訪日外国人「6000万人時代」は可能か
受け入れに課題も多く
政府が訪日外国人の目標を2020年に4000万人、30年に6000万人と大幅に引き上げた。20年に2000万人の当初目標を倍増させた格好。国内消費活性化や国内総生産(GDP)600兆円の達成に向け、観光を成長戦略のエンジンとして位置付けた。観光で世界をリードする「観光先進国」への道のりには、ホテル不足など受け入れ態勢に課題もある。
訪日外国人数は13年以降、中国や東南アジアを中心に、ビザ発給要件の緩和を断続的に進めたことから急激に拡大している。12年の835万人から15年は1973万人と、わずか3年で2・4倍に増加し、2000万人突破目前まで迫った。想定以上のペースで伸びていることを受け、政府は15年11月に「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」を設置。新たな目標数値を検討してきた。
目標達成に向けた施策として、さらにビザ発給要件を緩和するほか、保存を優先してきた文化財を観光に活用するため、整備する。また、全国5カ所の国立公園について、保護区域と観光活用の区域を区分し、アクティビティーを拡充するなど、ナショナルパークとしてブランド化。リピーターを増やし、地方への旅客流動も増やす。
訪日外国人の旅行消費額についても、新たな目標を設置した。20年に8兆円、30年に15兆円と、15年の2倍超に引き上げる。「爆買い」とも表現される訪日外国人の旺盛な消費意欲は、国内消費の起爆剤となっており、免税品店の拡大など、ここに的を絞った施策も展開する。20年に8兆円という目標が達成できれば、現在の化学製品の輸出額を上回り、自動車部品の輸出額に次ぐ規模となる。
だが、受け入れ態勢には課題も多く、今のままでは数値目標の達成が難しいのが現状だ。こうした中で、国土交通省はホテル不足に対応するため、容積率を緩和する方針を固めた。敷地面積に対して、より大きな宿泊施設が建てられるようにして、新たな施設の開発や老朽化した既存施設の建て替えを促進する。
また、訪日外国人は「地方創生」の柱にもなっており、東京・大阪など大都市に集中する外国人観光客の地方への誘客は、今後の取り組みのカギとなる。これまで出発前に限られた旅行代理店でしか買えなかった鉄道きっぷ「ジャパン・レールパス」を来日後にも買えるよう実証実験を始める。
また、新宿駅の高速バスターミナル「バスタ新宿」(東京都渋谷区)をはじめ、高速バスネットワークを拡充し、外国人も利用しやすくする。
リピーターの訪日客が増え、売れ筋商品に変化が出ている。大丸松坂屋百貨店では「腕時計などの高額品をまとめ買いする人は減り、化粧品などの消耗品が好調」で、3月は免税での購入客数は前年同月比1割増だったが、客単価は同2割減だった。旅行の主目的が買い物から観光に移り、「高松の店舗でも外国客が増えている」(三越伊勢丹ホールディングス)など、地方にも波及している。
勢いを取り込もうと、消費税だけでなくたばこ税や酒税、関税も免税となる空港型免税店の開業も続く。3月31日に銀座、4月1日に福岡市内でオープンし、今後も新宿などで予定されている。消費者ニーズの変化に、機敏に対応できるかがカギになりそうだ。
大量消費から“自分のため”の個人消費へ、訪日外国人観光客の購買行動が変化している。コーセーの小林一俊社長は「内外価格差是正などで運び屋や業者のような買い方が減り、本当の意味で訪日客の消費になってきた」と分析する。
市中型空港免税店に出店した資生堂の魚谷雅彦社長は「爆買いではなく、じっくりカウンセリングに来る人が多い」とし、美容部員が肌診断やお手入れのアドバイスを4カ国語で対応している。
コーセーも人気の『雪肌精』を百貨店で取り扱いを始めたほか、外箱に日・英2カ国語で表記しグローバルブランドとして育成中。爆買いで獲得したファンをリピーター客として定着させるか、各社の手腕が問われる。
<Wi―Fiを一元化>
訪日外国人観光客にとって不満の上位に挙がるのが「無料公衆Wi―Fi(ワイファイ)の使いにくさ」。地方自治体や旅館・ホテルなどで整備が進むが、利用開始の手続きや認証が事業者で異なるため、移動するたびに煩雑な手続きをしなければならない。窓口の一元化が必要だ。
総務省は事業者に関係なく一度登録すれば認証できる仕組みづくりを進める。共通認証方式を開発し、自治体間で異なる事業者のWi―Fi接続が可能か実証を始めた。KDDIやソフトバンクが参画する。一方、NTTは独自に展開。NTT東日本・西日本はNTTブロードバンドプラットフォーム(東京都千代田区)などと連携し、認証手続きの簡素化に取り組んでいる。
「インフラ整備、必須」
訪日観光客の増加は、人口減少で縮小する日本の消費市場をある程度補う効果が期待できる。特に人口減少が進む地方は観光客の誘致に熱心だ。
だが、首都圏だけでなく地方にも好影響を波及させるには地方のインフラ整備が必須。特に地方はタクシーなどの自由な移動手段が少なく公共交通も未発達な地域が多い。シェアライドの解禁も含めて考えていく必要がある。
今の訪日観光客は中国からの観光客が大半だ。しかし、中国経済の減速や為替の円高が進む状況でこの比率を放置しておくと、ある日急に観光客が激減する事態もありうる。
