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“ロボットは3カ月で飽きる”を超えられるか?―介護現場での活用

“ロボットは3カ月で飽きる”を超えられるか?―介護現場での活用

デイサービス施設でペッパーが高齢者をお見送り

 コミュニケーションロボットには「3カ月の壁」がある。最初は物珍しいが「所詮(しょせん)は機械」と飽きられてしまう。原因はロボットが流行や意図をくみ取った雑談ができないことと、ロボットならではの欠かせない機能、使い方がないことだ。そこでロボット各社はユーザー側の認知レベルに合わせ、高齢者施設と、その定番メニューのカラオケを組み合わせた。その結果、ロボットが高齢者のアイドルになった。3カ月の壁を越える挑戦を追った。

受け答えのバリエーション増やすも…


 「これまでギャグや会話など大量の対話コンテンツを作ってきた。だが、完成したそばから飽きられてしまう」―。ペッパーのロボアプリ開発者はこう漏らす。

 ソフトバンクは吉本興業(大阪市中央区)と組み、若手作家らによるチームを編成、ペッパーのコンテンツを量産した。ペッパーがユーザーの声を聞き逃しても会話が成立し、しかも面白い受け答えをお笑いのプロが作り込んだ。

 アプリストアで公開されているアプリだけで100以上。その一つひとつにたくさんの対話が詰まっている。それでも同じ応対が続くと「所詮は機械」と思われてしまう。人間は機械を格下扱いするため、同じ話を繰り返す人よりも不利な状況にある。

 大阪大学の石黒浩特別教授は「人が機械に知性や尊厳を認めるにはまだ抵抗感がある。モラルの問題も大きい」と指摘する。慶応義塾大学の山口高平教授は「ロボットや人工知能(AI)が人格を認められることは極めて難しい」という。

 そこでロボット各社は認知機能が低下した高齢者向けなら、知性への要求レベルを下げられるとして、高齢者介護施設への導入を試みた。高齢者は会話が成立しなくても寛容な傾向があり、対話の拙さは孫や子どもを想起させる。だが従来の介護ロボットは苦戦してきた。介護施設の運営責任者は「動物型ロボも人型卓上ロボも3カ月保たずに飽きられる。3カ月ごとにロボットを(別の施設に)移す。高齢者に3カ月ロボットを楽しんでもらったら、3カ月休んで別のロボットを入れる。1年後に元のロボットに戻す」と、ロボットの運用をやりくりしている。

IoTでレクリエーションの盛り上げ役に


 各社が「3カ月の壁」の突破口としたのは介護施設でよく使われているカラオケ。「JOYSOUND」のエクシング(名古屋市瑞穂区)はソフトバンク、「DAM」の第一興商はNTTと組んで、介護施設にロボットカラオケシステムを展開する。エクシングはヒューマノイド、第一興商はIoT(モノのインターネット)で差別化する。いずれもカラオケなどのレクリエーションの司会者にロボットを提案する。

 「別れ際におばあちゃんを泣かせ、アイドルのように愛される姿を見る限り、ペッパーは必ずモノになる」とエクシングの北村秀仁企画開発部長は自信を深める。介護施設はカラオケ各社にとって手堅い市場だ。集団で毎日のように楽しめる。エクシングは「健康王国」、第一興商は「DKエルダーシステム」と、カラオケに体操やクイズを組み合わせた健康増進コンテンツを配信している。

 だが介護施設では、カラオケの盛り上げ役となる人材の確保が課題だった。司会が下手だと高齢者は運動や頭の体操をやらされている感覚になる。そこでロボットに白羽の矢がたった。

 エクシングはペッパーを司会者に選んだ。伊藤秀樹副部長は「高齢者の反応はとても良い。高さが小学校3年生くらいで孫を思い出す。顔認証で学習させ高齢者の名前を話しかけると『覚えてくれた』と感動し、とりこになる」という。ペッパー本体が識別できるのは現在約15人。ペッパーが拙く話すたびに笑いが起き、ちゃんと話せると拍手される。遠巻きに様子をうかがう高齢者もまじまじと見つめて、自分の近くに来る順番を待っている。伊藤副部長は「対話の正確さよりも愛らしさが大事。早くデュエット機能を付けたい」という。

人感センサーや血圧計もつなぐ


 課題もある。高齢者30人の施設では見送りに約1時間ほどかかる。その間、ペッパーは30回以上「サヨナラ」と言い続けた。別れの場面は約10通りの対話を用意したが、すぐに一巡してしまった。また「なでなでして」と呼んでも高齢者は席に座ったまま動かない。高齢者もロボットも、移動は転倒リスクを増やしてしまう。

 ペッパーが「ボクが何を考えているかわかりますか」と声をかけると、高齢者から「わかるわけないでしょ」と厳しい言葉が出ることもある。生身のスタッフなら心がすり減る場面だ。介護事業を手がけるツクイ(横浜市港南区)の田中等ツクイ川崎梶ケ谷所長は「ストレス発散に悪態をつくのは必要なこと。一施設に何人かは必ず口の悪い方がいる。だがロボットの心は傷つかない」という。

 第一興商はロボットと人間とのかけ合いでレクリエーションを盛り上げる。エルダー事業開発部の山岸利英音楽健康指導士は「1人で場を盛り上げるのは簡単ではない。高齢者が乗ってこなくても、ロボットの拙さのせいにすれば笑いにできる」という。

 さらにNTTのIoT連携基盤「連舞」でロボットにカラオケや人感センサー、血圧計などをつないだ。ロボットがカラオケの司会をするだけでなく、徘徊(はいかい)癖のある高齢者が部屋を出る前にロボットが呼び止めたり、カラオケ中の笑顔をカメラで撮影したり、ロボット以外の機器との連携が強みだ。「連舞」でサービスを作れば、ロボットの種類は問わない。NTT研究企画部門の高砂淳課長は「違うロボット同士を連携させられ、雑談機能や顔認証など『連舞』の性能が上がれば、すべてのロボットのサービスが向上する」という。

 介護現場の負担軽減にもつながった。エクシングの北村部長は「ペッパーにレクリエーションを任せた1時間は、スタッフは書類の処理など他の仕事ができる」という。見守りの負荷が減り、事務などをこなす時間が生まれた。

 カラオケの司会は介護現場にとっては欠かせない仕事だ。北村部長は「ペッパーが覚えられる人数が増え、もう少し雑談力が向上すれば、レクリエーションだけでなくペッパーが一日中働けるところまで見えてくる」という。

 ロボットは介護現場で必需品になりつつある。必需品になれば、いつも人に付き添うパートナーになれる。
(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2016年4月12日 深層断面
昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
介護現場と同じように、幼稚園や保育園でもロボットが活躍する例が出てくるのではないかと思われます。介護現場でも、コミュニケーションを重ねるごとにより親密度が高まるなどがあれば、いっそうロボットは欠かせない存在になりそうです。

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