文系人間は理系ワードに弱い?!
仕事においては誰かになにかを頼むこともあれば、頼まれることもある。「ギブ・アンド・テイク」だ。「持ちつ持たれつ」という言葉もある。最近よく言われる「ウィン=ウィン」という言葉よりも、こっちの方が現実味がある。
しかし、毎度うまくいくとは限らない。依頼する側としては「頼みにくいが、なんとかやってもらいたい」というケースもあるだろう。その場合は当然、依頼される側としては「なんとか断りたい」となるわけだ。
結果的にうまくいかなくても、両者の関係がそこで切れるわけではない。ビジネスはその後も続いていく。だから依頼側は相手の反発を招かないように頼もうとするし、依頼された側は相手の気分を害することなく断ろうとする。その攻防の長い歴史によって、「ビジネス会話」特有のあいまいな言い回しが開発されてきたのだ。
本誌の読者は理系の方が多いだろうから、今回のビジネス会話は何度か使ったことがあるのではないだろうか?
状況としてはこうだ。クライアント、あるいは会社の上層部から、かなりやっかいな依頼が降りてくる。現場作業をするのは自分だ。
「そんなの無理です。できません」、あるいは「やりたくない」と断りたいのだが、それでは角が立つ。今後の取引や人間関係にも響きそうだ。
「交渉決裂」という形ではなく、なんとなく話をうやむやにして、できれば依頼側から案件を引っ込めさせるにはどう答えればいいのか?
可能です:見かけの肯定で相手に小さな満足感を与える
もちろん本音は「無理です」、「不可能です」、「やりたくない」だ。なんなら「できるわけないじゃないですか」、許されるならば「できるか、ボケッ!」と言いたい。もちろんそんなことは許されない。人として。
ビジネスに限らず、会話のときは相手の言葉を即座に否定すると嫌なムードになる。特に相手の立場が上の場合は要注意だ。取引が中止になったり、「あいつは扱いづらい奴だ」となって今後の出世にも響く可能性がある。
そこで、言葉としては肯定表現を使いながら、言外で否定の意味を汲み取ってもらう言い方をする。それが、「~であれば、可能です」だ。
一見、肯定表現ではあるが、実際には「~であれば」という条件がクリアされたなら「可能」なのであり、その条件は到底クリアされないものを設定する。ビジネス会話的にはこれを「見かけの肯定」と呼ぶ。
技術的には/理論上は:理系の条件設定で煙にまく
見かけの肯定は、条件設定が大事だ。クリアされないものとはいえ、「太陽が西から昇ったら、可能です」などと言えば、やる気ないのがバレバレで「お前、なめてんのか?」とかえって相手の反感を買う。といって、「予算が倍増されるなら、可能です」なんて言うと、うっかり条件を整えられたりするから危険だ。
そこで、選ばれたのが「技術的には」、「理論上は」などの理系ワードだ。依頼主は多くの場合、文系だ。文系人間は、理系ワードに弱い。具体的な内容がわからないので、それ以上立ち入って来ないのだ。
「技術的には可能です」と言っても、それは「NASAの最新技術」のことかもしれないし、「理論上は可能です」と言っても、「光の速さの99%のスピードの宇宙船に乗って進めば時間経過は地球上の7分の1になる、いわゆるウラシマ効果理論」かもしれない。どちらも嘘は言ってないが、現実的には不可能ということ。
見かけの肯定文:否定文の省略
見かけの肯定文には、後ろに(が、現実的には不可能です)という否定文が省略されている。口に出すのは「肯定」だが、口に出さない「否定」が実は主文という高度なテクニックだ。
しかし、言外の意を汲み取れない依頼者、あるいは早トチリする依頼者が、見かけの肯定だけを聞いて「可能なんだな」と勘違いするかもしれないので、要注意だ。
この、肯定しながら否定するビジネス会話は応用範囲が広い。
「一般論としてはアリです。(が、ここではナシ)」
「個人的には賛成です。(が、会社としては反対)」
実は、私たちが日常でよく使う次の言葉も、そうだ。
よく聞きますね、こういうの。
これはビジネス会話の民間転用と考えればいいのだろうか?
【改造案】
学生時代、国語や古文の先生が反語の説明をするとき、「~があるだろうか?(いやそんなことはない)」とわざわざカッコ内まで口に出して言った。あの方法を使い、
「技術的、理論的に可能であろうか?(いや、そんなことはない)」
とカッコ内まで口に出して答えるといいのではないか?
<著者略歴>
藤井 青銅(ふじい・せいどう):作家、脚本家、放送作家、作詞家。1955年山口県生まれ。「第一回星新一ショートショートコンテスト」に入選。以降、作家兼脚本家・放送作家になり、ラジオ番組「夜のドラマハウス」、「オールナイトニッポン・スペシャル」、「NHK FM青春アドベンチャー」などの製作に携わる。現在製作に携わるのは「オードリーのオールナイトニッポン」(ニッポン放送)。腹話術師のいっこく堂の脚本・演出、プロデュースも担当した。著書に「国会話法の正体」(柏書房)、「一芸を究めない」(春陽堂書店)、「『日本の伝統』の正体」(新潮社)、「トークの教室」(河出書房新社)など。
Xアカウント:@saysaydodo
<雑誌紹介>
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