「FCV」中国対抗軸に…トヨタ・BMW協業拡大、今後の焦点
トヨタ自動車と独BMWは燃料電池車(FCV)で協業を拡大する。世界的な環境規制対応で電動化が進展する中、電気自動車(EV)大手の比亜迪(BYD)など中国の新興メーカーが市場を席巻。FCV協業は新たな対抗軸となる。多様な選択肢を提供する「マルチパスウェイ(全方位戦略)」を加速する中で水素を軸とした仲間づくりが活発化しそうだ。
駆動装置共有カギ 産業超え仲間づくり
パワートレーン(駆動装置)ユニットの共有が増加すれば、燃料電池(FC)技術のコスト削減とFCVの普及率向上につながる見通し―。発表資料に盛り込んだこの一文に協業の本質がある。「究極のエコカー」と呼ばれ、長年にわたり研究開発が進められてきたが、普及に時間がかかっているのはコストとインフラに尽きる。普及を優先したトヨタは2015年に単独で保有しているFC関連の特許の実施権を無償で提供すると発表、仲間づくりを最重要視する姿勢を鮮明にした。
同社の佐藤恒治社長は今回「水素エネルギーが社会を支える未来を実現するべく、BMWとともに、そして産業を超えた仲間とともに取り組みを加速していく」と協業の輪を一段と広げていくことを示唆。23年5月には独ダイムラートラックと水素領域で連携することを公表しており、乗用車、商用車のいずれの分野でも欧州大手との深いつながりが形になってきた。
11年に始まったBMWとトヨタの協業。13年以降はFCVの普及拡大やFCスタック・システム、水素タンク、モーター、バッテリーなど基本システムの共同開発や水素インフラの整備や規格、基準策定への協力に対象を広げた。
独フォルクスワーゲン(VW)などがEVに傾注する中、BMWは量産化を視野にFCV技術を温め続け、19年に実験車「iX5ハイドロジェン」のコンセプト車を公開。トヨタとの協業深化でいよいよ量産車の市販が視野に入った。「自動車の歴史で画期的な出来事。世界的なプレミアムメーカーによって提供される初めての量産モデルとなる」。BMWのオリバー・ツィプセ会長は力を込める。
なぜこのタイミングなのか。背景の一つにあるのが中国勢の存在だ。価格競争力を武器にBYDをはじめとする中国EVメーカーが市場を席巻。BYDのEV、プラグインハイブリッド車(PHV)を合わせた世界販売は年300万台を超え、欧州初となるEV組立工場をハンガリーに建設する計画を公表、2カ所目の工場建設を検討するなど手を緩めない。自国メーカーのEVを育てようとしたドイツの補助金政策などが中国勢の躍進を招いた側面はあるが、後の祭りだ。
FCVは世界のトラディショナル(伝統的)自動車メーカーが競争力を堅持し続けられるであろう、重要な領域だ。とはいえ、FCVでも中国勢の足音は大きくなっている。中国水素エネルギー産業発展中長期計画では25年までにFCVの保有台数を約5万台にし、35年に交通・エネルギー貯蔵・工業などの分野をカバーする多元的な水素エネルギー産業体制を形成することを目指す。BYDが成し遂げたような急成長のビジネスモデルをFCVでも実現する可能性はある。
心臓部供給、日本“デバイス売り”
トヨタ、BMWの提携をはじめ、FCVをめぐる動きで今後の焦点になるのは各国の政策だ。欧州連合(EU)では再生可能エネルギー電力由来の水素(グリーン水素)活用による産業界の脱炭素化を促進すべく、グリーン水素の域内生産の30年目標として年間1000万トンを掲げている。ドイツ自動車工業会(VDA)もEV普及だけではなく合成燃料や水素燃料の重要性を指摘している。水素燃料のインフラ整備から日欧勢で連携し、標準化をリードする必要がありそうだ。この点、川崎重工業がダイムラートラックと欧州での液化水素ステーション輸送網の構築についての検討を始めるなど、新たな動きも出始めた。
日本の自動車メーカーにとってはFCシステムや水素タンクなど心臓部を供給する“デバイス売り”という、付加価値の高いビジネスモデルを構築するチャンスでもある。FCVについてはホンダが米ゼネラル・モーターズ(GM)とFCシステムを共同開発し、米ミシガン州にある両社の米合弁拠点で生産。新型FCV「CR―V e:FCEV」を米オハイオ州にある工場で生産を始め、米国と日本で販売を始めた。ホンダはいすゞ自動車ともFCVで連携しており、将来は日産自動車との協業の可能性もありそうだ。
いずれにせよ課題はコストだ。トヨタのFCV「MIRAI(ミライ)」も補助金があっても500万円を超す。足元の販売台数では量産効果を発揮できる水準には遠い。
FCVの勢力図に影響を及ぼす存在として注目されるのが韓国・現代自動車。24年1月に米ラスベガスで開催された家電・IT見本市「CES」でFCVを大々的に披露し、世界の関心を集めた。18年に量産FCVを発売し、20年にはFC大型トラックも投入している。25年に新型FCVを発売する計画も打ち出している。現代自にとってもコストの問題は無視できず、新たな合従連衡の目玉になる公算がある。
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