政府は右肩上がりの成長を描いて何にでも予算を投じるのではなく、長期的な視点で本当に効果的な対策を選別していくべきだ。
(談=大和総研経済環境調査部主任研究員)
訪日外国人数は13年以降、中国や東南アジアを中心に、ビザ発給要件の緩和を断続的に進めたことから急激に拡大している。12年の835万人から15年は1973万人と、わずか3年で2・4倍に増加し、2000万人突破目前まで迫った。想定以上のペースで伸びていることを受け、政府は15年11月に「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」を設置。新たな目標数値を検討してきた。
目標達成に向けた施策として、さらにビザ発給要件を緩和するほか、保存を優先してきた文化財を観光に活用するため、整備する。また、全国5カ所の国立公園について、保護区域と観光活用の区域を区分し、アクティビティーを拡充するなど、ナショナルパークとしてブランド化。リピーターを増やし、地方への旅客流動も増やす。
訪日外国人の旅行消費額についても、新たな目標を設置した。20年に8兆円、30年に15兆円と、15年の2倍超に引き上げる。「爆買い」とも表現される訪日外国人の旺盛な消費意欲は、国内消費の起爆剤となっており、免税品店の拡大など、ここに的を絞った施策も展開する。20年に8兆円という目標が達成できれば、現在の化学製品の輸出額を上回り、自動車部品の輸出額に次ぐ規模となる。
「地方創生」の柱に
だが、受け入れ態勢には課題も多く、今のままでは数値目標の達成が難しいのが現状だ。こうした中で、国土交通省はホテル不足に対応するため、容積率を緩和する方針を固めた。敷地面積に対して、より大きな宿泊施設が建てられるようにして、新たな施設の開発や老朽化した既存施設の建て替えを促進する。
また、訪日外国人は「地方創生」の柱にもなっており、東京・大阪など大都市に集中する外国人観光客の地方への誘客は、今後の取り組みのカギとなる。これまで出発前に限られた旅行代理店でしか買えなかった鉄道きっぷ「ジャパン・レールパス」を来日後にも買えるよう実証実験を始める。
また、新宿駅の高速バスターミナル「バスタ新宿」(東京都渋谷区)をはじめ、高速バスネットワークを拡充し、外国人も利用しやすくする。
小売り、化粧品、通信・・各業界にも変化
リピーターの訪日客が増え、売れ筋商品に変化が出ている。大丸松坂屋百貨店では「腕時計などの高額品をまとめ買いする人は減り、化粧品などの消耗品が好調」で、3月は免税での購入客数は前年同月比1割増だったが、客単価は同2割減だった。旅行の主目的が買い物から観光に移り、「高松の店舗でも外国客が増えている」(三越伊勢丹ホールディングス)など、地方にも波及している。
勢いを取り込もうと、消費税だけでなくたばこ税や酒税、関税も免税となる空港型免税店の開業も続く。3月31日に銀座、4月1日に福岡市内でオープンし、今後も新宿などで予定されている。消費者ニーズの変化に、機敏に対応できるかがカギになりそうだ。
大量消費から“自分のため”の個人消費へ、訪日外国人観光客の購買行動が変化している。コーセーの小林一俊社長は「内外価格差是正などで運び屋や業者のような買い方が減り、本当の意味で訪日客の消費になってきた」と分析する。
市中型空港免税店に出店した資生堂の魚谷雅彦社長は「爆買いではなく、じっくりカウンセリングに来る人が多い」とし、美容部員が肌診断やお手入れのアドバイスを4カ国語で対応している。
コーセーも人気の『雪肌精』を百貨店で取り扱いを始めたほか、外箱に日・英2カ国語で表記しグローバルブランドとして育成中。爆買いで獲得したファンをリピーター客として定着させるか、各社の手腕が問われる。
<Wi―Fiを一元化>
訪日外国人観光客にとって不満の上位に挙がるのが「無料公衆Wi―Fi(ワイファイ)の使いにくさ」。地方自治体や旅館・ホテルなどで整備が進むが、利用開始の手続きや認証が事業者で異なるため、移動するたびに煩雑な手続きをしなければならない。窓口の一元化が必要だ。
総務省は事業者に関係なく一度登録すれば認証できる仕組みづくりを進める。共通認証方式を開発し、自治体間で異なる事業者のWi―Fi接続が可能か実証を始めた。KDDIやソフトバンクが参画する。一方、NTTは独自に展開。NTT東日本・西日本はNTTブロードバンドプラットフォーム(東京都千代田区)などと連携し、認証手続きの簡素化に取り組んでいる。
《私はこう見る=大和総研・市川拓也氏》
「インフラ整備、必須」
訪日観光客の増加は、人口減少で縮小する日本の消費市場をある程度補う効果が期待できる。特に人口減少が進む地方は観光客の誘致に熱心だ。
だが、首都圏だけでなく地方にも好影響を波及させるには地方のインフラ整備が必須。特に地方はタクシーなどの自由な移動手段が少なく公共交通も未発達な地域が多い。シェアライドの解禁も含めて考えていく必要がある。
今の訪日観光客は中国からの観光客が大半だ。しかし、中国経済の減速や為替の円高が進む状況でこの比率を放置しておくと、ある日急に観光客が激減する事態もありうる。
政府は右肩上がりの成長を描いて何にでも予算を投じるのではなく、長期的な視点で本当に効果的な対策を選別していくべきだ。
(談=大和総研経済環境調査部主任研究員)
日刊工業新聞2016年4月7日「深層断面」