文科省が掲げる「博士号取得者3倍増」に黄色信号、企業「採用増の意向なし6割」の背景事情
日刊工業新聞社は研究開発(R&D)アンケート(有効回答219社)を実施した。アンケートでは、博士人材の採用意向について聞いている。その回答について考察した。
文部科学省の「博士人材活躍プラン」では博士号取得者の3倍増を掲げる。大学などのポストは増えないと想定され民間にポストを求めることになる。そこで文科省は産業界へ博士人材の採用拡大や処遇改善などの7項目の協力依頼を発出している。依頼内容に対して企業に対応を聞くと答えは芳しくない。プラン実現へ黄色信号がともっている。
研究職以外を含め博士人材の採用を今後増やす意向や計画を聞くと「特になし」が61・5%、「意向はある」が36・4%、「計画がある」企業は2・1%だった。理由を聞くと学位よりも学業を重視して採用を進めているという回答が最多だった。「原則、学歴によってフィルタリングを行うことはなく、フラットに、その人の人間性や専門性を確認させていただく」(電機)、「博士か否かに関係なく、当社のニーズにマッチした人材を採用したい」(自動車部品)など、博士号を採用の要件としていない企業が少なくない。
博士人材の雇用に伴って法人税税額控除制度を活用している企業は4・1%、企業が奨学金を代わりに返還する制度を活用している企業は4・6%。どちらも協力依頼に盛り込まれた内容だが低調な結果となった。いずれも制度を知らない企業が少なくない。「そのような制度があること自体わからない」(建材)、「制度があることを広く国民にアナウンスしてほしい」という要望が寄せられた。
ただ制度を知る企業も適用条件確認や手続きの煩雑さを課題に挙げた。例えば税額控除では研究開発テーマの社内外への公募が要件の一つになっている。企業の研究開発テーマは知り得る関係者を限定するなど、最先端であるほど公募しにくい。そして博士人材のポテンシャルを見て採用する場合は要件を満たすことが困難になる。
同制度は、博士人材などの採用にインセンティブを設け、自社にない新しい知見を獲得して新しい技術を生み出すことを促す目的で作られた。制度の趣旨にかない、活用を広げるには、公募である必要性は必ずしもないかもしれない。実際に経済産業省は社内公募を要件に加えて緩和している。だがその意図が産業界に伝わっていない可能性がある。
文科省の協力依頼にある従業員への博士号取得支援は半数の企業が社内制度を整えていた。制度化していない企業の中にも「申告に対して支援を行っている」(住宅)など、支援自体はしている企業が複数あった。「授業料や労務費などへの助成があれば、より制度化を推進しやすくなる」(建材)と、政府が背中を押すと企業内の推進派が動きやすくなる面がある。
課題は博士号取得のための時間の捻出だ。負荷増を乗り越えるインセンティブとして助成金を挙げる企業が多く、1人50万円と具体的な金額を試算した会社もある。そして「企業への働きかけだけでなく、より『進学したい』『雇用したい』と思えるような施策も重要と考える。企業は金銭的よりも採用後の人材的なメリットを重視するのではないか」(機械)という声もあった。大学院教育の充実は必須だ。
博士人材活躍プランは厳しいスタートになりそうだ。同時に産業界が高度人材を求めていることも明白だ。日本にとって博士活躍社会の実現は長期戦になる。産学官で粘り強く取り組む必要がある。