知っていますか? ビジネス現場で使われる野球用語
2023年の新語・流行語大賞ノミネート語30の中には「アレ(A.R.E)」(阪神タイガース)と「憧れるのをやめましょう」(WBC)、「ペッパーミル・パフォーマンス/ラーズ・ヌートバー」(WBC)の野球関連語が3つあった。
この賞は、毎年「野球関連語の多さ」がオジサンっぽいことで有名だ。もう開き直って選んでいるのだと思う。
ちなみに、2022年の大賞は「村神様」で、ほかに「青春って、すごく密なので」、「大谷ルール」、「きつねダンス」、「令和の怪物」、「BIGBOSS」と野球関連語が30語中6つもノミネートされていた。多すぎないか?
さらにちなみに、2021年の大賞は「リアル二刀流/ショータイム」だった。2023年の大賞が「アレ(A.R.E)」だから、大賞は3年連続野球関連語になる。ちょっと待て。世の中はそんなに野球中心に回っているのか?
ビジネスの現場でも、野球用語を使った会話が多い。しかしオジサンたちが育った時代と違い、いま地上波テレビでのナイター中継はほとんどない。いや、ナイターどころか、若い世代はそもそもあまりテレビを見ないのだ。それに、スポーツならサッカーもあるではないか?バスケかもしれない。
そんな中で、若手社員に「打席に立ってナンボ」とか「とにかく塁に出ろ」などと野球用語を使っても、それはちゃんと伝わっているのか? ビジネス会話に潜む野球用語を確認してみよう。
4番/3割/9回/2死:数字の価値観の違い
1番目と2番目では、ふつうは1番目の方が優れている。これが世の中の常識だ。さらに3番目、4番目…と続くほどに価値が落ちていく。これも常識だ。ならば、「彼はウチの4番」と紹介された場合、「いや、4番目の人より1番目の人の方がいい」と思う方が自然ではないか?
お茶は「一番茶」だからありがたい。ビールは「一番搾り」だからおいしそう。「四番茶」、「四番絞り」なんてものを出されても、あまり嬉しくはないだろう。「4番」に価値があると思っているのは野球オジサンだけなのだ。
「3割」もそうだ。野球を知っていれば、3割打てば立派なものとわかっている。だが、たんに数字だけを見ると、普通の感覚は「たった3割」ではないだろうか?テストなら、30点は赤点。7割程度いかないと及第点とは言えない。
両方併せて、ある人物を「4番で3割の人」と紹介すれば、野球オジサンとしては相当な誉め言葉のつもりだ。が、若い世代や女性は「そこそこの人」、いや、むしろ「期待されていない駄目な人」という意味に受け取るのではないか?
「9回裏2死」というのは、ギリギリの土壇場表現としてよく使われる。しかし、たんに数字だけで考えれば、ふつう区切りは9ではなく10ではないか?2死だってそう。スリーアウトで終わりという野球のルールを知らなければ、次は3死、4死…と続きそうだ。2という数字に区切り感はない。
たまに、テレビでバレーボールや卓球の試合に出くわすことがある。熱戦のラリーで「決まった! これで勝ちだ」と思っても、ゲームはたんたんとそのまま続くことがないだろうか?「ん? 1セットは何点なんだ?」。馴染みのない競技はよくわからないのだ。「15点? 21点? いや、25点なのか?」。区切りの数字を知っていなければ、土壇場ギリギリの緊迫感は共有できない。
同様に、ビジネスの現場で「9回裏2死からの大逆転だ!」とハッパをかけたところで、「じゃ、次は10回だな」とか「2死って何?」と思われていたのでは、土壇場感は伝わらない。9回や2死という数字に特別な意味を感じるのはオジサンの野球脳なのだ。
続投/肩:ビジネスに肩は関係ない
トップが留任・再任するとき、あるいは担当者がそのまま継続するときに「続投する」という。だが、彼らは別にこれまで「投げ」てはいない。むしろビジネスにおいては「途中で投げ出す」、「放り投げる」など、「投げる」には悪いイメージの方が強いのではないか?
また「肩が温まってきた」、「肩ができてきた」などと評価する会話もある。肩、使いますかね? ビジネスの現場において。温まった肩でパソコンのキーを力強く打ったり、受話器をガチャンと置かれても、周囲がうるさいだけだ。
全員野球/ボール:もはや野球の話
これはもはや野球の話だ。野球とかボールって言っちゃってるし。
ビジネスをスポーツの団体競技にたとえる気持ちはわかる。「全員で一丸となる」ことは大事だ。しかし、そもそも団体競技は「全員」でやるものだ。なのに、わざわざ「全員野球」と言うのはなぜか? だって「全員サッカー」、「全員バスケ」、「全員ラグビー」なんて言葉はあまり聞かないではないか。
多くのスポーツは、攻撃も守備も競技中は全員が動いている。ところが野球は、基本が「守備9人VS攻撃1人」なのだ。一番多い満塁時でも「守備9人VS攻撃4人」。ということは、攻撃側は常に半分以上が休んでいるのだ。なるほど、それでベンチにいる連中に「声を出せ!」なんて言うのか。
ビジネスにおいても、声ばかり大きいが実はなにもしていない人がいる。だったら「全員野球」という言葉は意味があるなあ。いや、野球じゃなく「全員ビジネス」だが。
【改造案】
「4番で3割の人」は「1番で8割の人」とした方が、世間の数字の価値観に合う。
<著者略歴>
藤井 青銅(ふじい・せいどう):作家、脚本家、放送作家、作詞家。1955年山口県生まれ。「第一回星新一ショートショートコンテスト」に入選。以降、作家兼脚本家・放送作家になり、ラジオ番組「夜のドラマハウス」、「オールナイトニッポン・スペシャル」、「NHK FM青春アドベンチャー」などの製作に携わる。現在製作に携わるのは「オードリーのオールナイトニッポン」(ニッポン放送)。腹話術師のいっこく堂の脚本・演出、プロデュースも担当した。著書に「国会話法の正体」(柏書房)、「一芸を究めない」(春陽堂書店)、「『日本の伝統』の正体」(新潮社)、「トークの教室」(河出書房新社)など。
Xアカウント:@saysaydodo
<雑誌紹介>
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