デット調達の機運拡大…新興に成長資金、返済可能性見極めカギに
スタートアップの資金調達をめぐり、金融機関の動きが活発化している。日本政策金融公庫は4月、創業融資の限度額を引き上げた。銀行でも融資に向けた体制整備が進む。出資などエクイティ(株式資本)調達が主流のスタートアップにとって、調達手段の多角化につながる。ただ、財務情報の蓄積不足や非財務情報を評価するのが難しく、融資するリスクの高さは否定できない。返済可能性を見極める体制構築が、デット(負債)調達を業界に定着させるカギとなる。(永原尚大)
スタートアップのデット調達は成長段階ごとに資金の出し手が異なる。設立間もない創業期は日本政策金融公庫が中心的な役割を担う。事業が確立し拡大期に入ると、成長性を判断しやすくなり民間の銀行が登場し始める。新規株式公開(IPO)を前にした数十億円を超える調達では、資本体力を生かせるメガバンクが登場する。一口にデット調達と言っても異なる世界だが、各段階で資金供給する機運が高まっている。
日本政策金融公庫は4月、創業期向けの無担保・無保証の融資制度の限度額を従来比2・4倍の7200万円に引き上げた。創業から資金が逼迫(ひっぱく)するまでの期間を長くできるため、試作品製作や需要の検証に取り組みやすくなる。日本公庫は事業拡大期向けのスタートアップ資金の融資限度額も約1・4倍の約20億円に引き上げた。「調達額が大型化の傾向にある」(担当者)ことから、高まる資金需要に応える狙いだ。
純粋な融資だけではなく、銀行がキャピタルゲイン(株式売却益)を期待できる新株予約権付融資(ベンチャーデット)も広がっている。みずほフィナンシャルグループ(FG)は23年11月、100億円規模のベンチャーデットファンドを立ち上げた。りそな銀行も23年から取り扱いを始めた。日本公庫では融資件数と融資額が年々増え、23年度の実績は75件で133億円だった。
ただ、スタートアップは設立年数の浅さから財務情報が十分とはいえない。事業投資のため当期赤字のケースも多く、融資判断はビジネスモデルや技術など非財務情報に限られやすい。融資判断するにはスタートアップの成長性を目利きする力が問われる。
「(倒産で資金回収できなくなる)ロス率をいかに下げるか、という視点を忘れてはならない」と融資の原点を主張するのは、商工中金の高橋幸一スタートアップ営業部長だ。目利きに加え、計画通りに事業が進展しているか判断するリスクシナリオの策定に注力している。製品開発や販売計画が計画通り進まない時には、商工中金が支援してロス率の低減を図る仕組みだ。ベンチャーデットを含め、融資した資金を回収することが重要となる。
デット調達の機運拡大には、スタートアップが企業価値を底上げする動きが影響している。エクイティ調達やIPOは、企業価値や配分する株式数に応じて調達額が決まる。デット調達の資金で事業を成長させ、エクイティやIPOの調達額を引き上げたい需要が機運を高めている。
スタートアップによるガバナンス(企業統治)体制の構築も影響する。大手企業からの人材流入が活発化し、「大手企業に引けを取らない体制ができている」(商工中金の高橋部長)。銀行にとってリスク管理しやすくなり、ビジネス上の親和性が生じてきたという。
銀行とスタートアップの両者の体制構築によりデット調達の市場形成は加速している。持続可能な仕組みとするためにも、返済可能性を念頭に置いた同市場が必要となりそうだ。