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オレンジショックを逆手にとって持続可能な企業を目指す

日本果汁のどこにもない独自性やストーリー性
オレンジショックを逆手にとって持続可能な企業を目指す

日本果汁の河野聡社長

“オレンジショック”はなぜ起こったか?

フルーツジュースといえば、ほとんどの人が真っ先に思い浮かべるのがオレンジジュースではないだろうか? そのくらい身近な存在のオレンジジュースが、今どんどん値上がりしている、または店頭から無くなっているという状況が続いている。
 巷では“オレンジショック”ともいわれるが、それはなぜ起こったのか?

背景にあるのは、原料となるオレンジ果汁の供給不足だ。
 主な原産国のブラジルで天候不順による不作が続いた。ブラジルでは、20年前から生産量が減少傾向にあり、さらには柑橘類の病気の「カンキツグリーニング病」が蔓延。オンレジ農家の休作や転作が増えた。
 また、コロナ禍にはハリケーンや大雨の影響で、輸出量が多いアメリカのフロリダでも生産量が減った(公益財団法人「中央果実協会情報部」による)。特に日本では円安というネガティブ要因が追い打ちをかけて、濃縮オレンジの価格が高騰したというわけだ。

大手メーカーの中には日本企業から柑橘類の購入をスタート

このような状況を踏まえ、日本の大手果汁メーカーの中には、輸入品に頼るだけではなく国内の柑橘類の確保に舵を切る企業もあるという。 そしてオレンジショックを逆手にとって、奮闘する企業が果実加工業者である「日本果汁」(本社:京都市下京区)だ。
 昨年から国内需要はもちろん海外需要による輸出が増加。米国に柚子果汁や柚子ピール、中国に柚子オイル、台湾みかんジュースとりんごジュースと、各国から引き合いが増えている。

同社が生産しているのは一次加工品の果汁素材だけでない。果実を搾ったあとの残りの果実や果皮を使ったピューレ、お菓子などの二次加工品の増産、さらには化粧品のOEMを行って、経営の拡大を図っている。果汁業界の注目の企業だ。

さて、日本果汁とはどのような会社なのか?
 同社設立のきっかけは「農家さんの事を考える会社が日本に一つくらいあってもいいと思う」との、設立当時の社外取締役だった今井行雄氏の言葉による。
 現社長の河野聡氏は言う。
 「今井さんの言葉通り、弊社は当初から日本各地の農家に寄り添ってきました。その根底にあるのは『美味しいものを食べ続けたい』との思いです。美味しい食べ物は、何度でも食べたいですよね。そして、食べたい!という欲求、つまり食欲には価値があり、何にも代え難い価値は継続を生みます。そして美味しさは購買を向上・継続させ、原料産地を活性化させます。さらに原料産地が豊かになれば、自ずと地域が元気になって、日本全国を幸せにするのです。このプラスの循環を確立したかったのです」

なぜ日本の農家が減り、耕作放棄地が増えているのか?

しかし、そもそも日本の美味しいものを作る農家に元気がない。
 まず農家が右肩下がりに減っている。

そして、農業就業者の平均年齢は68歳※。次世代を担う就労者も減る一方だ。天候不良や害虫に振り回され、就業時間が長く、それでいて思ったより収入が少ない……。日本の農家は売り上げが500万円以下の小規模農家が83.7%※を占めるので、若者たちにとっては“おいしい職業”とはいえないだろう。(※出展:農業センサス)

小規模農家が離農してしまうと、耕作放棄地が増える。現在耕作放棄地は約40万ヘクタールにのぼり、滋賀県の面積に匹敵するとか。
 中山間部の農地は、国土や自然の保全機能(雨水の貯留、土砂崩れの抑制など)、水源のかん用機能(平野部の大きな河川の水量の安定など)があるので、都市部に生活する人間にとっても重要。農地が荒れ果ててしまうと、景観の悪さに加え、自然災害の原因にもなってしまうのだ。

農家のモチベーションをアップさせる方法とは?

