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日本は世界に先行…水素キャリア、調達網構築への現在地

日本は世界に先行…水素キャリア、調達網構築への現在地

IHIはアンモニア専焼ガスタービン2000kW級で実証する

気体のままでは扱いにくい水素を大量に貯蔵・運搬できる水素キャリアをグローバルネットワークで供給する時代に入ってきた。日本は世界に先行して水素キャリアを開発し、輸送技術の確立から利活用までの仕組みを構築する。水素需要はこれまでの燃料電池から水素キャリア活用のガスタービンやガスエンジン、ボイラに広がりつつある。水素が大きく普及していくステージとなる。大規模な水素の利活用を見据えた企業の取り組みを取材した。(いわき・駒橋徐)

3手法で効率輸送 技術確立―利活用、仕組み構築

水素キャリアには液化水素、MCH(メチルシクロヘキサン)、燃料アンモニアがある。液化水素は水素をマイナス253度Cに冷やして液化し、体積を800分の1にしてより多くの水素を効率よく運べる。ただエネルギーロスが発生し、輸送コストが高い。MCHは常温常圧で貯蔵でき、ケミカルタンカーで運べる。トルエンを分離して水素を取り出し、トルエンは再びMCH合成に利用して循環させる。水素を含むアンモニアはマイナス33度Cで液化できるため扱いやすく、肥料用などですでに供給ネットワークが整う。

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の坂秀憲水素・アンモニア部水素SCチーム長は「どの水素キャリアが良いというのではなく、コストや安全性を含め需要側のインフラ状況も勘案して水素キャリアが選択される。それぞれの特徴をうまく生かして活用することでコストダウンが進み、3キャリアが普及していく」と指摘する。

アンモニアではIHIが実装に入る。体積水素密度が水素キャリア最大規模のアンモニアを用いた実用化となる。まずJERAの愛知県碧南市の出力100万キロワットの石炭火力発電所のボイラに20%アンモニア混焼実証を実施した。また2024年度からIHI相生事業所(兵庫県相生市)にアンモニア専焼ガスタービンを設置し、中型ガスタービンでの長期試験に入っている。米ゼネラル・エレクトリック(GE)と連携し、アンモニア専焼大型ガスタービンも開発する。30年までに開発し、実用化を目指す。

アンモニアの輸入受け入れ基地については今後、北海道苫小牧市、福島県相馬市、大阪府の臨海工業地帯にグループでサプライチェーン(供給網)を整備する。世界8カ所でグリーンアンモニア製造事業を検討し、28年からインドを皮切りにプロジェクトを進める計画だ。

液化水素では川崎重工業がグローバルネットワークの構築を進める。液化水素運搬パイロット船「すいそ ふろんてぃあ」を開発し、日本―豪州間を褐炭から水素を製造・液化し、神戸港への輸送を実証している。29年の完成を目指す商用船は液化天然ガス(LNG)船と同規模の4万立方メートル球形タンク4基を搭載する。液化水素からのボイルオフ(気化)水素はガスエンジンで発電し、動力で利用する。川重は液化水素での水素専焼中小型ガスタービンと大型水素ガスエンジンの陸上用、船舶用で30年以降の実用化に向けた開発を進める。

ガスタービンでは3万4000キロワットまでの機種を実用化し、そのうち1800―3万キロワットまでの機種をDLE(乾式)燃焼の30%水素混焼を事業化している。一方、水素専焼の事業化はこれから。マイクロミックス方式を用いて実用化を目指している。このマイクロミックス方式での水素専焼を、同社はすでに神戸港で1800キロワットガスタービンで20年から実証しており、豪州の液化水素も利用した。「30年代後半からはマイクロミックス水素専焼DLEが中心になっていくだろう」(辰巳康治エネルギーソリューション&マリンカンパニー水素発電プロジェクト開発室長)とみる。

シンガポールに設置した千代化のMCH脱水素装置

水素ガスエンジンでは5000―7800キロワットで30%まで混焼を実証する。7800キロワットは神戸工場(神戸市中央区)で試験を開始。25年度以降の実用化を目指し、30年度までに専焼を達成する。

MCHでは千代田化工建設がグローバルネットワークを構築する。需要サイトで水素をMCHから分離し、トルエンをMCH生成原料として再利用する循環システムを実現させる。水素分離は触媒で反応温度300―400度C、圧力1メガパスカル(メガは100万)以下で脱水素を99%で安定回収を実現し、2年以上の連続運転を確認する。ブルネイでMCHを製造して海上輸送し、川崎市で脱水素して発電所で実証を終える。

シンガポールでは6月からMCHからの水素を燃料電池車両に供給し、港湾内走行が始まっている。欧州ではスコットランド政府やオランダ港湾公社、10企業と国際コンソーシアムで検討する。「日本では港からコンビナートなどへの水素供給や、国内再生エネの余剰電力をMCHでエネルギーの備蓄・利用もできる」(松岡憲正常務執行役員フロンティアビジネス本部長)と用途は広い。

水素専焼タービン実用化 30年、燃料アンモニア軸に

三菱重工業は水素キャリアを活用し、水素専焼大型ガスタービンを30年代に実用化する。高砂製作所(兵庫県高砂市)の水素総合実証拠点「高砂水素パーク」で進める。予混合燃焼方式では数十万キロワットの大型ガスタービンで水素30%混焼に成功した。水素専焼ではマルチクラスター燃焼器を開発し、微細な孔から空気と水素を混合燃焼する。空気と燃料の急速混合で火炎が分散し、窒素酸化物(NOx)を低減できる。45万キロワットのガスタービンで今秋にも水素50%で混焼を実証する。「100%専焼は25年度以降にマルチクラスター燃焼器での開発を完了、商用化を30年までに実現する」(田中克則シニアフェローGXセグメント副セグメント長)計画。

三菱重工は大型ガスタービンで今秋から50%混焼の実証に入る

アンモニア燃焼は中小型ガスタービンで直接燃焼開発を進める。高濃度・希薄2段燃焼でNOxを低減し、脱硝装置と組み合わせて実現する。日立工場勝田地区(茨城県ひたちなか市)のアンモニア燃焼装置で23年にアンモニア専焼燃焼を達成しており、実用化を目指す。アンモニアから分離した水素で30年以降には大型ガスタービンで実用化も目指す。

また三菱重工エンジン&ターボチャージャ(相模原市中央区)は水素ガスエンジンの開発を加速している。450キロワット級は35%混焼で製品化し、5750キロワット級は単筒試験で水素混焼50%まで安定燃焼を実現。水素専焼ではまず500キロワット級のガスエンジンを開発、水素ガスエンジン試験設備を完成させて24年度に水素専焼実証に入る。26年度にも500キロ―5750キロワットで専焼技術を完成させる。

国際エネルギー機関(IEA)は30年時点は燃料アンモニアが中心の市場になる、と指摘、50年では液化水素が本格化するとしている。水素キャリアをガスタービンやガスエンジンなどの市場でどう活用されていくか。世界の水素貿易は30年1600万トン、40年2500万トンの輸出が見込まれる中、市場はそれぞれの水素キャリアの利点をうまく活用していく時代になる。

日刊工業新聞 2024年07月22日

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