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核融合、「イーター」延期…日本のエネルギー戦略への影響度

核融合、「イーター」延期…日本のエネルギー戦略への影響度

イーターの建設現場(ITER Organization提供)

エネルギー価格の高騰が日本の経済に影響を与えており、中長期的なエネルギー確保が喫緊の課題となっている。その中で期待されているのが革新的な原子力エネルギーである核融合技術。日本も参加する国際熱核融合実験炉「ITER」(イーター)計画だが、延期が決まった。資源が乏しい日本にとって原子力エネルギーの活用は避けて通れず、今後の日本のエネルギー戦略に影響を与える可能性がある。(飯田真美子)

「モノづくり力」発揮 超電導コイル開発、中小も参画

イーター計画は日米欧や中国、韓国など7カ国・地域が参画する国際プロジェクト。イーター機構は、実験開始時期を当初の計画から9年先延ばしした2034年に延期すると発表した。さらにITERのピエトロ・バラバスキ機構長は「完全な磁気エネルギーの発生は36年、重水素と三重水素の発生が39年」とする新しい計画を公表。英科学誌ネイチャーによると、計画延期に伴い50億ユーロ(8700億円)の追加費用がかかるとみられており、日本にも追加の費用負担が求められる可能性がある。

資源が乏しい日本にとってエネルギーの確保は死活問題だ。さらに50年のカーボンニュートラル温室効果ガス〈GHG〉排出量実質ゼロ)に向けた世界的な潮流も考慮に入れる必要がある。こうした課題を解決する手段として期待されるのが核融合技術だ。従来の原子力エネルギーを取り出す技術は、ウランやプルトニウムなどの大きな元素が分裂する時のエネルギーを得る「核分裂」を利用している。一方、核融合は元素の中で一番小さな水素をヘリウムに融合することで生じるエネルギーを取り出す。核分裂のような連鎖反応が起こらないため、トラブル発生時には反応を止め重大事故の発生を防げる。また核廃棄物が少ないことも大きな特徴だ。

イーターは核融合炉に必要な技術の実証や将来の原型炉に必要な構成機器の試験を行う予定だ。技術目標は入力エネルギーの10倍以上の出力が得られる状態を5―8分維持し、超電導コイルやプラズマの加熱装置などの核融合工学技術を実証する。装置本体は高さ30メートル、重さ2万3000トン。日本は超電導コイルや受熱機器(ダイバータ)などを担当している。三菱重工業三菱電機東芝などをはじめとした大手機械・電機メーカーに加え、中小企業も数多く開発に関わっている。

イーター建設作業(ITER Organization提供)

23年12月には11・8テスラの強力な磁場を出す「超電導トロイダル磁場コイル」の製作と搬入を完了した。高さ16・5メートル、幅9メートル、総重量360トンの巨大な超電導コイル。誤差は1ミリメートル以下の高精度を誇る。イーターの建設の様子を現地フランスで視察した盛山正仁文部科学相は「技術的困難を乗り越え、トロイダル磁場コイルを完成に導いたのは、日本のモノづくりの力が存分に発揮されたことの証左」と強調した。

環境問題解決のカギ

日本ではイーターの技術目標達成のための支援研究や人材育成に向けて、量子科学技術研究開発機構那珂フュージョン科学技術研究所(茨城県那珂市)の核融合実験炉「JT―60SA」のプロジェクトが進められている。高温プラズマを磁場で閉じ込める核融合炉の方式の一つである「トカマク型超伝導プラズマ実験装置」で、日欧で共同建設した世界最大級の装置だ。20年から試験運転を始め、23年10月に初プラズマを達成することに成功した。イーターもトカマク型の装置であり、今後はJT―60SAでプラズマの性能向上のための実験を進める。

核融合関連の政策として、内閣府は23年に核融合エネルギーの10年先を見据えた「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」を策定。ただ核融合エネルギーの国際競争が激化している。戦略目標には、当初は日本が国として核融合発電の実証を50年ごろとしていたが、30年代に前倒しする方針を固めた。同方針に関しては、5月に自民党のフュージョンエネルギープロジェクトチームが提言をまとめている。同座長の平将明衆院議員は「核融合エネルギーはエネルギー問題や環境問題を解決できる究極のエネルギーであり、国策にするべき」と強調した。

政府がまとめた「統合イノベーション戦略2024」にも30年代の発電実証の達成に向け、工程表の作成や安全規制に関するあり方を見直すとした。さらに原型炉実現に向けた基盤整備のために量研機構などの体制を強化し、スタートアップなどに共用できる実規模技術開発に向けた試験施設や設備群を整備する。

技術・人材囲い込み、対応急務

核融合エネルギーは宇宙機の推進システムにも応用できる(ITER Organization提供)

日本にはすでに30年代の核融合発電を目標に掲げる民間企業もあり、核融合エネルギーは産業界からも注目されている。3月にはフュージョンエネルギー産業協議会(J―Fusion)が設立。会長企業の京都フュージョニアリング(東京都千代田区)や住友商事、ヘリカル・フュージョン(東京都中央区)など21社が参画する。日本電機工業会の小澤隆原子力部長は「核融合でエネルギーを生み出して社会に貢献し、経済を回す必要がある。ゴールを同協議会全体で共有することが重要」と語った。

各国も国策で核融合エネルギーを推進している。米国は6月、フュージョンエネルギー戦略2024を発表。23年には、英国で40年までに原子炉に相当する「STEP」の建設、ドイツで核融合に関する研究支援プログラムを始めると発表した。中国ではイーターに先立ち、水素の同位体である重水素・三重水素による核融合反応の運転を行うトカマク型核融合実験炉「ベスト」を23年から建設している。NTTの篠原弘道相談役は「各国で核融合の研究開発に大規模な投資を実施し、自国への技術や人材の囲い込みを加速している。日本も変化に応じた新たな打ち手を考えることが必要」とした。

核融合技術の実用化はエネルギーの確保だけでなく、二酸化炭素(CO2)を排出しないことから環境問題の解決にもつながる。少ない燃料で莫大(ばくだい)なエネルギーを生み出せることが特徴の核融合。安価で安定した電力生産ができるベースロード電源の構築だけでなく、小型動力源などへの適用研究が進むことで深宇宙を探索する宇宙機や地球の深海探査などの動力源になるかもしれない。

日刊工業新聞 2024年07月23日

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