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「電解合成」世界的に大流行…東工大が挑む、“電気要らず”の反応の可能性

「電解合成」世界的に大流行…東工大が挑む、“電気要らず”の反応の可能性

中央を貫くマイクロ流路を、反応液が流れる中で、流動電位が発生する(稲木研提供)

水の電気分解と似た仕組みで化合物をつくる電解合成。通常の化学試薬での合成とは違う反応で、機能性物質をつくりだすなどの魅力がある。溶液に浸した電極間に電圧をかけるのが定番だが、東京工業大学物質理工学院の稲木信介教授らは、電圧をかけずに反応を進める「バイポーラ電極」の研究に取り組む。電気を使わない電解反応とは、どのようなものだろうか。(編集委員・山本佳世子)

電解合成という言葉は聞き慣れないが、子どもの頃に理科で学んだ「水の電気分解」は覚えがあるだろう。プラスとマイナスのイオンが溶けた水溶液に金属電極など2枚を差し込み、配線してつなげ電圧をかける。すると二つの電極表面で電子の受け渡しによる二つの化学反応が起こる。陽極(+極)では酸化反応で酸素が、陰極(-極)では還元反応で水素が発生する。

この酸化還元反応を、炭素が入った物質(有機)で行うのが有機電解合成だ。通常は環境負荷の高い試薬や熱が必要な反応でも、電解では様子が変わる。「化学試薬で起こらない反応を実現したり、副反応を抑えたりすることが可能になる」と稲木教授は説明する。

電解合成は世界的に大流行となっている(稲木研究室)

電解合成は日本が先進だったが今、世界的に大流行しているという。以前は電極の扱いなどノウハウが必要で、有機合成の研究者が手がけるのにはハードルがあった。しかし最近は、電解合成の装置キットが販売されて容易になっている。反応エネルギーに、風力発電などによるクリーンな電気を充てられるのも時代に合う。

ところがそんな中で稲木教授らは近年、電気を使わない「バイポーラ電極」に注目する。薄い電解液(有機溶剤などに、イオンとなる電解質を溶かしたもの)をごく細いマイクロ流路に流すと、物理化学的な現象によって上流側と下流側の両端に電位差が発生する。これが「流動電位」だ。一つの物体で+と-の極が生じるバイポーラ電極というわけだ。

これまで数十ミリボルトの流動電位を使った分析化学の研究などがあった。対して稲木教授らは有機溶剤と電解質の種類、濃度などを工夫し、電解溶液で化学反応が起こる2―3ボルトの流動電位を実現した。

実際に芳香族化合物ピロールを原料として溶かし、流路に流したところ、上流側が陽極となって電解重合が進み、ポリピロールの高分子薄膜が析出した。次に電解質を別のものに変えると、なんと逆の極性が発生し、下流側にポリピロールの薄膜が現れるという、不思議な挙動が観察された。

平たく言うと、原料入りの電解溶液をマイクロ流路に流すと、電気エネルギーなしに電解合成反応が進むのだ。現状では液を送る高圧が必要だが、給電不要というのは大きい。「“流れ”を利用して有用な反応をしかける」(稲木教授)これまでにない手法として期待される。有害物質が流れてきたら発光するセンシング機能や、海底熱水鉱床での電解精錬といった夢が、描けそうだ。

日刊工業新聞 2024年07月15日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
バイポーラ電極というと、電池の電極として、一つの集電箔の表と裏に正極材と負極材を塗ったものを指すのが、一般的でしょうか。今回は流路の上流と下流で生じる電位差に注目したもので、話を聞いて最初は「そんなのあり?」と思いました。ですが物理化学現象として知られていて、小さな流動電位では分析の分野で使われているそうです。理学的な基礎科学の知見を、実社会で使えるように工学で少しずつ発展させていく―。「数多くの基礎研究の裾野の上に、私たちの社会の豊かさがある」ということを、改めて感じました。

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