では、農地が継続的に“Active”=“積極的に活動している状態”であるには、何よりも農業就労者のモチベーション維持が大事であり、そのためには、前述のように“農家のことを考える企業”が必要だろう。
 「まず果実の買取価格をなるべく高値で安定させ、農家さんの労働意欲が湧くような商品と企画をどうやったらメジャーブランドで採用されるかを考えました。そこで、果汁だけではなく果皮、さらには種なども有効活用することで買取価格をアップ。また、他社にないオンリーワンの製品を作れば競合を生まないので、売値を高値安定にできると考えました」
 当初はBtoB展開が主流だったのを、コロナ禍を機にBtoCに方向転換した。食品原料の販売だけだと得意先の事情に左右され、自社で事態を打開できないからだ。そこで、消費者の購買欲である「おいしいものを食べたい!」「どこにもないものが食べたい!」という気持ちに火をつけるような商品展開を模索する。

どこにもない独自性やストーリー性がヒット商品を生む

ちなみに同社は群馬県と福井県を除く45都道府県の農家と、JAを通して(一部農家と直取引)つながり、果物を買い取っている。地方の担当者には自分たちの作り出すものに並々ならぬ思いを持っている人も少なくない。

日本の45都道府県の農家と繋がっている

そして買い上げた果物はヒット商品の源となった。同社が生産・販売する「オランジェット」シリーズだ。
 中でも「オランジェットプレミアム」と呼ばれる商品は、愛媛ブラッドオレンジを使った輪切り1枚と、長崎麗江、広島ネーブルオレンジ、高知文旦、金沢ゆずなどの9種類のピール(皮)を加工した、日本の多種多様な柑橘とベルギーチョコのコラボで生まれたスイーツ。
 チョコレート以外の、オレンジをはじめとした各柑橘類は全て日本産。柑橘類の果汁の搾りかすを有効に使った。搾りかすというと聞こえは悪いが立派な素材。今年の2月のバレンタイン商戦では、デパートの催事売り上げでは、有名ブランドをしのいで上位に食い込んだ。

バレンタイン商戦では、有名ブランドを凌ぐほど売れたオランジェットプレミアム。

「日本全国の素材を何種類も使い、本来捨てられるはずの果皮なども使うことで独自性やストーリー性が出来上がりました。それがウケたのかもしれません。また、自分の“推し”の県があると買いたくなるような心理にもフィットしたのだと思います。例えば今年の年頭に能登で地震がありましたが、同じ石川県の金沢ゆずがラインアップにあると応援の気持ちから手にとってしまうようです」
 と大ヒットの理由を河野氏は分析する。オランジェットプレミアムは4320円と決して安くはない。しかし決して安売りはしない。なぜなら高い商品には相応の訳があり、付加価値があるのだから。最終的に、オランジェットシリーズは47都道府県の全ての素材で作るのが目標だ。

当社は、新しく第二工場を作り、全ての工程をなるべくオートメーション化して、生産効率を上げようとしている。しかし、多種多様の果実を使うので、機械の洗浄などの手間がかかってしまうのが課題だ。同社の年商は10億と、まだまだ発展途上の会社だが、BtoCの二次加工品の売り上げは2018年比で8倍に増えている。この年商をまず15億にするには、さらなる工場の拡張、そして他にはないオリジナル商品の開発がキーになると河野氏は考えている。

工場内には柑橘類の非常に良い香りが漂う

京檸檬や小笠原レモンなどに希望を見出す

その一環として“京檸檬(きょうれもん)”の生産を始めた。自身が理事を務める「京檸檬プロジェクト協議会」で、京都産のレモンを去年は3トンも収穫した。
 「京檸檬という漢字の字面が気に入ったので発足した」と河野氏は言うが、もちろん情緒的な理由だけではない。耕作放棄地の活用と、新規就農者の獲得などを目指している。
 夏暑く冬が寒い京都の気候のもとでは、レモン作りは難しいとされていた。なぜならレモンは暑さに強いが、寒さにはとんと弱いからだ。しかし昨今の温暖化で、レモン作りが可能に。
「京都の会社なのだから、やはりローカル産の果物でオリジナル商品を作りたい」と意気軒昂だ。京檸檬はオランジェットのラインナップの一つでもある。

青空に映える京檸檬

そして2024年7月20日には、小笠原諸島産のレモンを使った“今までにはないオリジナル”な商品が発売された。その名も「さくピー」。
 「小笠原の生産者の方は、地元産のものに対してとても深い愛情があります。小笠原のレモンをもっと活用できないかなと考えて作ったのが『さくピー』です」
サクビーは、柑橘の皮を油で揚げて、塩で味付けしたチップス。12gで360円と、これも安くはない。が、酸味としょっぱさの不思議なハーモニーの味わいで、どこにもないアイテムといえる。酒のおつまみとしてもいい。

日本果汁の試みから今後も目が離せない。

(ライター・東野りか)

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