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国内初、映画興行権を小口化…「セキュリティー・トークン」の資金調達広がる

対象拡大、税制が重荷にも

ブロックチェーンを使ったセキュリティー・トークン(ST)による資金調達の市場が拡大している。日本ではこれまで不動産や社債などで利用が増えてきたが、7月にはフィリップ証券(東京都中央区、永堀真社長)が映画の興行権を裏付けにしたデジタル証券を国内で初めて販売するなど対象が広がっている。短期投資への偏重を是正し、投資家と企業が相互に好影響を与え合うというSTの世界観は実現するのか。(山田邦和)

1口10万円の興行権の購入者は名前をエンドロールに掲載します―。そんな映画が2025年に公開される。俳優の妻夫木聡氏が主演し、大友啓史氏がメガホンを取る総製作費約13億円の大作『宝島』だ。STを用いた資金調達方法を導入したことで製作が可能になった。

STはブロックチェーン技術を用いて有価証券(セキュリティー)をデジタル化し、小口化したり移転したりすることが可能な財産的価値(トークン)にしたもの。不動産などそのままでは切り売りが難しい実物資産も有価証券に替えた上でSTにできる。

ブロックチェーン技術を使うと売買の情報は瞬時に記録され、参加者が相互に取引を承認し合う。証券保管振替機構のような第三者が介在する必要がなく、発行体は保有者情報の管理コストを大幅に下げられる。小口化が可能になる背景だ。

今回の宝島では映画の興行権を裏付けに、総製作費の約3割に当たる3億6800万円のSTを1口10万円で販売する。運用期間は3年で、劇場配給や放送権の販売などで稼いだ興行収入の半分以上を映画館などに支払った後、残額を投資家に還元する。募集口数に応じて特典も用意。エンドロールへの氏名記載以外にも、非売品の提供や試写会参加などの特典で、映画に関心の高い個人の呼び込みを図る。

国内でSTの販売が始まった21年以降、ST市場は活況を呈している。顧客が不動産や債券のSTを保有資産に加えるとリスク分散が図れ、顧客ポートフォリオの強化につなげることができることが一因だ。

野村証券は6月、賃貸戸建を裏付けとする不動産STの販売を国内で初めて開始した。賃貸戸建は不動産運用会社のケネディクスが提供するもので、東京都と神奈川、千葉など3県に480戸以上が所在し、原則としてLDK以外に3部屋以上を完備する。同地域では床面積が70平方メートル以上の賃貸住宅の割合は全体ストックの約12%にとどまっており、子育て世帯やゆとりのある住まいを求める人の入居が期待できるという。

野村証以外にも大和証券やSMBC日興証券、SBI証券などがSTの販売を手がける。23年12月には大阪デジタルエクスチェンジが運営する私設取引システム「START」でのセカンダリー取引も始まり、今後はさらに市場が活性化する見通しだ。ただ内訳を見るとほとんどが不動産や社債を裏付けにしたものにとどまる。

STによる映画製作費の調達の意義について、売買を担うフィリップ証券の永堀真社長は「投資家は配当金に加え、映画製作に当事者の1人として関わるという『体験』も得られる。企業側も投資家の意見を取り入れた挑戦的な企画が可能になり、双方向のビジネスが可能な世界に一歩近づく」と話す。

ハードルもある。宝島の場合、興行収入が30億円規模になる段階で投資家に配当が発生する見通しで、興行収入が振るわなければ元本割れの可能性もある。永堀社長は宝島の原作が、本土復帰前の沖縄で生きる若者たちの青春を通じ、沖縄の強靱(きょうじん)なエネルギーと、「ぬちどぅ宝(命こそ宝)」の言葉の意味を描いた作品であることに触れ「作品のテーマの重要性は伝わる」と話す。

ST化の対象の多様化には税制も重荷になっている。例えば多くの不動産STで適用されるのは申告分離課税。ただ不動産以外の対象に対して、比較的適用が容易とされる合同会社と匿名組合出資を用いた手法(GK―TKスキーム)を用いようとすると総合課税となり、収入に応じて税率が高くなる。

宝島のSTはGK―TKスキームを採用した。永堀社長は現在想定する興行収入の場合、最小購入単位であれば総合課税の非課税枠に入るとの見通しを示した上で「常にGK―TKスキームが正しいとは考えていない」として、個別のケースごとに丁寧に検討していくと話す。

日刊工業新聞 2024年08月14日

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