に現金を入れるには、給与受取口座から現金自動預払機(ATM)で引き出さねばならない。だが、PayPay給与受取を利用すれば給与日に会社員のPayPayアカウントに指定額が入金される。柳瀬執行役員は「今までユーザー自らが振り分けていた日常使いする金額をPayPayで自動的に受け取れることが最大の価値になる」と説明する。

給与をPayPayで受け取るには、勤務先がデジタル給与払いに必要な労使協定を締結済みかを確認し、雇用主に同意を申請する必要がある。その上で、PayPayアプリを通じて申し込み作業を実施し、デジタル給与払いに必要な入金用口座番号を勤務先に申請する。PayPayマネーにチャージできる残高の保有上限額は20万円だ。

月1回目の取引の送金手数料は無料。送金先がPayPay銀行の場合、2回目以降も送金手数料は無料だが、同銀以外の金融機関に送金する場合、2回目以降の送金手数料が1回当たり100円かかる。柳瀬執行役員は「PayPay銀行を通じてこの障害を乗り越える」と話す。

具体的には、デジタル給与払いを導入する企業にPayPay銀行の法人口座を開設してもらい、その口座から給与振り込みをすれば振込手数料を実質無料にするプログラムを用意した。

PayPayは18年に国内でいち早くスマホ決済サービスを始めた。8月10日には登録ユーザー数が6500万人を突破し、国内を代表するサービスに育った。デジタル給与払いも国内で先駆けて導入することでPayPay銀行やPayPay証券など自社経済圏を構成するサービス全体の強化につなげる。

PayPay以外でもスマホ決済「楽天ペイ」を持つ楽天グループ傘下の楽天Edy(東京都港区)、「auペイ」を持つKDDI傘下のauペイメント(同)、決済ブランド「COIN+(コインプラス)」を手がけるリクルートMUFGビジネス(同)がデジタル給与払いができる資金移動業者としての申請をしたとみられる。

急速なデジタル化で通信と金融、小売りなどあらゆる業界の融合が進む中、自社経済圏の強化につながるデジタル給与払いサービスの競争も過熱しそうだ。

厚労省、3社審査 相談相次ぐ

デジタル給与払いは23年4月に解禁された。労働基準法では賃金を現金払いが原則と定めるが、労働者が同意した場合は、例外として銀行口座などへの振り込みが認められてきた。今回の解禁により送金や振り込みといった為替取引を行うことができる「資金移動業者」のキャッシュレス口座が新たに加わった。

厚労省では現在、PayPayに続く3社の審査を進めており、要件が満たされれば速やかに指定する方針で、他にも複数の事業者から相談を受けているという。ただ、システムの対応状況や技術的なレベルは必ずしも一様ではなく、指定事業者が一気に増える状況ではなさそうだ。先陣を切ったPayPayでも申請から指定まで1年4カ月を要していることからもうかがえる。

生活に欠かせない賃金が支払われる口座には安全性と確実性が求められる。資金移動業者の指定にあたっては、口座の独立性や破産時の体制、支払い業務を適正かつ確実に行える技術的な能力を備えているかといった要件を課している。

難関の一つが、口座の上限額を100万円以下にする措置。資金給与デジタル払いの口座は、支払いや送金が目的で、預金のためのものではないため、上限額を超えた場合はあらかじめ労働者が指定した銀行口座などに自動的に出金する仕組みを構築しなければならない。また、万が一の破綻時には、6営業日以内に弁済できる体制整備を求めている。これら要件を満たすには、システム間の機能連携や改修を含め、技術的に乗り越えなければならないハードルは少なくない。厚労省賃金課では「スキームを検討している企業は指定申請前でも構わないので相談してほしい」と話している。

銀行、導入企業の拡大注視

当初はデジタル給与の導入がごく少数に限られるとみられ、銀行界への影響は限定的にとどまりそうだ

ビジネスパーソンの給与が振り込まれる銀行口座は、銀行にとって個人顧客と取引する起点になる。デジタルマネーの給与払いが増え、銀行口座の受け取りが減少すれば、銀行ビジネスにも一定の影響が出る可能性がある。ただ当初はデジタル給与の導入がごく少数に限られるとみられ、銀行界への影響は限定的にとどまりそうだ。

企業がデジタル給与払いを導入する場合、その前提として労使協定を結ぶ必要があり、実現までのハードルは高い。ソフトバンクグループが導入の方向で動き出しているとみられるが、導入企業がどこまで広がるかが焦点の一つだ。

ある大手行は「どのくらいの期間でどのように広がるかは未知数だが、(PayPayが)2次元コード決済の普及を爆発的に行ってきた企業であるため、その取り組みは注視している」と警戒感を強めている。

一方でデジタル給与払いの事業環境にも逆風が吹いている。一つが日銀による金利引き上げだ。大和総研の長内智主任研究員は「金利が上がってくる中で、キャッシュレス決済の所に資金を置いておくのは相対的にメリットがない」と指摘する。

ネット銀行の提供によって普及するバンキング・アズ・ア・サービス(BaaS)もデジタル給与と競合する関係だ。JR東日本が自社サービスに誘導するため給与口座に指定すると特典を与えるなど、顧客囲い込みをめぐる競争は激しくなっている。

長期的な視野では、銀行をはじめとした金融機関はデジタル給与払いが普及するシナリオも見据えて事業戦略を練る必要がある。長内氏は「(デジタル給与払いが)銀行口座の預貯金を侵食する『アリの穴』となり、資金流入が細っていく恐れがある。顧客が流出しないような対策も重要になる」と指摘する。

日刊工業新聞 2024年09月17日

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