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小型月着陸実証機「SLIM」、IHIのマルチバンド分光カメラで月面観測

小型月着陸実証機「SLIM」、IHIのマルチバンド分光カメラで月面観測

変形型月面ロボット「SORA-Q」が撮影した月面。月面に着陸したスリムは、逆立ちをしている状態だった(JAXA・タカラトミー・ソニーグループ・同志社大提供)

宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱電機が開発した小型の月着陸実証機「SLIM(スリム)」が月面着陸に成功して約5カ月がたつ。極寒の月の夜を越える「越夜」に3回成功し、運用時には化学組成の分析に適した「マルチバンド分光カメラ」で月面の岩石や砂を撮影できた。現在はJAXAや立命館大学、会津大学などが中心となって観測データの解析を進めている。月の成り立ちや進化の過程の解明につながると期待される。(飯田真美子)

スリムに搭載されたマルチバンド分光カメラはIHIが開発し、750ナノ―1650ナノメートル(ナノは10億分の1)の波長帯を使って高精度に月面を観測できる。化学組成を分析でき、月面上の岩石に月の深部に存在するカンラン石があるか調べられる。月の深部の情報を分析すれば月が作られた過程が分かるが、深部由来の試料分析の事例は世界初の試みだ。これまで3回の越夜のたびに観測を実施し、スリムから見えた10個の岩石について詳細な分析を行った。

10個の岩石には分かりやすいように一つずつラベル付けし、親しみやすく犬の名前を付けた。それぞれの岩石を撮影し、鉱物量比を解析すると一つずつ成分が異なることが分かった。具体的には、スリムから15メートルほど離れた“ダルメシアン”には数センチメートルレベルのカンラン石が含まれていることを発見。一方“ビーグル”はケイ酸塩鉱物の一種の「斜長石」に富んでいた。会津大学の大竹真紀子教授は「数センチメートルレベルのカンラン石を含む岩石が見つかるとは思わなかった。月の深部由来であるかの解明を早く進めたい」と成果を喜ぶ。現在は岩石ごとに酸化鉄やマグネシウムの含有量などを解析しており、月の深部由来かを調べている。

マルチバンド分光カメラで撮影した月面。岩石には研究者が犬の名前を付けた(JAXA・立命館大・会津大提供)

分析で必要になる情報の一つが、スリムと岩石の間の距離。マルチバンド分光カメラには、自動的にピントを合わせるオートフォーカス機能を搭載している。これを利用してフォーカスを合わせることで距離を測定でき、その距離から岩石の大きさを計算できる。例えば“あきたいぬ”の場合は、スリムとの距離は約18メートルで、岩石の直径が63センチメートルであることが分かった。立命館大学の佐伯和人フェローは「宇宙でカメラのオートフォーカス機能を使った距離や大きさの測定は初実証。今後の宇宙探査にも役立つだろう」と強調した。

ただ、マルチバンド分光カメラを使った月面の観測は、メーンミッションであるピンポイント着陸が成功した後に可能な範囲で挑戦するサブミッションの位置付け。JAXA宇宙科学研究所の国中均所長は「スリムの着陸技術と小型機の活躍を合わせて100点満点中63点。越夜に3回成功したのでプラス3点の66点。マルチバンド分光カメラの撮影はあくまでサブミッション」と厳しめな評価。それでも、月の深部由来の可能性があるカンラン石の発見で、新たな“月の科学”に迫れる。教科書に書かれた常識が書き換わるような成果になるかもしれない。

日刊工業新聞 2024年07月08日

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