東西つなぐ周波数変換所、電力融通で増す役割

Jパワー「佐久間」の保守進める。30万キロワット増強を早急に

 周波数が異なる東日本と西日本の電力系統をつなぐ周波数変換所(FC)の役割が一段と重みを増している。東日本大震災による電力需給逼迫(ひっぱく)により、東西間連系設備の重要性が再認識されたためだ。運転開始から50年と、国内のFCで最も長い歴史があるJパワー(電源開発)の佐久間周波数変換所(浜松市天竜区)では、安定供給を確保する重要な任務を遂行するため、設備保守に取り組んでいる。

 日本の周波数は静岡県を流れる富士川を境に東が50ヘルツ、西が60ヘルツと分かれている。東はドイツから、西は米国から周波数が異なる発電機をそれぞれ輸入して電力供給を始めたことがきっかけで、東西で周波数が異なるまれな国となった。

 佐久間FCは東西の電力系統をつなぐ初のFCとして、Jパワー佐久間電力所(浜松市天竜区)近くの敷地で1965年10月10日に運転を開始した。

 FCでは交直変換器により交流の電気をいったん直流に変換し、再び交流に戻すことで周波数の変換をしており、佐久間FCでは、半導体素子「サイリスタ」(シリコン整流素子)を用いて交直変換器「サイリスタバルブ」を構成している。交直変換能力は30万キロワットだ。

 東西の電力系統をつなぐFCは、佐久間FCのほか、東京電力新信濃変電所(長野県朝日村、変換能力60万キロワット)と中部電力東清水変電所(静岡市清水区、同30万キロワット)にあり、東西間の電力融通能力は計120万キロワットになる。

 震災後、東日本が電力不足に陥ったことから、東西間連系設備の強化を図るべきだという議論が開始され、電力広域的運営推進機関によってFC増強方針が決定され、佐久間地点でさらに30万キロワット増強する案が示されている。

 佐久間FCでは、定期的な巡視・点検を行うとともに、データ記録装置を活用することなどにより、事故障害の未然防止に力を入れている。記録データの傾向分析を行うことは、事故障害につながるリスクを回避することに有効だという。

 佐久間FCの保守業務を行う佐久間流通事業所の古川裕之所長は「緊急時の電力融通はいつあるかわからない。電力安定供給に貢献するため、引き続き設備の維持、保守体制を整えていきたい」と意気込む。

ファシリテーター・永里善彦氏の見方


 日窒コンツェルンを一代で築き「電気化学工業の父」と言われた野口遵は1896年 帝国大学工科大学電気工学科(現東大)を卒業し郡山電灯に赴任したが、父の死去で1898年 シーメンス東京支社に移る。

 その後、乞われて金鉱採掘で電力を必要とした鹿児島県大口に曽木水力発電所を開設(1906年)、余剰電力を山越えし水俣に送り電気化学工業を起こす。後のチッソ、旭化成、積水化学、積水ハウス、信越化学の実質的な創業者となる。
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日刊工業新聞2016年3月31日エネルギー面
日刊工業新聞社電子版

永里 善彦

永里 善彦
04月02日
この記事のファシリテーター

九州に50ヘルツの電力で工場が稼働したのはドイツのシーメンス製発電機だから。旭化成延岡工場には周波数変換所(FC)があり、60ヘルツの九州電力と常時、電気をやり取りできる。東日本大震災による電力需給逼迫時、60ヘルツ地域は供給可能な電力が十分あったがFCの容量不足で送電できなかった。備えあれば憂いなしである。電力広域的運営推進機関によるFC増強方針のもと、佐久間で更なる30万キロワット増強案は早急に実施してほしい。

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